Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会の実現に向けたビジョン「空間×ヘルスケア 2030」を提案し、それを具現化するための新プロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」を立ち上げた(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。

このたびの新型コロナウイルスの感染拡大は、住宅やオフィス、商業施設、交通機関など、街のあらゆる空間に影響を及ぼし、人の生活やビジネスの形を大きく変えようとしている。今回は、新型コロナにより訪日外国人観光客や出張者が急減し、甚大な影響を受けたホテル業界の中で、「衛生」「安全」といった見えないサービスを可視化することで復活を図ろうとする、コアグローバルマネジメント代表取締役の中野正純氏と、同社が運営するクインテッサホテル東京銀座の総支配人の小林淳一氏に話を聞いた。

クインテッサホテル東京銀座のシェルターホテル専用フロントはアクリル板・ビニールカーテンなどで遮蔽され、サーモカメラで利用者や出入り客の体温をチェック (写真:川島 彩水、以下同)

 ついこの間まで、多くの観光客でごった返していた東京・銀座。東銀座駅から徒歩2分、歌舞伎座の後方に2019年12月に開業した「クインテッサホテル東京銀座」では、この6月、専門家監修によるウイルス排除対策を施した「シェルターホテル」をオープンした。

 クインテッサホテル東京銀座は、ベッドや机などの設備、寝具・リネンサプライなどにデザイン性の高いものを採用。ビジネスホテルでありつつも、より高いクラスのホテルのような雰囲気を実現しているのが特徴だ。シェルターホテルもこうしたホテルの雰囲気はそのままにして、新型コロナウイルス感染を予防するための除菌や特殊な清掃を行うほか、入室までの動線を一般の宿泊客と分けるなどの対応により、安心感を高めた客室としている。

 独自ブランドのクインテッサホテルを展開しているコアグローバルマネジメントの中野氏は、「需要が昨年と比べて大きく減り、ホテルが減っていない中で、新しいアプローチをしようという命題があった。そこで安心や安全を打ち出せないかと、外部の企業や専門家と商品化することに至った」と、シェルターホテル開設の経緯を説明する。

インバウンド激減で壊滅的打撃

 新型コロナウイルスの流行により影響を受けた業種は多岐に及ぶが、中でもホテル業界が受けた影響は甚大だった。2020年夏の東京五輪開催を視野に、2020年の政府による訪日外国人客数の目標値は4000万人に設定された。ホテル客室数はここ数年で増え国際情勢が変化する中でも、国内のホテル客室の稼働率は高水準で推移していた。

コアグローバルマネジメント代表取締役の中野氏

 それが新型コロナの影響で激変した。観光庁によると、宿泊者は3月に前年同月比ほぼ半減し、4月には約8割減。外国人の宿泊者は3月には約9割減で、4月にはほぼ消失した。国内ではホテルの倒産も報じられた。さらに4月の緊急事態宣言の発出以降、全国で外出自粛要請や休業要請が出され、出張が激減して、ビジネスホテルの需要そのものがなくなった。

 ホテルクインテッサ東京銀座では、レストランがなく、宴会も受け入れていないのは不幸中の幸いではあるものの影響は甚大なものだった。中野氏は「営業ネットワークにより台湾からの年間40万人を国内に呼び込んできたが、状況は壊滅的。昨年対比で宿泊客はおよそ95%も減った」と言う。

 今後、感染者の発生が減少傾向に入ったとしても、コロナを視野に入れると懸念点が残る状況が考えられた。日々、代わる代わる客室を異なる人々が利用し、客室を共有することになる。元々広がっていたシェアリングエコノミーにとって、ウイルスの感染は強い逆風となる。中野氏は「ホテルは空間のシェアビジネス」と言うように、ホテルに顧客が戻るまでの時間は長期に及ぶ可能性も考えられる。

枕は宿泊客がチェックアウトの都度廃棄し、新品に取り替える

 政府が呼びかけた「新しい生活様式」に基づいて、宿泊業団体は5月に「宿泊施設における新型コロナウイルス対応ガイドライン(第1版)」で接触感染や飛沫感染の予防などの一般的なルールに加え、対人距離を2mを目安に取る、消毒設備、マスク着用、換気、健康チェックなどの基本原則から、定期的な消毒や洗浄、アクリル板などの遮蔽設備などのルールを示している。

 中野氏が考えたのは、ホテルのオペレーションの中から新しい価値を生み出すという自社の強みを見つめ直すことだった。中でも注目したのが、清掃や設備管理の仕組みを生かした新たな空間づくりだ。

「空間としての安全性」を判断基準に

 中野氏は「清掃のプロセスは、ブラックボックスで顧客からは見えづらいところだった。これまでは目に見える汚れなどがなければクレームのような問題にはなりにくかった。そうした清掃によって実現する安心や安全が、これからはホテルを選ぶときの判断基準になると思った。立地やグレード、価格によってホテルは選ばれてきたが、そうした判断基準に空間としての安全性の担保が加わるということだ」と指摘する。

