日経BP 総合研究所(以下、日経BP総研)とBeyond Healthでは、「健康で幸福な人生100年時代」を実現するためのビジョンとして、「空間×ヘルスケア 2030」を提案している。さらに、それを具現化するために、「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」を進めている(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。その注目テーマの一つが、未来のワークプレイスだ。

2021年3月8日には、「未来の働き方、働く空間を考える~2030年の働く場所はこう変わる!『Beyond Workplace』」と題したセミナーを開催し、各界のキーパーソンの方々とともに未来のワークプレイスに必要な新しい価値を議論した。組織や社員間の「つながり」の希薄化など、リアルでのコミュニケーション不足からくる弊害を懸念する声も聞こえてきた。

 セミナーでは、働き方改革に最前線で取り組む5人のビジネスパーソンとパネルディスカッションを実施した。登壇いただいたパネリストは以下の方々だ(社名アルファベット順)。

・デビット・ベネット 氏
(レノボ・ジャパン 代表取締役社長 兼 NECパーソナルコンピュータ代表取締役執行役員社長)
・牛島祐之 氏
(NECネッツエスアイ 代表取締役執行役員社長)
・松岡利昌 氏
(日本オフィス学会 会長)
・林 貴子 氏
(新生銀行 常務執行役員・人事担当)
・岸本雅樹 氏
(ヤフー コーポレートグループ ピープル・デベロップメント統括本部 ビジネスパートナーPD本部 PD3部長)

 このほか、日経BP総研から以下の二人が参加した。

・高橋博樹(戦略企画部長)
・徳永太郎(社会インフラ ラボ所長:モデレーター)

 以下、パネルディスカッションの内容を紹介する。(パネリストの敬称略)

働く意味の再定義が進む

徳永 本日のディスカッションでは、前半でコロナ禍を通じて見えてきた働き方の問題点について整理したいと思います。これを受けて後半は、未来のワークプレイスについて具体的な議論を進めていきます。まずは議論の手がかりをいただきたく、ヤフーで大胆な働き方改革に取り組んでいらっしゃる岸本さんに、改革の成果やそこから見えてきた課題についてお話しいただこうと思います。

■岸本氏によるプレゼンテーション
「ウェルビーイング」と「つながり」が課題に

 我々は2020年に働き方を大きく変える決断をしました。簡単に言うとオンライン前提の働き方に移行しました。「オンラインに引っ越します。」と表現した広告も展開しています。目的は個人と組織のパフォーマンスを上げることです。

(囲み内の資料提供:ヤフー)
(囲み内の資料提供:ヤフー)
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 もともと当社では、「どこでもオフィス」という制度を2014年から導入しております。「在宅勤務」という言い方ではなく、「どこでもオフィス」です。この制度は、社員が一番パフォーマンスが上がると考える環境で、月に5回まで働いて良いというものです。この回数制限を2020年に撤廃しまして、一人ひとりが主体的に「いつでもどこでも働ける」制度を導入しました。

 働き方をオンラインに移行することで、副業も今まで以上にやりやすくなりました。当社では社員の副業も推進しているのですが、社外から副業人材を受け入れる「ギグパートナー」という制度も始めました。こちらは大変多くの方にご応募いただいて、最終的には 100名程度の方が勤務しています。

 オンライン前提の働き方に移行した背景を、簡単に説明させていただきます。コロナ禍による第一弾の緊急事態宣言中から移行したのですが、このときに社員に対して頻繁にサーベイを行い、その状況を確認しました。その結果、まず従来のオフィス勤務に比べて、パフォーマンスは「変わらない」あるいは「向上した」と答えた社員が、約90%に上りました。コンディションに関しても「変わらない」もしくは「向上した」が約90%でした。また、「高い生産性を維持して働くためには、何日くらい出社するのが必要か」と聞いたところ、毎日行かなくていいだろうと答えた社員も90%。このような結果から、我々は正式にオンラインに移行する決断をいたしました。

