Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会の実現に向けたビジョン「空間×ヘルスケア 2030」を提案し、それを具現化するためのプロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」を進めている(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。そのテーマとして掲げる、未来の住宅「Beyond Home」や未来のワークプレイス「Beyond Workplace」にも関連する空間の木質化による影響について、「内装木質化等の効果実証事業」の成果報告会(2021年3月17日開催)で示された研究結果を、前編に続き紹介する。

 林野庁の補助事業「内装木質化等の効果実証事業」は、オフィスや商業施設などの内装を木質化することが、身体・心理的な面にどのような影響を与え、経済的にどのような効果があるかなどを実証しようとするものだ。木材利用促進のため、民間の非住宅建築における内装木質化ニーズの掘り起こしを目的としている。

 同事業の成果報告会は2021年3月17日に行われ、13の事業者が順に成果を発表。今回は発表された事例の中から、オフィスなどの労働環境を木質化した事例をピックアップして紹介する。

木に囲まれることでストレスが軽減

 最初に取り上げるのは、一場木工所(広島県三次市)と広島大学大学院人間社会科学研究科による共同事例。一場木工所の関係会社のオフィスビルの一室や、建設現場のプレハブ式現場事務所の内装を木質化して、その効果を検証した。オフィスビルでの検証では、就労中のストレス抑制効果について実証している。

一場木工所と広島大学大学院人間社会科学研究科が実施した内装木質化の様子。左の写真は木質化後の関係会社のオフィスビルの一室。右の写真はプレハブ式現場事務所を仮設の木質パネルで木質化した様子(出所:日本住宅・木材技術センター「内装木質化等の効果実証事業 成果報告会」資料、特記以外は以下同)
一場木工所と広島大学大学院人間社会科学研究科が実施した内装木質化の様子。左の写真は木質化後の関係会社のオフィスビルの一室。右の写真はプレハブ式現場事務所を仮設の木質パネルで木質化した様子(出所:日本住宅・木材技術センター「内装木質化等の効果実証事業 成果報告会」資料、特記以外は以下同)
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 ストレス抑制効果に関する具体的な試験方法は以下の通り。木質化前は16人、木質化後は14人の各被験者に、オフィス内で15分間のクレペリンテストを実施した。クレペリンテストとは、単純な計算式を連続して解く心理テストの一種のこと。

 テスト前とテスト終了直後、さらにテスト終了から15分後の計3回、被験者から唾液を採取してコルチゾール濃度を測定した。結果をまとめたものが図1のグラフだ。ストレスホルモンの一種であるコルチゾールの濃度が高いほど、被験者はストレスを感じていることになる。

図1●被験者の唾液中コルチゾールを測定し、その平均値を木質化前後で比較したグラフ。図中の「pre」はテスト前、「test」はテスト終了直後、「post」はテスト終了から15分後を示す。木質化後の検査では、テスト終了後からコルチゾール濃度が有意に低下していた
図1●被験者の唾液中コルチゾールを測定し、その平均値を木質化前後で比較したグラフ。図中の「pre」はテスト前、「test」はテスト終了直後、「post」はテスト終了から15分後を示す。木質化後の検査では、テスト終了後からコルチゾール濃度が有意に低下していた
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 被験者の唾液中のコルチゾールの平均値は、木質化前後で差が現われており、木質化後のオフィス空間ではテスト終了直後から、コルチゾール濃度が低下した。

 一場木工所代表取締役の一場(寺河)未帆氏は、この結果について「内装木質化にストレス抑制効果があると示唆された」と説明する。一方で、「試験を行った日程には、大雪に見舞われた日が含まれるなど、必ずしも一定の条件下での試験とはならなかった」と話し、さらなる追跡調査の必要性についても言及した。

免疫力の向上や心理的な鎮静効果も確認

 森林再生システム(東京都千代田区)と、公益財団法人森林・自然環境技術教育研究センター(東京都千代田区)による共同事例では、森林・自然環境技術教育研究センターのオフィスにある事務机15基を木質化し、平均年齢60歳代となる高齢の就労者6人の心身への影響を調べた。

内装木質化したオフィスの様子。左の写真が木質化前。右が木質化後(出所:森林・自然環境技術教育研究センター)
内装木質化したオフィスの様子。左の写真が木質化前。右が木質化後(出所:森林・自然環境技術教育研究センター)
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 木質化前に1回、木質化後に3回の唾液検査と、心理アンケートを実施して、内装木質化の効果を検証した。唾液検査では、コルチゾール濃度、クロモグラニンA濃度、分泌型グロブリンA濃度をそれぞれ確認した。コルチゾールとクロモグラニンAは、濃度が高いほど被験者がストレスを感じていることを示す。分泌型グロブリンAは起床時が最も高く、それ以降は徐々に減少する日内変動を持つ。濃度が高く保たれているほど、免疫力を発揮する。

