Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会の実現に向けたビジョン「空間×ヘルスケア 2030」を提案し、それを具現化するための新プロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」を立ち上げた(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大は、住宅やオフィス、商業施設、交通機関など、街のあらゆる空間に影響を及ぼし、人の生活や働き方を大きく変えようとしている。今回取り上げるのは、2018年秋の社屋移転を機にオフィス空間や働き方の抜本改革を進め、コロナ危機でその真価が発揮されたオフィス家具大手のイトーキ。机や椅子を製造販売する会社というイメージが強いが、事業は激変しており、先行するオランダに倣い働き方改革を進めてきた。そこには日本の企業全体に共通した課題があり、ポストコロナを考察するヒントもある。同社の「働き方変革」に関わってきた営業本部営業戦略統括部営業企画部マーケティング戦略企画室室長の藤田浩彰氏に話を聞いた。

イトーキ営業本部営業戦略統括部営業企画部マーケティング戦略企画室長の藤田氏 (写真:川島 彩水)
イトーキ営業本部営業戦略統括部営業企画部マーケティング戦略企画室長の藤田氏 (写真:川島 彩水)
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 イトーキは5月26日、コロナ後の働き方のルールや環境作りについての方向性を示した「Post Corona Workplace Guide Book Vol.1」を公開した。そのメッセージは「受止め、変化し、成長を続ける」──。ウイルス感染を防ぐばかりではなく、事業の成長につなげようという発想も入れているのが特徴だ。この中で、働くルールの設定と働く環境の整備、それを支えるICT(情報通信技術)の導入が必要だとし、感染防止と同時に生産性向上を図り、「新しい『働く』の構築」を目指す。

 「コロナの発生後、顧客から、今後のオフィスや働き方についての問い合わせや、当社の取り組みを説明してほしいという要望が寄せられていた。私たちはかねて働き方を変える提案も顧客にするようになっており、進めてきた働き方の改革がポストコロナ時代に受け入れられるのではないか」
 
 藤田氏は、2018年秋に都内4拠点を集約して東京・日本橋に開設した新本社「ITOKI TOKYO XORK」でこう説明する。一見すると広大なカフェのような雰囲気。よく見ると横に並んで座れるスペースのほか、ブースの中でPC作業をできるようなスペース、電話をするスペースや会議室も見える。活動に合わせて場所を変え、快適に仕事できる場を選んでいく使い方が想像できる。働くを意味する「WORK」を次の次元に発展させるという考え方からできた造語が「XORK」。

 イトーキと言うと、オフィスの机や椅子を製造販売する企業というイメージが強いが、同社にとってはこのような「XORK」で実現している空間の作り方、ひいては、どう働くかを提案すること自体が事業になりつつあるのだ。

 イトーキが働き方の見直しに着手したのは前年の2017年。創業130周年を迎える2020年に向け中期経営計画「働き方変革130」の中で事業改革とともに進めていた。2018年秋の新本社開設を機にその改革のスピードを一気に加速させた。一般にいわれる「働き方改革」の「改革」を使わずに、「変革」という言葉を使ったのは、オフィス移転とともに一挙に不連続な働き方の変化を推し進めようという意思の表れだろう。後述するが、「コロナなし」で進めた発想転換は「ポストコロナ」の私たちにまさに求められるものといえる。その答えを携えていたのは、オランダで培われた働き方改革の中にあった。

先達から学び、ゼロから変える

 2017年、出発点は、藤田氏らの検討で「危機的」ととらえられた営業部門の問題だった。それは「顧客訪問回数の低下」である。顧客から問い合わせを受けての訪問ではなく、イトーキから連絡して能動的にアポイントメントを取って訪問する回数のことだ。これを業績にひも付けられる「重要経営指標(KPI)」として重視していたにもかかわらず悪化していたのだ。「低下は顕著で、成長できるはずがないとみられた」

 この問題の背景にあったのは、モノ売りからコト売りへと商材が移行する事業の変貌だ。「顧客訪問回数の低下は、単純に働く人たちの時間の目減りが原因だった」と藤田氏は説明する。多様な顧客ごとに対応するために業務が複雑になり、営業だけでなく、総務や人事、経営企画、情報システムなど部門間の連携は不可欠になっていた。検討を進めていくと、同様な課題は営業部門に限らず全社に共通していた。解決しようにも、人が足りず、時短が求められ、仕事の質を高めるための能力開発も必要になっているという三重苦の状態。