 新しい働き方において我々には大きく2つの課題があると捉えています。1つ目が「ウェルビーイング」、もう一つが「つながり」です。

* ウェルビーイング:個人が幸福な状態にあること。身体的な側面だけではなく、精神的、社会的にも満たされている状態を指す

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 ウェルビーイングに関しては、「在宅勤務では仕事とプライベートの切り替えが曖昧になってしまい、なかなか仕事から抜け出せない」「家庭と仕事の区別がつかなくて気づいたら長時間労働になっていた」という状況がありました。どうしても直接的なコミュニケーションが減ってしまうため、人によっては精神的に不安定になってしまうケースが、少なからず出ています。

 2つ目のつながりについては、コミュニケーションが目的指向になるため、自分の所属している組織以外のコミュニケーションは結果として減少しているのが事実です。オフィスで働いていたときは、全館フリーアドレスにしていました。社内での偶発的な出会いから生まれるイノベーションを目的に導入したのですが、オンラインに移行することによって、そういった機会が失われてしまっているのが現状です。そこをいかに補完していくかが、大きな課題になっています。

 また、会社とのつながり、いわゆる帰属意識が薄れつつあるような気もします。「あれ、自分はどこの会社で働いているのだろう」という冗談みたいな声も、社内から聞こえてきます。これは時間が経つにつれて、やはり大きな課題になってくるのではないかと思っています。

徳永 松岡さん、林さんは、今の岸本さんのお話をお聞きして、どう思われますか。

松岡 ヤフーのオフィスについては、開設当初から拝見しています。アメリカのヤフーも取材して、元CEOのマリッサ・メイヤーさんの取り組みなどもずっと見てきました。やはり先進的な企業というのは、様々なチャレンジに積極的に取り組み、そのたびに進化していると思います。一方で伝統的な日本の企業は、会社でどんなチャレンジをするかではなく、会社に入ること自体が社員の目的になっていました。「何のスキルを持つか」「何の仕事をしたいか」がすごく大事なのに、それより「どこの会社に行きたいか」が重視されてきたわけです。今の岸本さんのお話をうかがいながら、働く人の持っている価値観が変わらざるを得ない時代が、とうとう来たなと思いました。

松岡利昌氏(日本オフィス学会 会長)
松岡利昌氏(日本オフィス学会 会長)
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 現在の働き方改革の流れの中で、働くことの意味の再定義がされているのだと思います。社会に必要とされている価値をきちんと提供し、それに公正な対価が付いてくることが労働であって、オフィスという場所や働く時間は本来関係ありません。例えば大昔は内職や個々人がそれぞれの場所で仕事をすることが普通でしたが、なぜ人々がオフィスや工場に集まるようになったかと言えば、より生産性が上がるからでしょう。いま、その原点の考え方に戻っており、その過程において様々な課題が出てきているのだと思います。

 兼業・副業については、労働者が自分の得意技を活かしてどこで働くかは、労働者の側に決める権利があり、企業が決めることではないと思います。その人が企業と約束した役割を果たす限り、企業はそれ以上言及するべきではありません。言葉を選ばずに言えば、兼業・副業で自由に必要な労働を需要のあるところに切り売りすることによって、個人の持つスキルが社会で活かせるわけですので、中長期的な視点で見れば、社会全体の経済成長に寄与すると考えています。

林 貴子氏(新生銀行 常務執行役員・人事担当)
林 貴子氏(新生銀行 常務執行役員・人事担当)
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置き去りになってたウェルビーイング

徳永 働くことが自分の価値を提供するものであれば、副業によって自分の価値をいろんな形で社会により活かすことができる。この流れは、一部の企業だけではなく、どんどん広がっていくのでしょう。ベネットさんは、岸本さんのお話を聞いてどう感じましたか。

ベネット 私は、社員が幸福を感じて働くことがその会社の業績の向上につながると考えています。副業や社会貢献活動で社員が幸福な気持ちになれば、結果的に会社の業績にも良い影響を与えるでしょう。また、副業で得たスキルを自分の会社でも活かすこともできます。こうした点を考えれば、個人的には副業をサポートしていきたいと思います。

デビット・ベネット氏(レノボ・ジャパン 代表取締役社長 兼 NECパーソナルコンピュータ代表取締役執行役員社長)
デビット・ベネット氏(レノボ・ジャパン 代表取締役社長 兼 NECパーソナルコンピュータ代表取締役執行役員社長)
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徳永 やはりウェルビーイングというのは、これから大きなテーマになりますね。牛島さんはいかがですか。

