Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会の実現に向けたビジョン「空間×ヘルスケア 2030」を提案し、それを具現化するためのプロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」を進めている(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。
そのテーマの一つが、未来の薬局「Beyond Pharmacy」だ。

今回取り上げるのは、薬局内にできた日本版「ユースクリニック」について。ユースクリニックとは、身近な地域で若者が自身の心や体、性の悩みなどを無料で気軽に相談できる場所を指す。スウェーデンをはじめとする北欧諸国や英国などでの取り組みが進んでいる。

日本でも昨今、産科・婦人科の医療機関などで一部ユースクリニック機能を持つ事例が出始めているが、薬局に同機能がある例は極めて珍しい。どんないきさつがあったのか。そしてそこでは具体的にどういう活動をしているのか。これまでの歩みをレポートする。

「若者たちのための街の保健室 ユースクリニック」の主要メンバー。後列左/NPO法人ラサーナ理事長の福田小百合さん、後列右/クスリのマルエ執行役員調剤事業本部本部長・薬剤師の鈴木暁子さん、前列左/クスリのマルエ経営企画部地域連携室室長の長谷川美鈴さん(写真提供:クスリのマルエ)
「若者たちのための街の保健室 ユースクリニック」の主要メンバー。後列左/NPO法人ラサーナ理事長の福田小百合さん、後列右/クスリのマルエ執行役員調剤事業本部本部長・薬剤師の鈴木暁子さん、前列左/クスリのマルエ経営企画部地域連携室室長の長谷川美鈴さん(写真提供:クスリのマルエ)
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 スウェーデンでは若者のためのユースクリニックが国内に250カ所余り開設され、13~25歳の若者なら誰でも無料で利用できる。

 助産師、看護師、臨床心理士、産婦人科医が常駐し、若者が直面する心と体、性の問題(人間関係の悩み、体や性に関する不安や悩み、セックスに関する疑問、性感染症や避妊・緊急避妊の相談、飲酒・喫煙・デートDVの問題など)に幅広く対応している。

 そしてスウェーデンの若者のじつに9割が、このユースクリニックを利用したことがあり、とても身近で頼れる存在となっているという。

学校にも社会にも体や性について学べる場がない現実

 一方、日本ではこの4月から「生命(いのち)の安全教育」と題した授業を小中学校で段階的に導入していくことになり、予期せぬ妊娠や性被害から子どもたちを守る教育がようやく始まるものの、学校現場における健康教育はまだまだ不十分だ。国の教育の基準である学習指導要領には「妊娠の経過について取り扱わない」ことが定められており、新たな性教育においても性行為などについては触れない方針だという。こうした“寝た子を起こすな”的背景があるため、本来であれば若者の体や性の悩みに寄り添ってくれる場所であるはずの保健室も、体や性の相談にはほとんど機能していないのが現状だ。

 医療現場でも思春期外来を開設し、若者たちの相談場所としての機能を果たそうとする動きはある。しかし、利用する立場からいえば医療機関を受診すること自体ハードルが高いのに、病気でもない悩みは相談しにくい。その結果、若者たちは正しい健康知識を得る機会のないまま、思春期で揺らぐ自分の心と体と性の問題に向き合わなければならない。そして、悩みや不安があっても気軽に相談できる場所が身近にないため、仕方なくネットで入手した誤った情報を信じて対応を間違え、正しい知識さえあれば避けられたはずの最悪の状況に追い込まれていく──。

 こうした若者の健康に関する社会課題の解消に向けて、スウェーデンのユースクリニックのような“若者たちのための街の保健室”をつくり、ちょっとした体や性の相談にも気軽に応じていきたいと2019年から動き出したのが群馬県高崎市の産婦人科病院を拠点に女性の健康づくりを支援するNPO法人ラサーナだ。理事長の福田小百合さんは活動開始の経緯を次のように語る。

 「私が勤務する産婦人科の舘出張(たてでばり)佐藤病院(以下、佐藤病院)では、女性の生涯にわたる健康づくりのサポートに力を入れてきました。この活動の中で、健康づくりのスタート地点にいる少女たちがあまりにも自分の体のことを知らなさすぎる現実が見えてきたのです。女性の健康の基本となる生理に関する知識もなく、自分に起こっている生理が正常かどうかの判断もできない。同時に学校にも社会にも自分の体について学べる場がないことにも気づかされました」(福田さん)。

 実は、佐藤病院には思春期外来がある。しかし、娘が母親に相談しなければ本人の受診には至らず、実際に利用する若者は少なかった。「最初から“病院に来て”といっても、ハードルが高い。病院は治療や処置などの後方支援に徹し、病院の外に気軽に相談できる場所をつくることが必要だ」と思い始めたときに知ったのが、スウェーデンの街中に点在するユースクリニックのことだった。

