Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会を描くためのビジョンとして「空間×ヘルスケア 2030」を提案していく。このほど、それを実現するための新プロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」をスタートさせた(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。

空間×ヘルスケア 2030の一つとしてBeyond Healthが描いているのが、未来の住宅「Beyond Home」である(関連記事:これが未来の住宅「Beyond Home」の全貌)。果たして住宅は、今後どのように変化してくのか。大手住宅メーカーである積水ハウスは、従来の“モノ”としての家を販売する事業から、家を各種機能の基盤として販売し、その時々に必要な機能を継続的に提供し続ける事業への変化を狙う「プラットフォームハウス構想」を掲げている。

2020年1月に米国で開催された見本市では、居室内の非接触センサーを使って脳卒中などの急性疾患の発症を検知し救急出動要請や搬送につなげる在宅時急性疾患早期対応ネットワーク「HED-Net(エイチイーディーネット)」を発表した(関連記事:積水ハウス、在宅時の「急性疾患」早期対応サービス構築)。未来の住宅の在り方とは――同社 代表取締役社長の仲井嘉浩氏に話を聞いた。

(聞き手は宇野 麻由子、小谷 卓也=Beyond Health)

積水ハウス 代表取締役社長の仲井嘉浩氏(写真:剣持 悠大)

住宅業界は何もしていないんじゃないか

HED-Netは、どのような課題意識から取り組み始めたのでしょうか。

 「人生100年時代にどうやって幸せに生きていけるか」。それをテーマに2017年にプロジェクトを開始しました。ディスカッションを進める中で、土地やお金、株という有形資産よりも、無形資産がなければ幸せにはなれないだろうという答えに行き着いたのです。想定が60歳とか70歳ではなくて、何しろ100歳ですから。

 無形資産とは何か。まずは「健康」。次に、人脈や友人、家族といった「人とのつながり」。そして、学び直しという言葉があるように、自分のスキルや自分の強みといったものをどんどん加えたり磨いたりしていく「学び」。100年幸せに生きていくために重要な無形資産を、この「健康」「つながり」「学び」の3つに因数分解したのです。

 それを住宅の視点からどう実現していくか。やはり1丁目1番地は「健康」だろうと。そこで、「健康」をさらに因数分解していき、「急性疾患対応」「慢性疾患の経時変化」「予防」の3つに分類しました。

 このうち「急性疾患対応」について調べ始めたところ、家の中で年間約7万人が亡くなっているというデータが出てきました。死因は脳卒中や心筋梗塞、転倒、溺死といろいろあるのですが、1番多いのは脳卒中と心筋梗塞なんです。

2020年1月に米国で開催された見本市で「HED-Net(エイチイーディーネット)」を発表した(出所:積水ハウス)

 そこでハッと気づいたんですよ。住宅業界は何もしていないんじゃないかと。例えば、自動車業界はどうでしょう。ここ20年間ぐらいで交通事故の死亡者は1万人から3000人ぐらいまで減っています。それは、エアバックの普及率と反比例しているわけです。当初は標準装備ではなかったけれど、業界を挙げて普及に努めて標準搭載化し、制度的にも事実上の義務化に漕ぎ着けたわけです。

アライアンスやオープンイノベーションは積極展開

住宅業界として、急性疾患への対応に何かできるはずだと考えたわけですね。

 脳卒中と心筋梗塞は早く病院に連れて行ければ治療できるケースも多い。ただし急を要する、時間との勝負なんです。tPAという薬を使って血栓を溶かし血流を再開させる治療は、発症後4時間半以内に開始しなければならない。

 それでも4時間半で命が救えるのならばやるべきだと思うんです。住宅内に設置したセンサーでいち早く検知する。発想は非常に単純ですよ。

(写真:剣持 悠大)

 センサーを検討する際、我々が重視したのが「非接触」という点です。脳卒中や心筋梗塞は突然起きるもので、普段は健常者なんです。健常者が毎晩センサーを身に着けて寝るなんてことはしないでしょう。だから住宅メーカーとして、非接触で見守る点にはこだわりました。