牛島 当社も働き方改革に十数年にわたって取り組んできました。もともとは本社をはじめとするオフィス改革によって働く人の生産性をどうやって高めるかが課題でしたが、その後、ウェルビーイングも大きなテーマの一つとなりました。ウェルビーイングというのは、これまでの日本社会で置き去りにされてきた部分だと思います。例えば、都市部における長時間通勤です。当社ではテレワーク制度も導入し、2019年からは社員が自宅から30分圏内で通えるような環境を作るため本社オフィスの面積を6割減らし、立川や浦和、柏など郊外にオフィスを分散しています。こうした分散化も含めたワークプレイスの再定義も、ウェルビーイングの実現につながるのではないかと思います。

テレワークを成功に導く3つの要因

徳永 ヤフーの場合は、テレワークに移行しても生産性の低下はほとんどみられないという結果でした。いまテレワークによって、生産性は高まっているのか、いないのか。レノボグループでは、在宅勤務の生産性について国別で調査したとお聞きしています。ベネットさん、内容をご紹介いただけますか。

ベネット こちらのグラフが、私どもが実施したアンケートの結果です。これを見ると、在宅勤務による生産性がオフィス勤務より低いと感じている人が、他の国に比べて日本が圧倒的に多くなっています。業務を通じてテレワークシステムに関する相談にも乗っていますが、やはりうまくいっている企業とそうでないところがあります。そしてうまくいっていない企業には、共通点があります。

(資料提供:レノボ・ジャパン)
(資料提供:レノボ・ジャパン)
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 簡単に話しますと、テレワークがうまく機能するには3つの要素が重要になります。1つ目は「ツール」です。リモート会議に使用するシステムなど、業務を遂行するうえで効果的なツールを用意する必要があります。

 2つ目は「ルール」です。テレワークの良さは、働く時間と自分の時間を自ら管理できるフレキシビリティーがあるところです。ところが、昔のトップダウンスタイルのマイクロマネジメントを適用してしまう会社があります。例えば1時間おきに「いま何をしているか」を上司に報告させる。これではうまくいくはずがありません。

 3つ目の要素は「カルチャー」です。さまざまなインフラを用意してテレワークに対応できる体制が整っても、役員クラスの人が毎日、会社に出かけてしまうと結局、周りの社員はテレワークができなくなってしまいます。

 以上の3つがそろわないと、テレワークはなかなかうまく機能しません。このうち「ツール」については、お金を使えばなんとかなります。しかし残る2つは、簡単には解決できません。

テレワークを阻害する日本のマネジメントスタイル

徳永 マイクロマネジメントの話はありがちですね。そもそもマイクロマネジメントは「上司の指示通りに行動しろ」というメッセージを発信しているようなもので、そこからは自律した働き方により生産性を高める発想は出てきません。ベネットさんがおっしゃった3つの要因について、牛島さんはどのようにお考えですか。

牛島 インフラ面については、解決すべき課題がいくつかありますね。インフラ環境とルールが両方そろっていないといけない。会社によっては、セキュリティ面からPCを外に持ち出せないルールを持つところもあります。また、在宅で業務を行うにしても自宅にインフラ環境が整ってない人もいます。さらに日本の家庭事情・住宅事情を鑑みると、インフラ環境が整っていても、家庭環境・住宅環境が仕事に向いていないケースもあるでしょう。例えば都心で暮らす単身者のなかには、狭いワンルームの部屋で正座しながら仕事したりしている人もいる。これでは一日中快適には働けない。このような状況の改善も考えなければいけないと思います。

 それから、社員がオフィスに集まって働くパターンと、バラバラな場所で作業するパターンでは、業務のプロセスがまったく変わります。これを機会に、マネジメントや評価、コミュニケーションの在り方など、社内のルールを確認し、場合によっては見直していくことも必要です。環境改善とルール設定をセットで行って初めて、いろいろな場所を選んだ働き方が有効に機能するのではないかと思います。

牛島祐之氏(NECネッツエスアイ 代表取締役執行役員社長)
牛島祐之氏(NECネッツエスアイ 代表取締役執行役員社長)
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岸本 ベネットさんの調査で、生産性が低いとの回答が日本だけ40%になっているのは衝撃的ですね。やはりマネジメントスタイルが、大きく影響しているのだと思います。今まではとりあえず出社すれば、仕事の環境が用意されていて、上司から指示がきた。それが急に「いつ、どこで働いてもいいよ」という環境に放り出され、「あれ、何すればいいのだろう」と生産性が下がってしまったのでしょう。そういう現象が、コロナ禍で多くの日本の企業に起きています。社員の自律をいかに促すかが、企業にとってすごく大きなテーマになっていると思います。

