Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会を描くためのビジョンとして「空間×ヘルスケア 2030」を提案していく。このほど、それを実現するための新プロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」をスタートさせた(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。

このビジョンのカギを握るのが薬剤師だ。かかりつけの健康アドバイザーの役割を果たす未来の薬剤師、「ヘルスケア・マイスター」は果たして現実のものとなるのか。直近の法制度などの動向を踏まえ、かねて未来の薬局・薬剤師像を提唱し続けている薬局経営者かつ医師の狭間研至氏(ファルメディコ 代表取締役社長、日本在宅薬学会 理事長、医療法人嘉健会 思温病院 理事長)に聞いた。(聞き手は小谷 卓也=Beyond Health)

狭間研至氏。取材はオンラインで実施した(写真:Beyond Health)
狭間研至氏。取材はオンラインで実施した(写真:Beyond Health)
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2020年9月に改正薬機法が施行されます。まずは改正薬機法が薬局、薬剤師にどのようなインパクトを与えるかを教えてください。

 最大のポイントは、これからの薬局、薬剤師の定義が変わることです。これまでは医師から処方箋という情報が入り、その間にいる国家資格従事者である薬剤師が薬剤を調合し、患者に薬として渡すことが主でした。つまり「薬を渡すところ」までで機能が完結していたわけです。

 改正薬機法では、そこが少し広がることになります。薬を出した後も薬剤師が患者をフォローして、何か問題があったら医師にお伺いを立てることが義務化されました。医師へのフィードバックは努力義務となっていますが、将来的には間違いなく薬剤師の日常業務に入ってくるはずです。

 実際のところ、我々のように服用後のフォロー、医師への問い合わせをやっていた薬剤師はこれまでにもいました。しかしあくまで少数派であり、物好きと思われていた。これが法律で定められたことは、非常に大きなインパクトがあると考えます。

こうした法規制の動きとも同期して、薬剤師の働き方を見直そうという動きが加速しています。

 ここには社会背景が深く関わっています。高齢化が進み、医療の世話になる人がますます増えるにもかかわらず、医師の数が増えない。ならば既存の社会資源のあり方を変えていく必要があります。その観点からすれば、全国6万軒近い薬局で働く17万人以上の薬剤師は貴重な社会資源であり、いかに有効活用するかが鍵を握ります。

 薬をターゲットにした対物業務から、薬を渡した後に患者の状態を見る対人業務に変える。このことは2015年に厚生労働省(厚労省)が提唱した「患者のための薬局ビジョン」以降言われてきました。しかし薬局のビジネス面だけを考えれば、対物業務に専念したほうが儲かるんです。なぜなら、対人業務には満足な点数がつきませんでしたから。やりがいがあるかどうかは別として利益が出やすいし、働く側も薬を渡せば終わりなので楽。その意識を変えるために、調剤報酬より前に法律が変わったわけです。

 実は2020年4月2日に、「調剤業務のあり方について」という厚労省通知が出されました。いわゆる「0402通知」と呼ばれるもので、すべてを薬剤師が担うのではなく、機械調剤などを非薬剤師が扱えるようにしました。また2020年4月には調剤報酬が改定され、対人業務への評価が拡充されています。

今年4月2日に発出された、いわゆる「0402通知」(出所:厚生労働省)
今年4月2日に発出された、いわゆる「0402通知」(出所:厚生労働省)
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 こうしてみると、すでに状況は整っているのです。0402通知で薬剤師以外でも調剤の手伝いができるように法的な仕組みを整え、調剤報酬改定で立地の良さに頼る敷地内薬局の優位性を見直し、改正薬機法で薬を渡した後のフォローを義務化した。ただ、これらの情報が行き渡っていないのが現状です。

薬学部で学んで良かった――薬剤師の本来の姿とは

実際の薬剤師の反応は。

 現場では「そんなことを言われても…」という微妙な感じが残っています。薬を渡すまでが忙しすぎて薬歴を書くことすらできないのに、渡した後のフォローなど想像もできないと。一方で薬局経営者にこの話をすると、今の状態でそれをやったらうちの会社はパンクしてしまうと言う。つまり労務管理と採算性のバランスが取れていないんです。

 「フォローって何をすればいいんですか??」と半ば逆ギレのように聞かれることもありますが、いつも要点は3つだけと答えています。まず、薬を出した後にきちんと服用しているかどうかの確認、そして、きちんと効いているかどうかの確認、最後は副作用が出ているかどうかの確認です。

Beyond Healthが、2030年に実現しているべき空間を示した未来の旗印(Visionary Flag)のうち、「Beyond Pharmacy(未来の薬局)」を描いたもの。2030年、薬局は調剤だけでなく、ヒーリングやコミュニケーションの場となり、「空間×ヘルスケア」を実装した街のハブとしての役割を担う。詳細は「<a href="https://project.nikkeibp.co.jp/behealth/atcl/feature/00030/060100002/" target="_blank">目指すは『空間×ヘルスケア』の社会実装</a>」参照(イラスト:kucci)
Beyond Healthが、2030年に実現しているべき空間を示した未来の旗印(Visionary Flag)のうち、「Beyond Pharmacy(未来の薬局)」を描いたもの。2030年、薬局は調剤だけでなく、ヒーリングやコミュニケーションの場となり、「空間×ヘルスケア」を実装した街のハブとしての役割を担う。詳細は「目指すは『空間×ヘルスケア』の社会実装」参照(イラスト:kucci)
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 薬が飲めていない理由は、錠剤が大きすぎるからかもしれない。もしくは飲んだら冷や汗が出て怖いからかもしれない。副作用が出たら何が原因で起きているのか。飲めない理由や飲みにくい理由を聞くと、患者がいろいろと教えてくれるのです。すなわち自分が調剤した処方の内容と患者の状態を見比べることで、自動的に薬剤師によるアセスメント(客観的な評価)が成立します。