 それぞれの木質化前後の数値を比較した場合、木質化後にはストレスの緩和、免疫力の向上および心理的な鎮静効果が確認された(図2)。

図2●コルチゾール濃度、クロモグラニンA濃度、分泌型グロブリンA濃度それぞれの平均値を、木質化前後で比較したグラフ。コルチゾール濃度、クロモグラニンA濃度は木質化後、上昇が抑制されている。分泌型グロブリンAについては木質化後に減少幅がより小さく変化している(出所:森林・自然環境技術教育研究センター)
図2●コルチゾール濃度、クロモグラニンA濃度、分泌型グロブリンA濃度それぞれの平均値を、木質化前後で比較したグラフ。コルチゾール濃度、クロモグラニンA濃度は木質化後、上昇が抑制されている。分泌型グロブリンAについては木質化後に減少幅がより小さく変化している(出所:森林・自然環境技術教育研究センター)
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 この結果に対し、森林・自然環境技術教育研究センター事務局長の上河潔氏は、「今後より多くの被験者による継続調査が必要である」と強調した上で、「内装の木質化は高齢の就労者が心身ともに健康で快適に働ける空間となりうる」と説明する。

 ほかにも、長谷萬(東京都江東区)の事例では、木ダボを使って板材を積層した木質部材(DLT)を用いて、自社ビルのショールームと会議室を木質化。通常オフィスとDLT空間を比較してリラックス効果の有無を検証した。心拍センサーによる心拍変動の評価と、ヒアリング調査を行ったが、今回の実証では内装木質化によるリラックス効果は確認できなかった。

木質化でストレスが上昇するケースも

 日本福祉大学健康科学部福祉工学科(愛知県半田市)の事例では、心理的効果として意外な結果が現れた。この実証事例は、大学関連施設、子育て施設、地域交流施設、障害者就労施設といった、用途や利用者の異なる4種類の施設の内装を木質化し、アンケートとストレス指数の評価によってその影響を調べたものだ。ストレス指数は就労前と就労後の2回、唾液中のアミラーゼ測定によって評価した。

 アンケート結果は総じて好印象で、ストレス指数も木質化後には上昇幅が小さくなるなど、ストレスの抑制効果が見られた。

 ほかと異なる結果が現れたのが、障害者就労施設だ。従来の非木質化空間では、作業前に比べ作業後のストレス指数の平均値は下降した。しかし、木質化後の環境では、作業後にストレス指数が上昇した。これは、ストレス指数の上昇幅が内装の木質化後には小さく軽減された他の施設における結果と大きく異なるものだ(図3)。

図3●ストレス指数の平均値を木質化前後で比較したグラフ。左が子育て施設の例、右が障害者就労施設の例
図3●ストレス指数の平均値を木質化前後で比較したグラフ。左が子育て施設の例、右が障害者就労施設の例
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 この結果について、本事例を主導した日本福祉大学健康科学部福祉工学科の坂口大史准教授は次の様に解説した。「障害者は環境の変化に敏感だ。内装を木質化したことで慣れた環境が急に変化し、不安を感じたのだと考えられる。中長期的な検証を行えば、また違った結果が現れるのではないかと思う」

定量的な実証に挑戦した取り組みを評価

 本事業においては、これまで紹介した以外にも、木質の家具や什器を導入した事例や、金融機関や小児科医院など専門施設を対象にした事例、木材の乾燥方法による違いを検証したものや、木を粉末状に加工した塗り壁材と通常のスギ板を比較した事例など、バラエティーに富んだ取り組みがあった。

 全体的にアンケートやヒアリングなど主観に基づく調査が中心で、抽象的な結論が多く見られた。定量的な検証に挑戦した事例でも成果にはバラツキが目立ち、現時点では明確な実証が得られたとは言いがたい。検証を実施した事業者からも、データの精度に対する疑問や継続調査の必要性を主張する場面があった。

 講評のため壇上に立った、森林研究・整備機構森林総合研究所木材研究部門木材加工・特性研究領域チーム長の杉山真樹氏は、こうした成果に対して「木質空間が心身に与える影響というのは、評価手法が確立されていない。被験者の主観以外に評価が難しいこの分野において、定量的な実証に挑戦した事業者の試みを評価する」と話した。さらに、「今回の事業をきっかけに、今後新たな評価手法が確立されることを期待する」と言及した。

 一方、同じく講評の壇に立った東京大学大学院農学生命科学研究科の恒次祐子准教授は、事業者個々の挑戦について評価をしつつも、「模様、色、香り、樹種、手触りなど、木材のどのような点が効果を及ぼしたのか、そうした点の検証が欲しい」と話し、より踏み込んだ検証の実施を促した。

 最後に、東京大学の有馬孝禮名誉教授が総括として、「現在の結果や成果も長期的に見た場合、疑問や変化が現れる。こうした調査は長期間行うことが重要だ」と継続調査の重要性を指摘し、本事業の報告会を締めくくった。

(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)

【お知らせ】
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<聴講無料・事前登録制>


[登壇者]
経済産業大臣政務官 兼 内閣府大臣政務官 兼 復興大臣政務官
参議院議員
佐藤 啓 氏
奈良県立医科大学
MBT(医学を基礎とするまちづくり)研究所 副所長(研究教授)
梅田 智広 氏
ほか

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