センシング技術を含め、異業種との連携や研究機関との協力はどのように進めているのでしょうか。

 積水ハウスが住宅一筋で60周年を迎えるに当たり、今後も住宅中心ではありながらも、いろいろなところとアライアンスを組んだりオープンイノベーションを進めたりすることは積極的に展開したい考えです。

 今回のケースでは、急性疾患対応というテーマに対して一番良いセンサーはなんだろうと、必死に探しました。まずはコニカミノルタさんとNECさんと組んでドップラー型のセンサーで進めています。非接触で最も高精度だと認識しています。

 センサーデータから状況を判断するアルゴリズムに関しては、慶応義塾大学(理工学部 教授 大槻知明氏)にも協力を得ています。将来に向けてもっともっと精度を高めていくためにはどうしたらいいかという点も大きな課題です。

積水ハウスが掲げる「プラットフォームハウス構想」。その第1弾として「CES」(2020年1月に米国で開催)の場でHED-Netについて発表する仲井社長(出所:積水ハウス)

 こうした開発に向け異業種や研究機関との協力関係を築く上では、「CES」で発表したことがきっかけとして良かったなと感じています編集部注)。コラボレーションについて声を掛けたのはこちらからというケースが多いのですが、日本だけを対象とした場でなくCESで、米国で発表したという実績の効果は大きかったのではないかと考えています。

編集部注)CESは例年1月に米国ラスベガスで開催される巨大なコンシューマーエレクトロニクス関連の見本市。2019年、積水ハウス日本住宅メーカーとして初めて単独で出展し、家電の音声操作で盛り上がる「スマートハウス」コーナーに“脳卒中を見つける家”を展示した。2020年のCESではHED-Netを発表した。

当社の家だけではなく日本中に広く普及すればいい

先ほど、家の中での急性疾患の死亡者は約7万人との話がありました。積水ハウスが関わる住宅だけが早期検知に対応しても、救える命はその一部にとどまります。

 まずは当社で実験を重ね、技術として自信を持つことができる状態にします。センサーの取り付け自体、それほど高い費用はかかりません。ですから、どんどんオープンにして、当社の家だけではなく日本中に広く普及すればいいと思っています。

 新築だけではありません。リフォームで寝室だけにセンサーを付けてくれ、というニーズがあるかもしれません。そういったところにも、積極的にオープンにしていけばいいと考えています。

(写真:剣持 悠大、以下同)

 住宅の断熱強化については政府が次世代住宅ポイント制度を実施したように、例えば「急性疾患住宅ポイント」や「ヘルスケア住宅ポイント」というような制度ができれば、もっと導入しやすくなると思います。そんなところまで夢には見ていますけれど、まだまだ当社もパイロット段階。もう少し先になるでしょうね。

かねて住宅にセンサーを埋め込んで健康状態を計測するプロジェクトは幾つかありましたが、課題の一つとしてコストが挙げられてきました。

 まだ明確にコストを言える段階にはありませんが、センサーの取り付け費用はそれほど高いものではないと考えています。コストに影響する要因の一つは、センサーをいくつ付けるのかという点。今は、リビングと寝室をメインに絞り込んでいます。

 急性疾患の代表例である脳卒中や心筋梗塞はベッドで寝ていて、朝起きたら亡くなっているという事例が圧倒的に多いので、まずはそこを検知したいんです。恐らく、寝ている最中に具合が悪くなって苦しんでいらっしゃるのでしょうが、脳卒中だったらもう動けない。睡眠時間中なので家族がいても気づきにくい。朝までに4時間半なんてあっという間に経ってしまいますから。

