Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を創る」ためのビジョン「空間×ヘルスケア 2030」を提案し、それを具現化するためのプロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」を進めている(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。2030年に向けて、人間が生活を営む街のあらゆる空間を予防や健康増進に資するものにしていくというコンセプトである。その一つとして掲げているのが、未来のオフィス・ワークプレイス「Beyond Workplace」だ。

鹿島建設(以下、鹿島)と沖電気工業(以下、OKI)はこのほど、オフィスビルに勤務する従業員に向けてスマートフォン(スマホ)アプリを使って健康行動を促す行動変容サービスの実証実験を行った。適切なタイミングでメッセージを通知することで、例えば従業員がエレベータよりも階段を選択したり、昼休みのついでに散歩したりするように促すなど、階段利用や歩行など勤務の合間のちょっとした運動を習慣化させることを狙う。鹿島の赤坂別館で実施した同実験では、アプリ使用後は階段利用者が約40%増加するといった効果が確認できたとする。

今回の実証実験を行った行動変容サービスの概要(図:鹿島)
今回の実証実験を行った行動変容サービスの概要(図:鹿島)
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 今回の取り組みは、いわゆる「ウェルネスオフィス」機能の一つと位置付ける。ウェルネスオフィスとは、オフィスビルに勤務する従業員の知的生産性や健康性を個人管理に任せるのではなく、オフィスが管理・サポートすることで向上させるというもの。「健康経営」に加えて、WELLやCASBEEといったオフィスやビルの認証制度が広がる中、注目度が高まっている。こうしたウェルネスオフィス需要の高まりに向け、鹿島とOKIは同サービスの実証実験を行い、実用化に向けた開発を進めている。

実証実験を行った鹿島の赤坂別館(写真:鹿島)
実証実験を行った鹿島の赤坂別館(写真:鹿島)
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 同サービスの最大の特徴は、行動変容を促すアプリと建物のデータを連動させ、個々のユーザーにとってよりタイムリーで的確なメッセージを伝える点だ。行動変容の実効性が高められるとする。「今回のサービスはビル側のデータを利用し『ユーザーがどこにいるのか』『オフィスがどう使われているのか』といった状況を踏まえたうえでタイムリーなメッセージを通知できる。行動変容を促すスマホアプリは既に実用化されているが、ビルと連動するものは他にないと認識している」(鹿島建設 建築設計本部 設備設計統括グループ チーフの鈴木雄介氏)。

 一方、沖電気工業 イノベーション推進センターUX技術研究開発部 スペシャリストの櫻田孔司氏は、「行動変容を促す際、金銭的なインセンティブは長期的には効果が薄いとされている。習慣化には内発的動機付けが必要。空間情報と連携し、納得感のある通知を出す意義は大きい」と話す。

個々のユーザーに合ったメッセージを通知

 具体的には、スマホが内蔵する加速度センサーや気圧センサーから、ユーザーの歩数や階段利用数などの活動を検知し、さらに建物内の階段や通路などに設置された位置ビーコンからの情報により、ユーザーの位置を検知する。建物のエレベーターホールやエレベーターのカゴ内に設置されたカメラの画像からは人数を計測し、混雑度を把握する。こうしたデータをクラウド上に集約し分析することで、個々のユーザーに対して適切なタイミングで健康行動を誘発するメッセージをスマホに通知する。

OKIの行動変容システムの構成。データ収集機能と行動変容サーバー、スマートフォンアプリから構成する。今回、データ収集機能と介入コンテンツは鹿島建設と共同で開発した(図:OKI)
OKIの行動変容システムの構成。データ収集機能と行動変容サーバー、スマートフォンアプリから構成する。今回、データ収集機能と介入コンテンツは鹿島建設と共同で開発した(図:OKI)
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エレベータホールに設置したAIカメラ(写真右側の赤丸)とビーコン(同左側の赤丸)。カメラの画像から人数を計測し、混雑度を把握する。ビーコンはスマホと組み合わせて個人の位置特定に利用する(写真:鹿島、編集部にて印を記入)
エレベータホールに設置したAIカメラ(写真右側の赤丸)とビーコン(同左側の赤丸)。カメラの画像から人数を計測し、混雑度を把握する。ビーコンはスマホと組み合わせて個人の位置特定に利用する(写真:鹿島、編集部にて印を記入)
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階段の踊り場に設置したビーコン(写真:鹿島)
階段の踊り場に設置したビーコン(写真:鹿島)
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 例えば、スマホの加速度センサーから長時間動いていないことが検出された場合はデスクワークが続いていると判断し、エレベーターホールで10秒ほどとどまっていることを検知すると、階段利用を勧めるといった具合だ。さらに、エレベーターや食堂に設置したカメラから把握した混雑状況に応じて階段利用を勧めるなど、健康行動に加えて混雑回避の利点も得られるようにしている。

 加えて、こうしたメッセージ通知などは各ユーザーの「行動変容ステージ」に応じて出し分けしている。行動変容ステージとは、人が行動を変える場合に経る状態を(1)前熟考期(2)熟考期(3)準備期(4)実行期(5)維持期の5つに分類したもので、行動を変えるためには各ステージに合わせた働きかけが効果的とされている。

