新型コロナウイルス感染拡大により、利用が広がったオンライン診療。その有用性をあらためて認識した医療従事者、患者は少なくない。一方で、「画面越しの視診では顔色や表情を読み取りにくい」「情報量が限定される」などといった不満を持った医師もいる。5G(第5世代移動通信システム)は、こうした課題の解決に向けた切り札となるのか――。

 外来診療での新型コロナ感染リスクを避けたいなどの理由で、オンライン診療の実施件数は直近2カ月程で急速に増えている。例えば、従来からオンライン診療を推進してきた外房こどもクリニック(千葉県いすみ市)では、通常1カ月に20件程度だったが、3月は30件、4月は49件へと、2.5倍に増加した。

外房こどもクリニック 院長の黒木氏(写真:オンライン取材のキャプチャー)

 「普段通院している病院での感染を避けたいと、オンライン診療を実施する当院で受診したという患者も多かった」。同クリニック院長で日本遠隔医療学会 オンライン診療分科会長も務める黒木春郎氏はこう話す。

 現状のオンライン診療は、患者側の受診環境や通信環境による課題がある。患者はスマートフォンを用いる場合がほとんどだが、周囲の明るさの影響を受けて顔色や表情が読み取りにくいケースもある。映像の乱れ、音声の途切れも生じる。

 眼科診療などでは、眼の充血など対面だと離れても分かる症状が、オンライン診療だと照明を使用してもらっても画面上では分かりにくいという。高血圧手帳など紙に書かれた記録をカメラ越しに閲覧しても、細かなところまで読み取ることは難しい。

黒木氏のオンライン診療の様子(出所:外房こどもクリニック)

 こうした課題の解決に、5Gの超高速大容量、超低遅延という特徴が生かされる可能性がある。スマートフォンのカメラも4K対応が当たり前になり高精細な高画角な映像のやり取りが可能になれば、顔色や表情は鮮明に再生され、映像や音声の途切れなどの課題も解消されるだろう。黒木氏は、「咽頭やじんましんの症状などもリアルタイムで観察できるようになり、視診の質が高まると期待している」と語る。

生活のモニタリングデータを診察に生かす

 IoTデバイスを用いた日々のモニタリングデータを用いた診療が円滑になる――これも、5Gへの期待として挙げられる点だ。

 「生活の中で取得する情報は非常に有効。進化したウエアラブルデバイスなどで取得したさまざまなモニタリングデータの活用は、確実に臨床上のより良い医療の提供につながる」。そう指摘するのは、慶応應義塾大学 医学部 精神・神経科学教室の岸本泰士郎氏。特に精神科医療では、心拍変異などの生理学データ、身体活動、睡眠などのデータを評価して診療に役立てることが重要だという。

慶応應義塾大学 医学部 精神・神経科学教室の岸本氏(写真:オンライン取材のキャプチャー)

 岸本氏らは、こうしたデータを精神科領域の視点で客観的に評価し、遠隔精神科医療に生かそうと、ウエアラブルデバイスや機械学習を用いた診断支援技術開発のプロジェクトを推進している。「PROMPT(Project for Objective Measures Using Computational Psychiatry Technology)」と呼ばれるプロジェクトだ。

 PROMPTでは現在、診察場面における患者の声の調子、体動、表情をカメラやマイクで収集・定量化している。合わせてウエアラブルデバイスによる睡眠や活動量など日常生活をモニタリングしたデータを利用する。これらのデータをクラウドに送り、機械学習を用いて解析し、診察室にリアルタイムにフィードバックして診察に生かす仕組みである。FRONTEOヘルスケアや日本マイクロソフト、オムロンなど7社が参画する産学連携プロジェクトである。

PROMPT研究開発のイメージ(図:PROMPTの資料を基にBeyond Healthが作成)

 将来的には、診察場面で収集しているデータの部分を、オンライン(遠隔)にしていくという。「4Gでは映像の乱れや遅延などがあり、オンラインでは正確な定量化・解析が難しい。5G環境ならオンライン診療で利用でき、症状変化を患者と評価しながら診察に役立てられるだろう」と岸本氏は期待する。

5Gによる共通デジタル基盤の上で医療が進化する

 「5Gの世界は、オンライン診療が2次元の世界から拡張される」――。こう説くのは、眼科医でデジタルハリウッド大学大学院 客員教授の加藤浩晃氏だ。

デジタルハリウッド大学大学院 客員教授の加藤氏

 現在のオンラインによる視診は、画面を通して患者を2次元でしかとらえられない。視覚的な情報量が限定される上、基本的に患者からの症状を聞きながら対応することが多く、一方向の情報に基づいたものになっていると加藤氏は指摘する。「患者の外観をくまなく観察していろいろな視点で疑わしい点を見つけられることが視診の本質だと考えている。現状のオンライン診療と実際の対面による視診との大きな違いはここにある」(同氏)。

 こうした課題を解決しうるのが、「遠隔ホログラム診療」である。MR(Mixed Reality:複合現実)などとの連動により、患者を立体画像で映し出してオンライン診療を行う方法だ。5Gの普及によって、こうした大容量の通信が発生するケースも実現しやすくなる。

 加藤氏は「患者を立体的に観察できれば、対面診療に近い視診が可能になるだろう」と見る。患者は、自らが訴えたこと以上に医師が病態を見つけ、対処してくれることが受診の満足感だと考えていると同氏は指摘。その実現に近づけるのが5Gだと位置付ける。

 ただし、2次元のオンライン診療を拡張するのは5Gへの期待の一例であって、社会・医療全体が一つのデジタル基盤の上に形づくられることが5Gの世界の本質だと加藤氏は強調する。「これまでは医療機関や治療法、あるいは日常の健康情報の記録など、それぞれのドメインでデジタル化が徐々に進んできた。今後はそれらを包含する5Gによるデジタル基盤の上で進化する」(同氏)。

 それが実現すると、医療機関同士の情報連携は容易になり、同時に医療機関と患者もつながりやすくなる。「外来に患者が来ない社会が訪れるかもしれない」と加藤氏は展望した。


(タイトル部のImage:Beyond Health)