Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会を描くためのビジョンとして「空間×ヘルスケア 2030」を提案していく。このほど、それを実現するための新プロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」をスタートさせた(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。

人が生活を営むうえで基本となる空間である「住宅」。今後、ここに異業種・異分野の知恵を注ぎ込んで健康で幸福な人生をサポートしていくことは不可欠だ。最近では、住環境の改善を巡って、住まい手の健康への効果を裏付ける研究が進んでいる。その一つが、断熱改修の前後で健康状態などにどのような変化が生じたかを調べる研究だ。今回は、その結果から得られた最新の知見を紹介する。

Beyond Healthが、2030年に実現しているべき「住宅」空間をイメージしてイラスト化したBeyond Home(未来の住宅)。センシングやスクリーニングのテクノロジーが、ふろ場や、トイレ、階段の手すりなど各所にそれと意識させないような形で設置されている。空調、照明などを最適化して良質な睡眠をとれるようにしたり、室内で楽しく運動ができる仕掛けも。玄関ではエアフィルターなどによる感染症対策を施している。今回の記事では、建物全体の温熱環境(断熱改修)について触れていく(イラストレーション:©kucci,2020)。
Beyond Healthが、2030年に実現しているべき「住宅」空間をイメージしてイラスト化したBeyond Home(未来の住宅)。センシングやスクリーニングのテクノロジーが、ふろ場や、トイレ、階段の手すりなど各所にそれと意識させないような形で設置されている。空調、照明などを最適化して良質な睡眠をとれるようにしたり、室内で楽しく運動ができる仕掛けも。玄関ではエアフィルターなどによる感染症対策を施している。今回の記事では、建物全体の温熱環境(断熱改修)について触れていく(イラストレーション:©kucci,2020)。
[画像のクリックで拡大表示]

 生活空間の温熱環境が人間の健康にどのような影響を及ぼすか──。2020年2月中旬、日本サステナブル建築協会が14年から続けている調査の第4回中間報告会を都内で開催した。断熱改修などによる温熱環境の改善が住まい手の健康にもたらす効果を具体的に測る「スマートウェルネス住宅等推進調査」で、慶応義塾大学理工学部の伊香賀俊治教授らのグループが取り組んでいる。

住宅の断熱化と居住者の健康との相関を調べる全国調査から得られた室温と血圧・活動量・諸症状などに関わる知見を紹介した。写真は、スマートウェルネス住宅等推進調査委員会の幹事と調査・解析小委員会の委員長を務める慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科の伊香賀俊治教授(写真:奥野 慶四郎)
住宅の断熱化と居住者の健康との相関を調べる全国調査から得られた室温と血圧・活動量・諸症状などに関わる知見を紹介した。写真は、スマートウェルネス住宅等推進調査委員会の幹事と調査・解析小委員会の委員長を務める慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科の伊香賀俊治教授(写真:奥野 慶四郎)
[画像のクリックで拡大表示]

 この調査では、国土交通省の「スマートウェルネス住宅等推進モデル事業」の補助を活用し、「窓を複層ガラスに変える」「床や壁に断熱材を施工する」といった住宅の断熱改修を実施した世帯と、未改修の世帯それぞれの住まい手が対象。室温など温熱環境と住まい手の健康状態との相関関係を改修の前後、あるいは実施・未実施別に調べている。

 国が進める「健康日本21(第2次)」では、「国民の最高血圧平均値が10年間で4mmHg低下すれば、脳卒中死亡者数が年間約1万人、冠動脈疾患死亡者数が同約5000人減少する」と推計している。高血圧症と関連するファクターは食生活やストレスなど様々あるが、伊香賀教授らの研究は住宅室内の温熱環境からアプローチする取り組みだ。前回までの報告でも、「年間を通じて室温が安定している住宅では、居住者の血圧の季節差も小さい」「高齢者ほど室温と血圧との関連が強い」といった知見を示してきた。

室温が変動すると最高血圧も

 今回の報告会で示された主なポイントを、ダイジェストでいくつか紹介する。調査対象は合計約1650世帯の住まい手約2920人だ。

 まずは室温と被験者の血圧それぞれの「日間変動」(日による変動)について。冬期の室温にみられる日間変動の平均値(朝は約2℃、夜は約1.7℃)を境に、日間変動が小さい住宅の被験者グループ(=室温安定群)と大きい住宅のグループ(=室温不安定群)に分け、朝と夜の最高血圧の日間変動を比較した。