 清掃のプロセスを見直せると考えたのは、コアグローバルマネジメントは清掃会社を自社グループに抱えているからだ。同社はホテル経営、運営の会社であり、オーナーからホテルを一括借り上げし、運営を受託して利益を上げ、オーナーに利益還元をしている。ホテルの品質を高めながら利益率をいかに高めていくかは重要。

 かつて情報技術企業に所属し、そこからホテル業界に入った中野氏は、ホテルの事業は他業種よりも外注費が高いのが特徴であるところに注目してきた。「ホテルは外注の集合体。コントロール可能なコストと、コントロール不可能のコストがある。そうした中で、光熱費などはコントロールが難しいが、清掃と設備管理についてはコントロール可能と考えていた。ホテルの中では清掃や設備管理を外注にしている場合があるが、かねて人手不足が深刻化し、外注によるコスト削減は難しくなってきた。自前の体制を作ってきたことは強みになっており、その体制をコロナへの対応に生かせると考えた」と述べる。

 中野氏は独自の財務会計システムやオペレーションの仕組みを作ってきたからこそ、コロナ禍の中で、自社が強みとする清掃や設備管理の体制を動かすことができた。その凝縮が「シェルターホテル」と言える。

清掃担当者は防護服を着用した上で清掃に当たる(写真:コアグローバルマネジメント)

京大ウイルス・再生医科学研究所の専門家が監修

 旧知の経営者が運営するシェルターと組み、さらに専門家として京都大学ウイルス・再生医科学研究所附属感染症モデル研究センターウイルス共進化分野准教授の宮沢孝幸氏の監修を受けて、シェルターホテルを実現した。京大の宮沢氏には実際にホテルに出向いてもらって、清掃のポイントについてやるべきこと、やるべきではないことの指導を受けた。例えば、次亜塩素酸ナトリウムを空中噴霧する方法は、薬剤が空中に浮遊して危険だなどと助言を受けた。そうして細かく清掃の仕組みを作っていった。

除菌マットでチェックイン前に靴裏を消毒(写真:川島 彩水、以下同)

 ポイントは、通常と異なる清掃プロセスを入れたところだ。例えば、通常は、繰り返し使うような枕も、唾液からの感染が懸念されるところから毎回廃棄して、新品を入れるようにした。このほかチェックインの前に靴裏をマットで拭けるように。清掃時には担当者は防護服を着用した上で清掃に当たる。共用部分や客室では電話機やリモコンなど触れやすい部分は次亜塩素酸ナトリウム除菌剤で拭くようにした。

 チェックインとチェックアウトのルートを外階段のほか、アクリル板やビニールカーテンを使って整備。利用者や出入り客はサーモカメラや体温計でチェックできるようにした。中野氏は「素人では薬剤の取り扱いなど専門の知見が乏しい。清掃のポリシーもどこまでやれているか不透明だ。写真や動画を撮り、こういう清掃を必ずやると担保した。それが差別化要因になる」と強調する。

公衆衛生が新しいサービスに

 ホテルの入り口から、チェックイン、客室への入室まで独自の動線を作るところは自社の設備管理会社によって速やかに整備。企画から運用開始まで1カ月くらいで速やかに実現できたのは、こうした自前の体制があればこそだ。また自社の清掃会社を持つからこそ構築した仕組みに基づいたシェルターホテルの運営を実現しやすい。

 シェルターホテルは、通常の客室よりも3000円程度プラスする価格設定にして、ビジネス顧客や著名人などの感染対策に敏感な顧客に使ってもらうよう想定している。こうしたサービスについて自社の宿泊プランの中でも打ち出し、ホテルの価値を高めることにつなげている。総支配人の小林氏は、「スタートラインはうまくいっている。スタッフも手洗いやうがいをして、マスク着用して除菌もしている。スタッフも安全に働けると考えており、責任者として先導して対応していこうと考えている」と話す。

クインテッサホテル東京銀座総支配人の小林氏

 インバウンドが新型コロナによって大きく減少し、国内でも出張が減っている。コロナ時代に海外の顧客や国内のビジネス顧客からの信頼を再び得るために必要な施策は、新型コロナの不安を払拭することに他ならない。感染リスクをネガティブにとらえるのではなく、自社の強みを高めるきっかけとしてむしろポジティブにとらえているところは重要だろう。

 中野氏が「新型コロナの影響が及ぶ中で、清掃と設備管理とこれまでは脚光が当たりづらい存在を、ホテルの価値として打ち出した」と述べている通り、表から見えないサービスがほかのホテルにない魅力になっている。「もっとクインテッサホテル東京銀座を使いたい」と考える動機になれば、同社にとっては、そもそもコストコントロールのために自前組織を作ったが、売上高を高める要素に加わるのも大きいだろう。

 前述の通り、立地、グレード、価格に続く、第4の価値の創出と考えられるのだろう。ハードで勝負するのではなく、ソフトで勝負する時代と言われるが、まさにホテル業界で言えば、こうした変化がコロナ後のニューノーマル時代に顕在化するのかもしれない。外注でコスト削減して勝つのではなく、自前で品質につなげることで勝つ。そこにはディスラプティブイノベーションの要素が隠れている。公衆衛生という新しいサービスカテゴリーがホテルの選択に加わったことは間違いない。

クインテッサホテル東京銀座のロビー


(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)