薬局への開設が決定するも周知活動に苦慮

 「気軽に立ち寄れる街中の場所を」と考えて声をかけたのが、以前から交流もあり、地域に根差した健康啓発活動にも力を入れている薬局チェーンのクスリのマルエだった。

 クスリのマルエは群馬県を中心に17店舗の調剤薬局やドラッグストアを経営し、地域の健康向上に貢献することを理念に掲げて事業を展開している。執行役員調剤事業本部本部長で薬剤師の鈴木暁子さんは参画の思いを次のように語る。

 「当社の地域活動は、これまで健康に関心が高く、薬局を利用することの多い高齢者層をターゲットに行っており、“健康知識のない若者”に向けた活動にはあまり取り組んでいませんでした。しかし、スウェーデンのユースクリニックの話を聞いて、若者が気軽に健康について相談できる場所をつくることの必要性を理解できました。また、処方せんがなくても気軽に立ち寄って相談できる場所として薬局を知ってもらうよい機会になればと考えました」(鈴木さん)。

 ユースクリニックの開設場所は、若者の立ち寄りやすさを考慮して若者に人気の商業施設があり、駅からも歩いて行けるドラッグストア併設のマルエドラッグ高崎駅西口店に決まった。

 苦労したのはユースクリニックという概念がない日本で、若者たちに体や性などのちょっとした悩みを相談できる信頼できる場所があることをどう知らせるか、だった。

 「ユースクリニックの存在を中高生に広く、効率的に伝えるには、学校でチラシを配ってもらうのがいちばん確実だと考えました」(福田さん)。

 群馬県、前橋市、高崎市の教育委員会の門を叩き、同意を得られた高崎市では中学校と高校へのチラシ配布に成功。だが、前橋市については、開催場所が高崎市だったこともあり、当初、協力してもらえなかった。そこで、前橋市の中学校と高校にチラシ配布の依頼電話を1校ずつかけていくローラー作戦を展開。その結果、前橋市では10校以上の学校にチラシを配ってもらうことができたという。

 ただ、依頼の過程で、福田さんや鈴木さんらは活動の必要性と重要性を再認識させられることになった。

 「現場にいる養護教諭の先生からは、『生理や性の問題を伝える必要性はわかっているけれど、学校ではなかなか取り組みにくいテーマだから困っていた。ユースクリニックがあるとありがたい。ぜひ協力させてください』という声が多かった。にもかかわらず、『性に関する話題は子どもに無用な刺激を与える』などの保護者からの反応を懸念され、チラシを配布できなかった学校もありました。性の問題こそオープンに語り合えるようにしなければ、子どもたちに正しい知識は伝わらないと痛感しました」(鈴木さん)。

気軽に相談できるよう趣向を凝らす

 20年1月、NPO法人ラサーナ、クスリのマルエ、佐藤病院の3者協働による「若者たちのための街の保健室 ユースクリニック」の活動が始まった。開催頻度は月1回の予定とした。

マルエドラッグ高崎駅西口店に設けられた「若者たちのための街の保健室 ユースクリニック」の案内。対面による健康相談は、予約制で当日の受付も可能とした(写真提供:クスリのマルエ)
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マルエドラッグ高崎駅西口店に設けられた「若者たちのための街の保健室 ユースクリニック」の案内。対面による健康相談は、予約制で当日の受付も可能とした(写真提供:クスリのマルエ)
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マルエドラッグ高崎駅西口店に設けられた「若者たちのための街の保健室 ユースクリニック」の案内。対面による健康相談は、予約制で当日の受付も可能とした(写真提供:クスリのマルエ)
対面による健康相談のイメージ。相談者のプライバシーを守れるよう半個室スペースを活用する(写真提供:クスリのマルエ)
対面による健康相談のイメージ。相談者のプライバシーを守れるよう半個室スペースを活用する(写真提供:クスリのマルエ)
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人気コスメの試供を目的に女子高生がユースクリニックを開催する薬局に立ち寄ることも(写真提供:クスリのマルエ)
人気コスメの試供を目的に女子高生がユースクリニックを開催する薬局に立ち寄ることも(写真提供:クスリのマルエ)
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 クスリのマルエでは、一人でも多くの若者に立ち寄ってほしいと当日限定の無料イベントとして、女子高校生に人気の高いコスメを試せるコーナーを設置してインスタグラムで拡散するなど、宣伝も工夫した。

 「年配者やファミリー向けが中心で、これまで若者向けのイベントを実施したことがほとんどなかったので、女子高生に人気のコスメを把握するところからスタートしました」とクスリのマルエ経営企画部地域連携室室長の長谷川美鈴さんは苦笑する。

 中高生への周知を重ね、3月には相談の予約がぽつりぽつりと入るようになってきた。だが、新型コロナウイルス感染症の第1波の襲来で、薬局店頭での相談活動は中止に追い込まれてしまう。

 「すぐにメール相談に切り換えましたが、反応はありませんでした。メールは若者にフィットするツールではなかったことに気づき、LINEによる無料相談も追加しました。また、チラシも作り直しました。当初は女子高生の写真を使った産婦人科発想のチラシでしたが、新しく作ったのは女の子、男の子、そして男女に限定されない若者のイラストを並べて入れ、どんな人も気軽に相談できる“街の保健室”があるよ、という前向きなメッセージを強めるように意識しました」(福田さん)。