断熱性能が低く室温が不安定な家(室温不安定群)と断熱性能が高く室温が安定している家(室温安定群)で最高血圧の日間変動を比較。朝夜とも、室温が不安定な家の方が血圧の日間変動が大きい(資料:日本サステナブル建築協会「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第4回報告会」の資料を基に一部加筆)
断熱性能が低く室温が不安定な家(室温不安定群)と断熱性能が高く室温が安定している家(室温安定群)で最高血圧の日間変動を比較。朝夜とも、室温が不安定な家の方が血圧の日間変動が大きい(資料:日本サステナブル建築協会「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第4回報告会」の資料を基に一部加筆)
[画像のクリックで拡大表示]

 最高血圧の日間変動は、朝夜ともに室温不安定群の方が大きいことを確認。「室温の日間変動が大きく不安定な室内環境は、被験者の最高血圧の日間変動を増幅させる」との見解を示した。

室温低下は睡眠障害を助長

 断熱改修実施前後での被験者の血圧の変化量について調査グループは、前回の報告会で「断熱改修後に、被験者の起床時の最高血圧が有意に低下する」とする知見を示したが、今回は年齢や性別、喫煙・飲酒習慣、高血圧症による通院など各被験者の「属性」まで踏み込んで分析。「循環器疾患リスクが高い被験者ほど、断熱改修による恩恵を受けやすい可能性がある」と結論付けた。

断熱改修による朝の最高血圧の変化量を属性別に分析した。喫煙者や飲酒者、高血圧患者など、循環器疾患のリスクが高い人に比較的大きな改善効果が見られ、断熱改修による恩恵を受けやすいと考えられる(資料:日本サステナブル建築協会「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第4回報告会」の資料を基に一部加筆)
断熱改修による朝の最高血圧の変化量を属性別に分析した。喫煙者や飲酒者、高血圧患者など、循環器疾患のリスクが高い人に比較的大きな改善効果が見られ、断熱改修による恩恵を受けやすいと考えられる(資料:日本サステナブル建築協会「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第4回報告会」の資料を基に一部加筆)
[画像のクリックで拡大表示]

 理由は以下のような結果が得られたからだ。改修後に朝の最高血圧が下がった被験者1656人に対して、循環器疾患リスクに関わる属性(「喫煙習慣」「飲酒習慣」「高血圧症による通院」)ごとに血圧変化量を調べると、リスクが高い人の方が血圧低下が顕著。「喫煙習慣」は非喫煙者の血圧変化量-2.3mmHgに対して喫煙者は-4.6mmHgと2倍。「高血圧による通院」は、非高血圧患者が-2.2mHgで、高血圧患者は-7.7mmHgと3倍以上だった──。

 断熱改修による室温の変化は、住まい手の行動・習慣や感覚にも影響を与える。調査結果で示されたのは、不眠症など睡眠障害との相関だ。

 就床前に過ごす居間の室温が改修後に2.5℃以上上昇した被験者(=室温上昇群)と、改修したが暖房を使わなくなったことなどにより、同じく2.5℃以上低下した被験者(=室温低下群)で、睡眠障害の発症率や改善率を比べている。

断熱改修後の居間室温の変化と睡眠障害の改善・発症状況の関連性を調査した。就床前の室温が2.5℃以上低下した環境下のグループと同2.5℃以上上昇した環境下のグループを比較したところ、前者の方が、もともと持っていた睡眠障害の症状改善を阻害したり、障害がなかった人が発症したりする可能性が高いことが分かった(資料:日本サステナブル建築協会「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第4回報告会」の資料を基に一部加筆)
断熱改修後の居間室温の変化と睡眠障害の改善・発症状況の関連性を調査した。就床前の室温が2.5℃以上低下した環境下のグループと同2.5℃以上上昇した環境下のグループを比較したところ、前者の方が、もともと持っていた睡眠障害の症状改善を阻害したり、障害がなかった人が発症したりする可能性が高いことが分かった(資料:日本サステナブル建築協会「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第4回報告会」の資料を基に一部加筆)
[画像のクリックで拡大表示]

