Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会の実現に向けたビジョン「空間×ヘルスケア 2030」を提案し、それを具現化するためのプロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」を進めている(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。

空間×ヘルスケア 2030の一つとしてBeyond Healthが描いているのが、未来の住宅「Beyond Home」である(関連記事:これが未来の住宅「Beyond Home」の全貌)。この先、住宅は単に寝食する空間ではなく、意識的または無意識的に健康を作り出せる空間へと変貌する。そのための工夫の一つと言えるのが、断熱改修などによる温熱環境の改善だ(関連記事:「住宅を断熱改修すると健康になる」は本当か?)。

実際に断熱改修の前後で人間の健康にどんな影響を及ぼすのか。2021年1月26日に開かれた「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査」の第5回報告会では、最新の知見が示された。これは、日本サステナブル建築協会が、国土交通省補助事業「スマートウェルネス住宅等推進事業」として2014年から続けている調査で、慶応義塾大学理工学部の伊香賀俊治教授を中心とした研究グループが取り組んでいる。報告会の様子を2回にわたってリポートする。

 断熱改修を予定している住宅を対象に、改修前と後の温熱環境と居住者の健康状態の変化を記録。そのデータを元に、生活空間の温熱環境が居住者の健康に与える影響を検証する──。伊香賀教授ら研究グループは、この調査によって「住宅の断熱化と居住者の健康に関する医学的エビデンス」を確立しようとしている。

 研究対象となる住宅の断熱改修には、スマートウェルネス住宅等推進モデル事業の補助金を活用し、「窓を断熱仕様に交換する」「壁・床・天井などに断熱材を施工する」といった方法で温熱環境の改善を図った。

 調査対象としたのは、改修前の住宅2318軒の住まい手4147人、改修後の1303軒の2323人、加えて改修工事を行わなかった住宅143軒の254人だ。

 断熱改修前後の比較調査は19年度までに終え、現在は長期的な追跡調査に移行している。5回目となる今回の報告会では、すでに分析を終えた改修前後の比較調査の結果を発表した。今回の報告会で示された分析結果のうち、興味深い知見を抜粋して紹介する。

第5回報告会は、新型コロナウィルスによる緊急事態宣言下のため、ウェビナー方式で行われた。写真は報告会の主な参加者たち。スマートウェルネス住宅等推進調査委員会 幹事 兼 調査・解析小委員会 委員長を務める慶応義塾大学理工学部の伊香賀俊治教授(上段左)、自治医科大学 内科学講座循環器内科学部門の苅尾七臣教授(上段中央)、奈良県立医科大学 疫学・予防医学講座の佐伯圭吾教授(上段右)、東北大学の吉野博名誉教授(中段左)、スマートウェルネス住宅等推進調査委員会 委員長で建築環境・省エネルギー機構理事長の村上周三氏(中段中央)、北九州市立大学 国際環境工学部 建築デザイン学科講師の安藤真太朗氏(中段右)、司会進行役のサステナブル建築協会事務局(下段左)、東京工業大学 環境・社会理工学院の海塩渉助教(下段中央)、研究グループの共同研究員の伊藤真紀氏(下段右)
第5回報告会は、新型コロナウィルスによる緊急事態宣言下のため、ウェビナー方式で行われた。写真は報告会の主な参加者たち。スマートウェルネス住宅等推進調査委員会 幹事 兼 調査・解析小委員会 委員長を務める慶応義塾大学理工学部の伊香賀俊治教授(上段左)、自治医科大学 内科学講座循環器内科学部門の苅尾七臣教授(上段中央)、奈良県立医科大学 疫学・予防医学講座の佐伯圭吾教授(上段右)、東北大学の吉野博名誉教授(中段左)、スマートウェルネス住宅等推進調査委員会 委員長で建築環境・省エネルギー機構理事長の村上周三氏(中段中央)、北九州市立大学 国際環境工学部 建築デザイン学科講師の安藤真太朗氏(中段右)、司会進行役のサステナブル建築協会事務局(下段左)、東京工業大学 環境・社会理工学院の海塩渉助教(下段中央)、研究グループの共同研究員の伊藤真紀氏(下段右)
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循環器疾患リスクが高いほど断熱改修による恩恵が大きく

 研究グループは、断熱改修と居住者の血圧についての影響を検証した。その結果得られたのは、「断熱改修により最高血圧と最低血圧は有意に低下する」という知見だ。

 ベースラインの血圧や、年齢、外気温、BMI(肥満度を表す体格指数)などの変化量を元に多変量解析(複数の測定値を総合的に分析する手法)を行い、断熱改修後の居住者の血圧変化を試算。断熱改修前の平均値と比較した。結果、断熱改修後は最高血圧、最適血圧共に低下傾向を示した。

 研究グループが分析した変化量は、朝の最高血圧で-3.1mmHg、夜の最高血圧は-1.8mmHg。朝の最低血圧は-2.1mmHg、夜の最低血圧が-1.5mmHgと、特に朝の血圧が有意に低下している(下図)。

居住者の血圧を断熱改修前後で比較。多変量解析によって算出したモデル値では、居住者の血圧が断熱改修後に有意に低下した。特に朝の血圧には顕著な変化が見られた(出所:日本サステナブル建築協会「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第5回報告会」資料、以下同)
居住者の血圧を断熱改修前後で比較。多変量解析によって算出したモデル値では、居住者の血圧が断熱改修後に有意に低下した。特に朝の血圧には顕著な変化が見られた(出所:日本サステナブル建築協会「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第5回報告会」資料、以下同)
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 朝の血圧変化は、年齢や性別、喫煙や飲酒の有無など、居住者の属性別まで踏み込んで分析した。すると、「循環器疾患リスクが高い被験者ほど、断熱改修による恩恵が大きい」ことがわかった(下図)。

居住者の朝の最高血圧を属性別に集計して分析したところ、断熱改修後は循環器疾患のハイリスク者ほど血圧が低下するといった結果があらわれた
居住者の朝の最高血圧を属性別に集計して分析したところ、断熱改修後は循環器疾患のハイリスク者ほど血圧が低下するといった結果があらわれた
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高血圧予防・降圧に対する科学的根拠の補強に期待

 分析結果からは、「血圧に対する室温の影響は小さくなく、室温が安定すると血圧の季節・日間・日内変動が縮小する」といった実体がみえてくる。逆に「不安定な室温環境においては血圧変動が大きくなり、循環器疾患のリスクが高まる」と研究グループは指摘。住環境の断熱化は、循環器疾患の予防上重要であると結論づけている。

 日本高血圧学会による「高血圧治療ガイドライン2019」では、高血圧予防・降圧のために修正すべき生活習慣について、いくつかの項目を挙げている。減塩や禁煙などの項目は高いエビデンスレベルを示しており重要視されている一方、防寒・暖房といった室温環境の血圧への影響は低いエビデンスレベルに留まっている(下図)。

高血圧治療ガイドライン2019に示された「高血圧予防・降圧のために修正すべき生活習慣」をまとめたもの。「防寒・暖房」といった住環境に関する項目はエビデンスレベルと推奨グレード共に低く設定されている
高血圧治療ガイドライン2019に示された「高血圧予防・降圧のために修正すべき生活習慣」をまとめたもの。「防寒・暖房」といった住環境に関する項目はエビデンスレベルと推奨グレード共に低く設定されている
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 研究グループは、「この調査研究が今後、室温環境の安定による高血圧予防・降圧の科学的根拠を補強するものになる」と期待しているという。

(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)