岸本雅樹氏(ヤフー コーポレートグループ ピープル・デベロップメント統括本部 ビジネスパートナーPD本部 PD3部長)
岸本雅樹氏(ヤフー コーポレートグループ ピープル・デベロップメント統括本部 ビジネスパートナーPD本部 PD3部長)
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ベネット テレワークの良いところはフレキシビリティーがあるところです。私はずっと会社で働くことも、逆に100%テレワークも良くないと思っています。必要があるときは出社し、必要がなければ家で仕事をする。その部分を自己管理することが大事です。在宅で仕事をするときも、プライベートと仕事の切り替えをいかに自己管理していくかが、すごく大事になってきていると思います。

デジタル化が生み出す働き方の多様性

徳永 フレキシビリティーは林さんにとっても、ずっとテーマだったのではないですか。

徳永太郎(日経BP総研 社会インフラ ラボ所長:モデレーター)
徳永太郎(日経BP総研 社会インフラ ラボ所長:モデレーター)
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 私どもは、大手金融機関の中でも早い時期に、事由や日数制限を問わない在宅勤務を導入しました。でも最初は社員、特に管理職層から反対もありました。フレキシビリティーを与えすぎると、生産性が下がるし、生産性を再び高めるための軌道修正が利かないという理由です。私は、新生銀行に入る前にアメリカの会社に勤めていました。アメリカでは個人がそれぞれの役割を与えられて、最終的にそれを合体したとき最高のパフォーマンスが出せる。これをチームワークと考えます。しかし日本では、すべての人間が集団になって、常に一緒に状況を把握してともに作り上げていくことが、チームワークと考えられているように思います。

 当社でテレワークを導入するときに、「パソコンにカメラを付けよう」とか「働きぶりをログを使って逐一チェックしよう」という話が出ました。日本では、結果を出すだけではダメで、すべての局面で何を考えて何をしているかを全員で共有することを良しとする文化があります。高度経済成長時代に、1つの方向に集団をコントロールしていくことで高い生産性を誇るという成功体験になったからでしょう。

 一方で、それによって責任の所在が曖昧になり、一人ひとりが果たす役割に対する評価も極めてグレーになっています。先ほどベネットさんがおっしゃったテレワークを成功に導く3つの要因のうち、「ツール」については、お金で解決できるでしょう。ただ「ルール」と「カルチャー」については、管理から自律へという意識改革を、社員と会社の両方が取り組んでいかないと、解決は難しいと思います。

徳永 なるほど。ツールの話に関して、牛島さんにお聞きしたいのですが、コロナ禍によって、デジタルを活用した働き方が一気に進みました。新たな変化も出てきていますか。

牛島 Zoom(ズーム)やSalck(スラック)といったツールを取り入れて在宅勤務や分散型ワークを進めていくと、働き方のルーティンも変えていかなければなりません。ただ、新しい技術を使い慣れてしまえば、ルーティンも自然に変わってきます。新しい技術をどんどん取り入れることができれば、働く場所にとらわれず生産性が向上するなど、いろいろな成果につなげられると思います。

高橋 今の牛島さんのお話を聞いていて、デジタルを使うことで広がりが生まれるというのは、その通りだと思います。少し話はそれますが、最近は「分身ロボット」なるものが登場しています。AIで人間に対応するタイプではなく、分身ロボットは実は向こう側に人間がいて、人間にしかできないようなアナログの会話を、遠隔でお客さんと行います。コンビニや喫茶店で実証実験が始まっていますが、高齢者や寝たきりの方など、今まで物理的に働けなかった人にも、これを活用すれば働く機会を提供できるでしょう。今回のコロナ禍で、デジタルの有用性が改めて認識された結果、このような多様性がこれからものすごく大きくなっていくだろうと感じました。

高橋博樹(日経BP総研 戦略企画部長)
高橋博樹(日経BP総研 戦略企画部長)
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後編に続きます)

(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)