住宅と医療は今まで本当に離れ過ぎていた

普段の生活の中で突然起きる脳卒中や心筋梗塞、つまり健常者に向けて「早期検知が可能な家です」という価値だけではなかなか響かないのでは、という見方もできます。

 そうした状況は認識しています。このセンサーの開発に成功してアルゴリズムの精度を上げて「脳卒中が早期発見できますよ」と言っても、顧客の多くは自分がその(脳卒中などによって自宅で亡くなる)7万人の中に入るとは思わないでしょう。

 ですから、先ほど挙げた100年幸せに生きていくため3つの要素、つまり「健康」「つながり」「学び」をトータルで提案しなければならないと考えています。今は、その1つである健康、さらにはその中の1つである急性疾患だけの話をしていますから、それだけではニーズのパイとしてはそれほど大きくはないかもしれません。

 ただ、ちょっとしたことが関心を持つきっかけになることもあります。若い人でも、親御さんなどが急性疾患で亡くなった経験を持つ方は興味を持つかもしれませんし、60歳を越えて1人になったときなども必要性を感じるかもしれません。今でも冗談混じりに「早く作れ」と言われているのが単身赴任者向け。ベロベロに酔っ払って翌朝、同僚に電話で起こされたみたいな経験がある人なら、1人暮らしで一瞬死ぬかと思った、という気持ちも理解できますよね。

「健康」を因数分解すると、テーマとしては「急性疾患対応」のほかに「慢性疾患の経時変化」「予防」があるとの話でした。

 今は健康ブームですよね。テレビを見ていても「○○の医学」とか「健康」とつく番組が多い。けれど「ブーム」じゃないですか。そこにはエビデンスがあまりない。

 ブームではなく、本当に健康になるためにはどうするべきかという学問であったりエビデンスであったりが必要だと思いますし、実現するためのシステムを日本の社会がどう確立していくのかといった課題もある。当社の得意分野ではありませんが、予防について「家」で取り組むにはそこを勉強せざるを得ないと思っています。

 私の夢は、「医住連携」なんです。現状では、この2つがばっさりと切れてしまっている。今回の急性疾患対応で、とりあえず「4時間半以内に家から病院に届ける」という連携の世界は一つ見えました。

 では、慢性疾患や予防については、どう医住連携していくのか。最近話題になっているオンライン診療なども含む話ですよね。そこは住宅と医療がもっとくっつかなければならない。今までは本当に離れ過ぎていた気がするんです。

大義が大きいほど、いろいろな人が集まって来る

住宅と医療をより密接にしていくためのポイントは何でしょうか。

 やはりバイタルデータだと思います。もし、家でもっとデータを取れるようになれば、医師の診察の仕方が変わってくるのではないかと思います。

 例えば、退院された患者について、「○○と〇〇の数値だけは経時で家で測っていきましょう」というような形も考えられますよね。経時でずっと見守るようなバイタルデータは家でしか取ることはできませんから。医師の指示通りに家でデータを取得する、それを医住で連携して進めましょうよというのが、私の夢です。

最後に、今後の展望を聞かせてください。

 新しい取り組みをどう現実化していくか、どうマネタイズしていくかを考えたときに、大事になるのは大義だと思うんです。住まい手に与える価値が大きいほど、大義が大きいほど、いろいろなアライアンス先、いろいろな人が集まって来るでしょう。

 「あったらいいな」レベルでは、恐らくうまくいかない。「健康」というテーマはエビデンスの立証を含めて、ちょっと重たいテーマではあります。けれど、それをやり切ったときに「人生100年時代を幸せに生きていける」、そういう大義を証明していきたいと考えています。

仲井 嘉浩(なかい・よしひろ)
1988年、京都大学工学部 工業化学工学科を卒業。2018年2月の代表取締役就任より、矢継ぎ早に新しい施策を発信。「わが家」を世界一幸せな場所にするというビジョンの下、「プラットフォームハウス構想」を発表。「家」を起点とし新しいサービスを生み出すことで、事業領域を住まい手の生活サービスまで拡大し、さらなる事業成長を狙う。高校時代は野球に没頭。チームワークや努力の精神はここで培われたという

(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)