行動変容ステージは5段階に分けられる(図:OKI)
行動変容ステージは5段階に分けられる(図:OKI)
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 無関心期の人には「1時間座り続けると寿命が22分縮まる」といった一般的な健康ティップスを知らせることで考え方を変えていく認知的手法が向いているという。また、行動の難易度も低い方が良い。一方、既に行動している実行期や維持期の人には、「今、階段を使うといいですよ」といった具体的な方法を伝える刺激統制が適しているという。また、難易度の高い行動を要求することがモチベーション向上にもつながる。

各ユーザーに対する介入ルールを成長させる

 同サービスでは、スマホアプリを介したアンケート結果から各ユーザーの行動変容ステージを割り出し、通知の内容や頻度に反映している。一般のスマホにむけた行動変容アプリの場合、そもそも行動変容ステージが高い人が好んで使うケースが多いとされるが、今回のサービスはオフィスに紐づくため、比較的ステージが低いユーザーも関心を持って利用する可能性が高い。そこで対応する低ステージユーザー向けのメッセージも充実させたとする。

 通知に対して実際にはどのように行動したのかも重要な情報だ。今回は、アプリの回答やビーコンからの位置情報を使ってデータを収集することで、各ユーザーに対する介入ルールを成長させていく。

モチベーション向上や継続的な習慣につなげるべく、階段利用数・歩数情報の表示やスタンプ付与による目標達成の見える化といったシカケを用意している(図:鹿島)
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モチベーション向上や継続的な習慣につなげるべく、階段利用数・歩数情報の表示やスタンプ付与による目標達成の見える化といったシカケを用意している(図:鹿島)
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モチベーション向上や継続的な習慣につなげるべく、階段利用数・歩数情報の表示やスタンプ付与による目標達成の見える化といったシカケを用意している(図:鹿島)

 実証実験は、鹿島のオフィスの一つで技術系部署が入居する赤坂別館で行い、会社支給のスマホ所持者を対象に協力を依頼したところ、50人が参加した(効果検証の有効回答者数は40人)。2021年3月~4月の2カ月間のデータをまとめたところ、サービス提供前に比べて階段を利用するユーザーが約40%増加し、71%となった。さらに、行動に対するモチベーション(自己効力感)の上昇を確認できたとする。

2カ月間の実証実験により、階段を利用するユーザーが30%から71%へと増加した。また、行動に対するモチベーションの上昇も確認できたとする(図:OKI)
2カ月間の実証実験により、階段を利用するユーザーが30%から71%へと増加した。また、行動に対するモチベーションの上昇も確認できたとする(図:OKI)
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従業員同士の交流促進にも生かす

 鹿島では、これまでにもスマートビル開発やウエルネス空間の提供に取り組んできた。「近年の建築業界では、知的生産性向上に向けて階段利用や歩行が有効であるとの見解から、オフィスに階段をどう盛り込んでいくかも一つの課題とされ、我々も取り組んできた」(鹿島建設 技術研究所 建築環境グループ 担当部長の金子弘幸氏)。シミュレーションなどを使って検討する中で、例えば人が集中しがちな食堂利用について、少しピークをずらして利用するようにユーザーに通知を出せば、階段やエレベーターなどの人の滞留を抑えることができることは明らかになったが、価値が伝わらなければ人は通知には従ってくれない。そこで目を付けたのが、行動変容に関する研究開発を進めていたOKIだった。

 OKIが行動変容に関する事業への取り組みを本格的に開始したのは2015年のことだ。当初はドラッグストア等の薬剤師を介してユーザーの行動変容を促すシステムを開発するも、人件費がネックになったことから人を介さないサービスを模索し始めた。2018年からは歩行や睡眠に着目し、リアルタイムでユーザーに行動を促す研究開発を進めてきた。両社では以前から共同で進めるプロジェクトがあり、OKI側が紹介した行動変容技術に鹿島が興味を示し、オフィスビルに特化した今回のサービス開発に至った。

 今回は実証実験2カ月分のデータをまとめて状況を公開した段階とし、今後は長期的なデータ取得により個人の健康志向と行動促進の度合いに関するデータ分析を進めるとする。「メッセージ内容と通知タイミングのズレを感じるケースもあり、大量データの蓄積によりアルゴリズムを成長させる必要がある」(OKI 櫻田氏)。

 同時に実用化に向けた取り組みも加速している。鹿島では、2021年5月の段階で設計入札案件5件に今回のサービスを提案したとする。新型コロナ感染症対策の観点からはエレベーターなどの混雑回避にも活用できるなど、オフィスにおる行動変容技術の応用の幅は広い。「ABW(Activity Based Working)などでフリーアドレス化が進む中、従業員同士のコミュニケーションといった交流促進にも生かしていきたい」(鹿島建設 鈴木氏)。健康的な活動の提案に加えて、働く場所やワーカー同士をつないだ交流促進を提案し、心身の健康や知的生産性、快適性向上への活用を見込む。

(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)

【お知らせ】
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<聴講無料・事前登録制>


[登壇者]
経済産業大臣政務官 兼 内閣府大臣政務官 兼 復興大臣政務官
参議院議員
佐藤 啓 氏
奈良県立医科大学
MBT(医学を基礎とするまちづくり)研究所 副所長(研究教授)
梅田 智広 氏
ほか

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