4Kや8Kといった超高精細の映像が遅延なく伝送できるようになる5G(第5世代移動通信システム)は、遠隔手術にも大きな可能性をもたらす。米国製の手術支援ロボット「ダヴィンチ」は全国の大規模病院に導入され、国産の手術支援ロボットの開発も進んでいる。一方で、こうした装置の導入は都市部の病院に集中しており、専門医の不足や地域的な偏在も顕在化している。5Gによる遠隔手術の進展は、そうした課題解決の一助になるとの期待も大きい。

 5Gを活用した遠隔手術支援の実用化に向け、いち早く取り組みだした1社がNTTドコモだ。遠隔スマート治療支援システム「モバイルSCOT(Smart Cyber Operating Theater)」がそれだ(関連記事:これが「モバイルSCOT」の実車、5Gで遠隔手術支援)。

東京女子医科大学とNTTドコモが実用化を目指す「モバイルSCOT」(写真:Beyond Healthが撮影)
東京女子医科大学とNTTドコモが実用化を目指す「モバイルSCOT」(写真:Beyond Healthが撮影)
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 その原型であるSCOTは、東京女子医科大学と複数の国内企業が参画し、開発が進められてきたもの(関連記事:スマート治療室「SCOT」、その完成形が動きだす)。手術中に利用する画像診断機器や生体情報モニタリング装置などさまざまな機器をパッケージ化し、データを統合的に表示する「戦略デスク」を備える。これにより、手術の進行状態を俯瞰的に把握しながら治療を行える。

 この戦略デスクをモバイル化しようというのが、モバイルSCOTの大きな狙いだ。通常は医局などに設置される戦略デスクを、5Gを活用して遠隔地のどこからでも参照できるようにする。手術などに熟練した専門医がどこにいても、手術支援を行えるようになるというわけだ。大型トラックに搭載してモバイル化することで、有事の際に病院搬送が困難な場所でも高度な診断・治療を実施可能にしたり、過疎地域などで高水準の治療を提供したりすることも狙う。

広島大学とNTTドコモが実施したSCOTの5G接続実験(出所:NTTドコモのニュースリリース)
広島大学とNTTドコモが実施したSCOTの5G接続実験(出所:NTTドコモのニュースリリース)
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 2019年11月には、広島大学とNTTドコモが実証実験を実施した。このときは5G回線がプレサービス段階だったため、5Gの高速大容量・低遅延という特徴を生かし切れなかったという。ただし、将来的には十分実用化が可能としている。

8K内視鏡の国プロにも5G

 8K技術で得られる内視鏡手術映像の「拡張現実感」を、5G回線を介して遠隔地にいる専門医に伝送し、リアルタイムで手術支援を受けられるようにする――。

 そんな試みも始まっている。国立がん研究センター、NHKエンジニアリング、オリンパスの3者が、2020年2月3日に発表した腹腔鏡手術の遠隔手術支援プロジェクトである(関連記事:8Kの医療応用、国プロ第2弾が始動)。

NHKエンジニアリングシステムとオリンパスがそれぞれ専用に開発した8Kカメラとスコープ(出所:両者のプレスリリース)
NHKエンジニアリングシステムとオリンパスがそれぞれ専用に開発した8Kカメラとスコープ(出所:両者のプレスリリース)
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 3者は、2016~2018年度にかけて日本医療研究開発機構(AMED)の「8K等高精細映像データ利活用研究事業」で8K技術を用いた腹腔鏡手術システムの試作機を開発し、実用化に向けた取り組みを行ってきた。8K腹腔鏡システムで見える映像は開腹手術の際に肉眼で見るものに近く、あるいはそれ以上に鮮明だとも評価されている。その高精細映像を5Gで伝送し、そのまま再現することで、より精度の高い手術支援を実現しようというわけだ。

 開腹手術に比べ侵襲度の小さい低い内視鏡によるがんの外科手術の需要が拡大する一方で、専門医の不足や地域的な偏在が顕在化している。遠隔内視鏡手術支援が可能になれば、こうした課題解決にも寄与できる可能性がある。

日本外科学会も

 日本外科学会も手術支援ロボットを用いた遠隔手術の推進に動き出している。遠隔手術の実用化に向け学会では、ダヴィンチを通信回線で結んで行う実証研究に臨む計画だが、そこでは将来的には5Gあるいは6Gの活用を見据えているという。

 実証研究では、北海道大学、弘前大学、九州大学、鹿児島大学の4大学で遠隔手術の安全性を担保する通信状況などを検証していく考え。弘前大学大学院医学研究科 消化器外科学講座 教授の袴田健一氏によると、実証研究の通信回線については現時点では光ファイバーによる通信を主体に考えているというが、「大容量、低遅延通信という点で5Gは魅力的。ネットワークの整備状況などが課題だが、期待を持っている」(同氏)と話す。

 なお、日本外科学会が遠隔手術の推進に動き出したのは、外科医不足、それに伴う地域医療崩壊の危機に対応するため。学会の働きかけにより、2019年7月に改訂された厚生労働省の「オンライン診療の適切な実施に関する指針」では遠隔手術が項目の一つに加えられた。

 学会が考えている遠隔手術は、大きく2パターン。1つは、患者がいる地方の病院のロボットアームを、遠隔地のコンソールで高度技能専門医が遠隔操作で手術を行うというもの。地域の医師は緊急時の対応などに専従する。

手術支援ロボットによるデュアルコンソール方式の実際(出所:弘前大学 袴田健一氏、以下同)
手術支援ロボットによるデュアルコンソール方式の実際(出所:弘前大学 袴田健一氏、以下同)
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 もう1つは、地域の病院に1台のコンソールを置き地域の医師が低~中難度の執刀を担当。遠隔地のコンソールで高度技能専門医が操作権を移行しながら手術を行うというもの。これにより、地方の患者も高度な手術が受けられるようになり、質の高い医療の均てん化が図られるとしている。


(タイトル部のImage:Beyond Health)