 室温低下群で睡眠障害がある被験者が改善した割合は、室温上昇群の3分の2にとどまった。一方、睡眠障害がなかった被験者が新たに発症する割合は、室温低下群の方が室温上昇群より1.41倍高かった。つまり、「室温低下は睡眠障害の改善を阻害したり、発症を助長したりする恐れがある」ということになる。

 調査では、断熱改修前後の室温変化に伴う住まい手の入浴習慣の変化についても検証している。

 具体的には「居間と脱衣所それぞれの室温がいずれも18℃以上の住宅に住む被験者(=温暖群)」「居間が18℃以上で脱衣所は18℃未満の住宅の被験者(中間群)」「居間と脱衣所、いずれも18℃未満の被験者(寒冷群)」で比較。次のような知見が得られた。

 入浴時に適切と感じる風呂の湯温について、中間群では「熱め」(42℃以上)と回答した被験者が温暖群の1.47倍。寒冷群は同じく1.66倍。「居間も脱衣所も暖かい」環境の被験者に対して、「脱衣所は居間より寒い」環境や「居間も脱衣所も寒い」環境の被験者は「熱め」を適切と感じる傾向があり、ヒートショックなどのリスクが高いといえる。

 この検証では、断熱改修前後の室温変化でもクロス分析。室温上昇群では、改修後に「熱め」を選ぶ割合が減少することも確認できた。

改修工事後に居間と脱衣所の室温が上昇した環境下のグループでは、入浴時の風呂の湯温が「熱め」と回答した割合が減少した(資料:日本サステナブル建築協会「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第4回報告会」の資料を基に一部加筆)
改修工事後に居間と脱衣所の室温が上昇した環境下のグループでは、入浴時の風呂の湯温が「熱め」と回答した割合が減少した(資料:日本サステナブル建築協会「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第4回報告会」の資料を基に一部加筆)
[画像のクリックで拡大表示]

「体感温度」でより精緻に比較

 報告会では、断熱改修の効果測定指標として、従来の空気温度だけでなく、湿度なども加味してより体感に近い「SET*(標準新有効温度)」を用いることも提案した。SET*とは空気温度に相対湿度や放射温度、気流速度、着衣量、代謝量を加味して算出する温度指標だ(単位は℃)。

 調査では、断熱改修を実施した419世帯の住まい手774人について、様々な疾病や症状の発症オッズ比(発症しやすさを2つの群で比較して示す統計学的な尺度)を、空気温度のみとSET*それぞれの場合で比較した。

居間の温度が比較的低いグループ(低位群)に対する疾病や病状が発症するオッズ比を改修前と改修後で調べた(数値は1より小さいほど罹患しにくい)。分析ベースには通常の空気温度とSET*の2種類を用いた(資料:日本サステナブル建築協会「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第4回報告会」の資料を基に一部加筆)
居間の温度が比較的低いグループ(低位群)に対する疾病や病状が発症するオッズ比を改修前と改修後で調べた(数値は1より小さいほど罹患しにくい)。分析ベースには通常の空気温度とSET*の2種類を用いた(資料:日本サステナブル建築協会「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第4回報告会」の資料を基に一部加筆)
[画像のクリックで拡大表示]

 「くしゃみ」は、空気温度ベースのオッズ比が断熱改修前の0.98から改修後は1.07に転じ、相対的に発症しやすくなっていることになる。だがSET*ベースでは0.88から0.87へと、改善が見て取れる。こうした研究成果がさらに積み重なれば、断熱改修による健康効果をより高精度に測る方法の確立につながる。

報告会の後半では調査に関わる医療分野の有識者によるパネルディスカッションを開催。この調査の意義や住宅が健康に与える影響の大きさ、建築分野と医療分野が連携することの重要性などについて意見が交わされた(写真:奥野 慶四郎)
報告会の後半では調査に関わる医療分野の有識者によるパネルディスカッションを開催。この調査の意義や住宅が健康に与える影響の大きさ、建築分野と医療分野が連携することの重要性などについて意見が交わされた(写真:奥野 慶四郎)
[画像のクリックで拡大表示]

(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)