 どうしてそんな時間が足りないのかを見ていくと、働き方の非効率が背景に確認できた。いわばオフィスに縛り付けられる旧来型の働き方が根強く残っていたのだ。「出社してから顧客訪問」「訪問後は帰社」「稟議」など、日本のどの会社にもある古くからの慣習が足かせになっていた。

 このときに働き方変革に向け、藤田氏らは海外のワークスタイルの研究に手を広げていく。こうして小国ながら経済成長を続けるオランダに着目するに至る。同国では1990年代から経済的な危機を迎える中で、パートタイマーを増やしたり、同一賃金同一労働を進め、労働時間の自由度を高め、テレワークを広げたりして労働生産性を押し上げた。「オランダの奇跡」とも呼ばれているが、この中で生まれてきたのが 「アクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)」と呼ばれる働き方で、ここに課題解決の糸口を見いだしたのだった。ABWの定義はオフィスの形や働き方など幅があるが、イトーキはこの分野に精通したヴェルデホーヘン(Veldhoen + Company)という企業にアプローチして自社の改革に考え方を取り入れることにした。

イトーキ新本社のワーカーの集中力、リチャージや睡眠をサポートする空間(写真:イトーキ、以下同)
イトーキ新本社のワーカーの集中力、リチャージや睡眠をサポートする空間(写真:イトーキ、以下同)
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「休憩」も働き方に必要な活動

 特徴的なのは、仕事を職種や役職でくくるのではなく、仕事を活動(アクティビティ)で分解して考えるところだ。具体的には仕事を10種類の活動に分け、オフィスの形にひも付けていった。それは提案や資料作成、訪問といった捉え方ではない。

仕事を10種類の活動に分け、最も生産性の高い場所との組み合わせを考える (提供:イトーキ)
仕事を10種類の活動に分け、最も生産性の高い場所との組み合わせを考える (提供:イトーキ)
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 のように「高集中」「コワーク」「電話/Web会議」「リチャージ」など。例えば、高集中や電話/Web会議であれば、1人で対応できる活動で、しかも自宅も活用して働くことができると考える。

個人作業に集中するためにガラスウォールで仕切られ周囲の音や視線から遮断された空間
個人作業に集中するためにガラスウォールで仕切られ周囲の音や視線から遮断された空間
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 オフィスでは高レベルの集中作業を行うためのデスク、電話/Web会議のためには専用ブースを作る。リチャージとは休憩のことで、それも働き方の中の活動の一つとして捉えて重視し、そのために特別な場を用意することを推奨。禅を組んでいわゆるマインドフルネスの実践をできるスペースを設けるほか、少人数で一息作れるスペースも設けている。

 一方で、よりリラックスしたコワークの活動は、カフェなど街中の方が働きやすいとオフィスにこだわらない考え方を示す。アイデア出しや情報整理といった活動は、複数人でコワーキングできる場を整えるよう考える。

 イトーキではABWの10の活動に沿ってITOKI TOKYO XORKのデザインを進めた。個人のデスクが長方形に並び、人数に合わせて会議室があるといった過去を引きずったオフィスの姿はそこにはない。「オフィスでは1人でできる活動をできるだけ減らして、2人以上の活動を増やした方がよいという考え方になっていった」と藤田氏は説明する。

「通勤」「出社」は基本ではない

 オフィスの変貌に合わせて、働き方のルールも抜本的に見直した。毎日の通勤を前提とはしない。むしろオフィスにいないことが基本にした。営業部門であれば能動的な顧客訪問回数は引き続き重要経営指標として重視しており、それに合わせてオフィスに縛られるのではなく、むしろ客先への訪問を大切にするため社外にいることこそを基本にした。活動に応じて、自宅やコワーキングスペース、カフェなども積極的に使うことを推奨した。

 藤田氏は、「当たり前を変えていき、以前であれば、義務的にオフィスに来るような場面もあったかもしれないが、むしろ外にいることを正とした。朝と夕方に会社に寄るのではなく直行直帰。オフィスで指示を待つのではなく、自己判断で顧客を訪問。決裁の基準も変えるなど、働き方の変革を進めた」と説明する。

 関連する情報通信技術のインフラも整備していった。例えば、オフィスでは働く人の位置情報やオフィス利用履歴を取得できるようにして、活動も見えるようにして、働き方の改善に生かす。デスクトップパソコンと固定電話は原則禁止にする一方で、ノートパソコンやスマートフォン、タブレットを配布し、情報通信技術の活用を進めるのは前提となる。

