Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会を描くためのビジョンとして「空間×ヘルスケア 2030」を提案していく。このほど、それを実現するための新プロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」をスタートさせた(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。

人が生活を営むうえで基本となる空間である「住宅」。住宅行政・建築行政を担う国土交通省(住宅局)の視点から見た、住宅や建築におけるヘルスケアとはいかなるものなのか。同省 住宅局 住宅生産課長の武井佐代里氏に聞いた。(聞き手は小谷 卓也=Beyond Health)

国交省の武井氏(写真:寺田 拓真)

まず、国土交通省が考える“住宅とヘルスケア”とは何でしょうか。

 住宅とヘルスケアの関係を考える際、これからは高齢者の健康が軸となると思います。大都市の高齢者人口が増加する傾向にあることに加え、単身あるいは夫婦ともに高齢者の世帯が増えていくためです。また、同居家族がいれば、食生活や体調の変化、薬の服用などについてフォローできますが、今後はこうした家族によるサポートが容易に得られない時代になってきます。

 そこで生まれたのが2011年から登録が始まったサービス付き高齢者向け住宅(以下、サ付き住宅)の制度です。安否確認や、ちょっとした生活支援は今まで家族が担ってきましたが、昨今では離れて暮らす家族が増えたこともあり、それも難しくなってきました。そこで、サ付き住宅では安否確認と生活相談を必須のサービスとして提供し、介護サービスや医療サービスが必要な場合には、自身のニーズに応じて利用者が選んでいきます。

 言わばサービスとして家族機能を得る仕組みですが、単にサービスを受けながら生活するだけではなく、生きがい、やりがいを持って生活することが健康につながっていくという考え方もあります。こうした考え方に基づいてサ付き住宅を展開している事業者も存在します。

 例えばシルバーウッドが千葉西部や東京東部を中心に展開している「銀木犀」には駄菓子屋さんが併設されています。入居者が駄菓子屋の店番を担当し、その地域の子どもたちが集まってくるのが日常風景となっています。さらに、食堂が一般の方に開放されており、子連れのお母さんや地域の方々が訪れるなどして、入居者と自然な交流を図る場となっているのです。ここで大事なのは、社会の役に立っていると思えること、そして地域の方との交流を通じて地域社会の中で生活していると感じられることです(関連記事:介護のサービス内容は「働いてもらうこと」)。

厚生労働省と連携して「エビデンス」発信に注力

すべての人がサ付き住宅に住めるわけではありませんから、個々の「住宅」の役割も重要になりそうです。

 もちろんです。それに、自宅に住み続けたいというニーズは大きく、国交省のモニター調査では、71.8%の人が自宅で最期を迎えたいと回答しています。その一方で、人が居住している約5210万戸の総数のうち、耐震性を満たしていない住宅が約900万戸、バリアフリー、省エネによる断熱性のいずれも満たしていない住宅が約2200万戸にも上ります。このため、最期を自宅で迎えたいという国民のニーズに応えられる質の高い住宅の整備も重要となってきます。

 ヘルスケアとの関わりでは、住宅の温熱環境がとても重要になってきます。近年の研究により、住宅の断熱性能を高めることで健康に住み続けられるとのエビデンスが得られつつあるのです。国交省が「スマートウェルネス住宅等推進事業」で補助している慶応大学の伊香賀(俊治)教授の研究では、断熱性能の向上により室内の温熱環境が改善されると、起床時の血圧が有意に低下する、夜間頻尿回数が有意に減少するなどの知見が報告されています(関連記事:「住宅を断熱改修すると健康になる」は本当か?)。国土交通省では、省エネ改修等についての意識啓発を促すため、厚生労働省と連携してこれらのエビデンスについて分かりやすく紹介するリーフレットを作成し、情報発信しているところです。

エビデンスが出始めたのは興味深いです。国交省としてはどのように住宅と健康の関係にコミットしていくのでしょうか。

 2019年5月に「建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律」、いわゆる「建築物省エネ法」を改正しました。今回の改正により、個人が住宅の新築等を行う場合に、建築士が断熱基準をはじめとした省エネ基準への適合性等を建築主に説明することが義務づけられることとなりました。

 ここで期待しているのは建築主の省エネに対する意識の醸成であり、2021年4月にスタートする予定で準備を進めています。増改築を行う場合も対象となりますので、断熱改修した場合の健康を含めた効果についても、建築士が説明を行うことを通じて建築主の省エネに対する理解が進み、断熱改修が進むことを期待しています。