 そうすると、「薬学部で学んで良かった」と思うはずです。実際にセミナーで聞くと「薬を渡すために薬学部で学んだわけではない。患者さんを良くしたいから薬剤師になった」という意見がほとんどです。薬を取りそろえ、渡すときに説明するだけだったら、極端な話、機械やインターネットでも用が足ります。しかし患者と向き合って服用の度合いを尋ね、効果を聞き、そこで薬を飲まない理由や副作用の原因がわかれば、医師にフィードバックする──それこそが本来の姿なのです。

薬剤師の対人業務を増やすにはどのようなサポートが必要になりますか。

 現場の薬剤師が多くの時間を取られているのは、薬学的専門度が極めて低い、あるいは必要とされないのに、業務的重要度が高い仕事です。最もわかりやすいのはお金にまつわる業務。例えば在庫管理、発注業務、在宅療養支援をやるのであれば契約業務などになります。

「Beyond Pharmacy(未来の薬局)」より、ヘルスケアマイスターのイメージ。未病改善のためのかかりつけ健康アドバイザーの役割を担う。詳細は「<a href="https://project.nikkeibp.co.jp/behealth/atcl/feature/00030/060100002/" target="_blank">目指すは『空間×ヘルスケア』の社会実装</a>」参照(イラスト:kucci)
「Beyond Pharmacy(未来の薬局)」より、ヘルスケアマイスターのイメージ。未病改善のためのかかりつけ健康アドバイザーの役割を担う。詳細は「目指すは『空間×ヘルスケア』の社会実装」参照(イラスト:kucci)
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 これらを解決するためにも、薬局の経営者は薬剤師に時間と気力と体力を与える努力をすべきです。そこには3つの段階があります。

 第1段階は現在の業務フローを整理すること。この10年間で機械化が進み、今は枝葉が増えた木のようになっているので、あらためて見直すことが求められます。第2段階は、ICTなどを活用して合理化できる仕組みを思い切って導入すること。そして第3段階は、整理や合理化の末に見えてきた“必ずしも薬剤師がやらなくてもいい仕事”を非薬剤師のスタッフに任せることです。

薬局は薬をもらう場所ではなく自分の体調管理をする場所になる

今後、薬剤師をどう評価するかという軸も変わってくるのではないでしょうか。

 その通りです。これまでは早く調剤できたり、調剤ミスが少なかったり、クレーム対応が上手だったりといった部分にフォーカスされてきたきらいもあります。でもそれは、薬剤師の肝の部分ではありませんよね。

 薬学部では薬理学、薬物動態学、製剤学などの専門分野を習います。これらはすべて薬が体の中に入ってからどのように作用するかを学ぶものであり、薬剤師はその基本をしっかりと身に着けている。それなのにこれまでの薬剤師は、薬が体に入る前までしか患者と向き合ってきませんでした。それではもうだめなんです。

 ですから私は弊社(「ハザマ薬局」)の社員に「FAF(フォロー・アセスメント・フィードバック)」の姿勢が大事だと教育しています。これを薬剤師の仕事として捉え直すと、循環するサイクルの仕事になる。オーダーが立って納品して終わりではなく、患者の声を医師にフィードバックして課題が改善されるようになれば、みんなが幸せになります。薬剤師と医師の関係で言えば、タスクのシェア。これまで“患者を良くする”というタスクは医師にすべてを任せていました。そこに薬剤師の知見を採り入れることが重要になってきたのです。

 だからこそ、改正薬機法で患者のフォローを義務付けたことには非常に意味がある。医療のPDCAに薬学を組み込んでタスクをシェアすれば、医療そのものが変わります。これにより、医師は医師にしかできない仕事に専念できるようになります。

 もっと視界を広げて、医師も薬剤師も看護師も管理栄養士も、医療の謎を解くのが仕事だとあらためて自覚すべきです。患者が立てない、歩けない、食べない理由は何なのか。医師に聞けばすべてを病気に結びつけてしまいますが、もしかしたら食べない理由はほかにあるのかもしれない。

 原因がわからないので病院で胃薬を出そうと思ったら、管理栄養士が「あの患者さんはお粥が嫌なんです」と指摘し、普通のご飯にしたら食べたなんて笑い話もある。有名漫画のセリフにあるように、「真実はいつもひとつ」です。その真実を医学で解いたり、薬学で解いたりするのが今後の医療のあり方だと考えています。

狭間先生はご自身が薬局経営者でもありますが、これからの「薬局の役割」についてはどう考えていますか。

 我々のような中小薬局は、薬を渡すまでの正確性、スピードなどのクオリティを競っていたら超大手とは勝負になりません。しかし、対人業務を通じて患者の体調管理に薬剤師が関わるとなれば、薬剤師の個性が重要になってきます。要するに個人同士の勝負なので、十分に活路が見いだせるわけです。

 患者と密に結びつくために、バイタルサインデータの活用に注目しています。血圧の薬を飲んだ後に抑制効果が出ているかどうか、抗生物質を処方した後に体温が低くなったかどうか。バイタルサインデータの変化は、薬と直結する部分です。こちらから聞きに行くのではなく、ウエアラブルデバイスなどを使って自動でバイタルサインデータを入手できれば、医師の前にまず薬剤師に相談できるようになります。

(写真:Beyond Health)
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 こうして患者は、薬剤師との共有体験を深めていくようになる。いずれ薬局は、薬をもらう場所ではなく、自分の体調管理をする、体調の回復を体験する場所になってくるはずです。それらを薬剤師がコーディネートするとなれば、食事やフィットネスジムといった周辺サービスが入ってきたりして、自ずと健康ステーションのような形になるのではないでしょうか。

(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)