 加えて「WELL Building Standard」(WELL認証)という空間品質基準も導入した。働く人の心身の健康を保つことを目的とする。オフィスの空間に関わる音、光のほか、二酸化炭素濃度、PM2.5などの空気質基準を設けて、快適な空間を作ろうというものだ。これもABWに基づく活動の効果を高めることと並行して取り入れたものとなる。感染症予防にもつながる基準も含んでいる。換気量の増加、空気ろ過のほか、30mに1カ所の水サーバー、シンクの水栓長さ25cm以上、引き出し式のゴミ箱、ドアノブとスイッチの消毒、高頻度接触面の重点清掃だ。コロナ時代にこうした衛生面の対応は大切だろう。

ネットを介して遠隔地との対話コミュニケーションを図る個人用ブース
ネットを介して遠隔地との対話コミュニケーションを図る個人用ブース
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「連帯感」の課題はルールで解く

 2018年のオフィス集約をきっかけにした変革は成果が瞬く間に現れた。

 調査したところ、例えば、「生産性の高い仕事ができる」と回答したのは、移転前は32.4%だったのが、6カ月後(2019年4月)は58.5%、18カ月後(2020年4月)は70.7%に上昇。ワークプレイスの評価をするLeesmanの算出したグローバル平均(以下同)の62.8%を上回った。「同僚と知識/アイデアの共有がしやすい」と回答したのは、同様に移転前は35.6%、移転6カ月後は52.1%、18カ月後は63.5%になった。こちらはグローバル平均の69.6%に及ばないものの着実に成果が上がった。

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 一方で職場の連帯感には課題が見られた。移転前は34.9%だったのが、移転6カ月後は29.3%、移転18カ月後は33.8%と移転前に及ばず、グローバル平均の59.8%にはるかに及ばない結果になった。連帯感を醸成する対応も進める。藤田氏は「対策として有効だったのは、ルールの合意」と説明する。チームごとに、重要と見られる項目について、方法を決めておくのだ。例えば、コミュニケーションのルールは、メールにするか、電話か、そのほかのツールかをあらかじめ決めておく。さらに、ファイル共有の仕方、リチャージの取り方なども、ルールを決めることでチームの連帯の希薄化を防ぐ。

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 藤田氏は、「年代で見ると、ベテランは新しい働き方に対応しづらいイメージもあるかもしれないが、働き方を変えても戸惑うことは少なかった。むしろ難しかったのは若手だった」と言う。コミュニケーションが難しくなることで、付いてこられなくなる可能性があるからだ。ルールの合意は連帯感を損ねないようにする上では重要な対応になる。

 こうした働き方を抜本的に変える考え方は、ニューノーマルの働き方にまさしく合致する。

休憩・仮眠を行うための個室。リラックスできるように照明も控えめ
休憩・仮眠を行うための個室。リラックスできるように照明も控えめ
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 COVID-19は働く場を大きく変えた。日本経済団体連合会が4月に実施した調査によると緊急事態宣言の発令時、テレワークや在宅勤務を導入した企業は97.8%となった。大企業を中心とした調査なので特に顕著であり、国土交通省のもう少し対象の広い同様な調査ではテレワークの経験がなかった人でも13.7%がテレワークの指示や推奨があったと報告した。これまでの常識にとらわれない対応をした企業は多かったと見られる。緊急事態宣言が解除されてもテレワークや在宅勤務を続ける企業も報じられている。

 「これまでも働き方を見直してきたが、そこには戦略があってしかるべき。オフィス不要論を聞くこともあるが、我々が検討してきた結果から考えられるのは、場に集まり、緊張感を持ったディスカッションを行い、ビジネスを作り出すところにオフィスのニーズがあるといえる」と藤田氏は語る。イトーキのオフィス改革と、その先にある働き方の変革が直面した課題は、日本国内のあらゆる企業に通じる。いかに働き方を変えていけばよいか。ニューノーマルの働き方のヒントがイトーキの動きの中にはある。

(写真:川島 彩水)
(写真:川島 彩水)
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(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)

【お知らせ】
Beyond Health特別セッション [日経クロスヘルスEXPO内]
これが近未来の新市場「空間×ヘルスケア 2030」の全貌
2021/10/22(金) 10:00 ~ 11:20(オンライン)

<聴講無料・事前登録制>


[登壇者]
経済産業大臣政務官 兼 内閣府大臣政務官 兼 復興大臣政務官
参議院議員
佐藤 啓 氏
奈良県立医科大学
MBT(医学を基礎とするまちづくり)研究所 副所長(研究教授)
梅田 智広 氏
ほか

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