 今後、ハウスメーカーや中小の工務店などを対象にこうした知見を周知する必要があります。これまで住宅事業者等が省エネを提案する場合は経済性にフォーカスし、光熱費削減効果を中心とした提案が多かったものと思いますが、こうしたエビデンスが得られつつあることもあり、これからは厚生労働省の理解と協力を得て、“健康”にも注目して省エネ化を提案していくことになると思います。今後、改正建築物省エネ法の周知の機会等をとらえて、リーフレットなどを活用しながら周知を図っていきたいと思います。

新たなビジネスに先進的に取り組む事業者を積極的に支援

各省の枠組みを超えて住宅×健康に取り組んでいくと。

 やはり国交省だけだと、健康に関する説得力が薄れてしまいます。このため、住宅を担当する国土交通省と健康を担当する特に厚生労働省が連携して取り組むことが重要になります。厚生労働省とは、高齢者の住まいという観点で、国土交通省と人事交流が行われています。私自身、国土交通省から補佐級で厚生労働省に出向して、高齢者住まいの政策を担当していましたし、課長として再度出向した際には、高齢者住まいのほか介護老人福祉施設や介護ロボットを担当していました。

今後、住宅行政に「エビデンスに基づいた健康」という新たな考え方が入ってくる際の課題は何でしょうか?

 確かに新しい考え方に対してはそれぞれの業界で様々な反応があると思います。2016年に閣議決定された「住生活基本計画(全国計画)」において、健康管理、IoT住宅などの新たなビジネス市場の創出や拡大を促進することが位置づけられており、国土交通省では住宅業界においてこうした新たなビジネスに先進的に取り組む事業者に対して積極的に支援していくこととしています。

Beyond Healthが、2030年に実現しているべき「住宅」空間をイメージしてイラスト化したBeyond Home(未来の住宅)。センシングやスクリーニングのテクノロジーが、ふろ場や、トイレ、階段の手すりなど各所にそれと意識させないような形で設置されている。空調、照明などを最適化して良質な睡眠をとれるようにしたり、室内で楽しく運動ができる仕掛けも。玄関ではエアフィルターなどによる感染症対策を施している。今回の記事では、建物全体の温熱環境(断熱改修)について触れていく(イラストレーション:©kucci,2020)

 具体的には、「サステナブル建築物等先導事業(次世代住宅型)」において、IoT技術を使って病気の早期発見を可能としたり、健康で一日でも長く自立的な生活を送ることができる住宅やサービスなどを提供するリーディングプロジェクトに対して支援を行っています。例えば、自宅内でバイタルデータを測定し、AIによる分析をもとに温度・湿度をコントロールしたり、異常値が出たときには離れて暮らす家族に通知したりする取り組みです。これらの仕組みを実際に導入した住宅の居住者にアンケートしたところ、「健康管理の意識が高まった」「離れて暮らす親の健康状態がわかる」などのポジティブな回答が得られています。

 また別の取り組みでは、体に負担をかけない非接触センサーを導入して、各部屋での移動範囲や行動量を把握し、健康管理を行う実証が行われています。その中では、ベッドの下にもセンサーを敷き、離床、入床の時間はもちろんのこと、覚醒、入眠、睡眠時の深さや浅さをデータ取得することによって、睡眠の質を総合的に判断し、助言しています。

見方を変えれば非常に伸びしろがある分野

センシング技術の社会実装の受け皿として次世代住宅は大きな可能性がありそうですが、これからの行政サイドの動きも鍵を握りそうです。

 サステナブル建築物等先導事業(次世代住宅型)では、新しいビジネスへの取り組みが広がるように、その検証結果をシンポジウムなどを通じて積極的に公開しています。今後、家族と離れて暮らす単身高齢者が増えるに従って、親御さんの健康が心配というニーズはどんどん高まっていくと思います。こうしたニーズに応える新しいビジネスは、見方を変えれば非常に伸びしろがある分野でもありますので、上手く軌道に乗るようサポートするとともに、さらに発展するようサポートしていくことも我々の仕事だと思っています。

(写真:寺田 拓真)

国として、例えば「省エネ減税」のような特例を健康分野で設ける予定は。

 それぞれ法令に基づく基準がある耐震、バリアフリー、省エネと異なり、健康住宅はその定義が難しく、国の財政支援などの根拠となるような法令に基づく基準がありません。ただ先ほども話したように、温熱環境と健康との相関が裏付けられつつあるので、省エネ性能を有する住宅に対する支援が充実してくれば、結果的に居住者の健康につながっていくのではないでしょうか。

(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)