オンライン相談の開始にあたって、チラシのデザインを一新。女子高生の写真を使ったオーソドックスなもの(左端)から、カジュアルで幅広い層向けのものへと改めた(画像提供:NPO法人ラサーナ)
オンライン相談の開始にあたって、チラシのデザインを一新。女子高生の写真を使ったオーソドックスなもの(左端)から、カジュアルで幅広い層向けのものへと改めた(画像提供:NPO法人ラサーナ)
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コロナ禍で急増するトラブル件数、相談を受けた日の返答を心掛ける

 一方、学校や教育委員会の対応にも変化が出てきた。緊急事態宣言の発出で中高生が学校に通えなくなる中、予期せぬ妊娠、デートDV、児童買春などユースクリニックの相談案件となるような若者のトラブルが急増していることが社会問題となり始めたからだ。

 「オンラインでの活動に切り替えたことで地域限定ではなくなったことも功を奏して、前橋市教育委員会にもユースクリニックの意義と必要性を認めていただくことができました。市立のすべての中学校と高校にチラシを配布してもらえたのは有難かったです」(長谷川さん)。

 手応えを感じたクスリのマルエでは高崎市と前橋市に加え、近隣市町村の中学校・高校、さらには学習塾にも働きかけ、約43校の学校と学習塾に約1万9000枚のチラシを配布するところまでこぎつけた。そして、NPO法人ラサーナや佐藤病院が配布した分を含めるとチラシ配布総数は約2万3000枚になった。

 8月にはLINEによる無料相談をスタート。チラシを配布すると相談件数が急激に増え、しばらくすると落ち着くというパターンを繰り返しながら、継続的に相談する若者も徐々に多くなり、21年4月現在LINEの「友だち登録」者数は120名。中高生を中心に20代の若者も登録し、彼らとやりとりしたLINEのチャット総数は3200件余りになる。

 「3件程度のやりとりで終わる子もいれば、いろんな相談を継続的に受けているうちにやりとりが400件以上になった子もいます」(福田さん)。

 実際の相談の内容は、月経・セックス・妊娠など体や性の悩みに関することが半分、家族・友人・教師との人間関係や不登校など心の悩みに関することが半分といった割合だという。なかには緊急避妊の対処が必要だったり、自殺をほのめかしたりする深刻な相談もある。

 「相談窓口としては思春期保健相談士・メンタルケア心理士の資格を持ったスタッフが対応し、内容に応じて産婦人科医、助産師、看護師、薬剤師、キャリアコンサルタントなどからもアドバイスをもらって、できるだけ相談を受けた日に返答するようにしています」(福田さん)。

資金確保の課題に直面、社会に必要性を積極アピール

 1回目の店頭での健康相談から約1年余り。オンラインに切り替えて半年余りが過ぎて、福田さんや鈴木さんらは確かな手応えを感じ始めている。

 「医療の専門家がかかわることで適切な判断や対応ができるため、最悪の事態を防ぎ、病気の早期発見、医療機関への早期受診、適正な診療科の選択などにもつながっていると思います。日本の場合、心や体、性に対する相談の心理的ハードルが高いので、誰にも知られずにアクセスできるオンラインのほうが、対面の相談窓口より利用しやすいかもしれません」(福田さん)。

 NPO法人ラサーナでは今年度、群馬県の思春期保健対策事業を受託。高校生が主体的に健康課題を学び、同年代の仲間に伝えるYouTubeを制作したり、高校生と医療者とのトークイベントを計画したりしているが、こうした取り組みの中でユースクリニックのオンライン相談の周知も徹底していきたいと考えている。

高校生を対象に、NPO法人ラサーナが企画・運営する群馬県の思春期保健対策事業「GUNMA“LoveMyself”プロジェクト」への参加を呼びかけるチラシ(画像提供:NPO法人ラサーナ)
高校生を対象に、NPO法人ラサーナが企画・運営する群馬県の思春期保健対策事業「GUNMA“LoveMyself”プロジェクト」への参加を呼びかけるチラシ(画像提供:NPO法人ラサーナ)
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 直面する課題は、この活動を普及・継続させるための資金確保だ。NPO法人ラサーナは20年9月、女性の健康教育に取り組む3団体とともに、コロナ禍で急増する予期せぬ妊娠やネット上の性被害から若い女性を守るべく緊急提言を行い、その中でユースクリニックの必要性も社会に訴えた。

 「国会議員をはじめ関心を持ってくれる人が多かったので、近い将来、日本でもユースクリニックの仕組みづくりについての検討が始まり、公的資金が投入されるようになることを期待したいです」と福田さん。

 個人の尊厳が守られ、その人らしく生きていくためにも、若者たちが自分の心や体、性についての正しい知識を身につける機会をきちんと提供することは不可欠だ。そのうえで、困ったときに気軽に専門家に相談ができ、適切なアドバイスを受けられる“ユースクリニック”のような場が、スウェーデンのように日本の街中で見かけられるようになる日が待ち遠しい。

(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)