Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会の実現に向けたビジョン「空間×ヘルスケア 2030」を提案し、それを具現化するためのプロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」を進めている(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。 2030年に向けて、人間が生活を営む街のあらゆる空間を予防や健康増進に資するものにしていくというコンセプトだ。

岩手県矢巾町が目指すのは、住民が日々生活していく中で健康でいられるまちづくり。現在、国のスーパーシティ構想に名乗りを上げている。一体、どんな中身なのか。実際の取り組み内容を追った。

 現在、内閣府が主導して「スーパーシティ構想」が進められている。スーパーシティとは、データ連携や最新テクノロジーを駆使しながら「住民が参画し、住民目線で、2030年頃に実現される未来社会」を構築するもので、全国から31の地方公共団体がプランを提出済みだ。最終的に選ばれるのは5団体程度と狭き門だが、採択時には大胆な規制改革が認められ、国家戦略特区として優遇される(詳細はこちら)。

 この構想に岩手県矢巾町(やはばちょう)が名乗りを上げた。県都・盛岡市の南に隣接する人口約2万7000人の町で、岩手医科大学と同大学附属病院を有するメディカルシティでもある。その特性を活かし、メイヨークリニックを擁する米国ロチェスター市のようなまちづくりを推進していることは前回記事で紹介した。

 スーパーシティ構想の提案は、これらのまちづくりを発展させた内容となった。矢巾町が掲げたテーマは「人生100年時代を健幸に暮らすフューチャー・デザインタウン」。フィジカル、メンタル、ソーシャルと3つの観点からウェルビーイング(心身ともに幸福な状態)を実現し、100歳まで元気で長生きする持続可能な社会を目指す。あえて健康を健幸と置き換えているのには、こうした狙いがある。

 実現に向け、矢巾町では解決すべき3つの課題を設定した。1つ目が「健康(幸)寿命の延伸と医療扶助費の抑制」、2つ目が「ダイバーシティに対応した多層型コミュニティとセーフティネットの再構築」、3つ目が「中心市街地と周辺農村部の格差解消」である。プランの策定にあたった矢巾町企画財政課未来戦略室課長兼室長の吉岡律司氏は全体像をこう説明する。

 「フィジカルのみならず、メンタルとソーシャルも重視している点が特徴。運動することも重要だが、人とのつながり、他者に求められる要素がないと人は健康で長生きすることができないからだ。今後、人口減少が加速する中で、地方ではなおさら人との関係性が薄れていく。幸せに暮らすためには、つながって認め合う幸せは不可欠になってくる」

岩手県矢巾町 企画財政課長 兼 未来戦略室長の吉岡律司氏(写真:佐藤 到、以下同)
岩手県矢巾町 企画財政課長 兼 未来戦略室長の吉岡律司氏(写真:佐藤 到、以下同)
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医療にまで行かずに済む仕組みづくりで町の財政健全化も目指す

 今回は、1つ目と2つ目の課題解決策に関して話を聞いた。まず、健康寿命延伸と医療扶助費抑制については「セルフメディケーションを徹底し、できるだけ医療にまで行かない仕組みづくり」が中心となる。吉岡氏は、矢巾町の恵まれた医療環境が逆に気軽な病院利用を招き、適切な受診行動がとられていない現状があると指摘する。これにより同町の医療扶助費は2025年に総予算の25%に達すると推測され、財政負担が今以上に重くのしかかってくるという。

 矢巾町がスーパーシティ構想で描く、地域住民が生活していく中で健康でいられ、かつ適切に病院を受診するためのデジタル活用のイメージは、図1の通り。

図1●矢巾町がスーパーシティ構想で描くデジタル活用のイメージ(資料提供:矢巾町)
図1●矢巾町がスーパーシティ構想で描くデジタル活用のイメージ(資料提供:矢巾町)
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 「セルフメディケーションでは、血液採取による健康チェック、OTC(一般用)検査薬のドラッグストア販売、ウエアラブル端末(アップルウォッチ)によるバイタルデータ測定などを盛り込んだ。ウエアラブル端末のデータは日常的なPHR(Personal Health Record)として蓄積され、家電とも連動できる。医療を受けた後のデータはふんだんにあるが、それ以前のデータはよくわかっていない。それらのデータをスーパーシティ構想の多様なデータとAPI連携すれば、生活環境由来の病気の発症との因果関係が見えてくる。

 発症のアラートを受けた住民は、アプリ内から保健師に症状を相談できるようにする。相談を受け、ドラッグストアで薬品を購入すれば済むのか、かかりつけ医に行ったほうがいいのか、あるいは救急を要請したほうがいいのかなどをアドバイスするサービスを考えている。我々はこれをトリアージと位置づけ、受診適正化に役立てるつもりだ」

 並行して医療分野でも先端サービスを導入して適正化を図る。急性期を除き、回復期や慢性期ではオンライン診療やオンライン服薬指導を積極活用。オンライン服薬指導の流れでは、薬の非対面交付を内閣府に提案している。「高齢化が進むことを鑑みても、“どこでも病床”を実現しないと地域医療がパンクする。いざ医療にかかる際には継続的なPHRや既往歴などを活かす」(吉岡氏)。

大小様々な企業と連携した理由とは?

 このビジョンに、産官学のプレイヤーが多数賛同した(図2)。とりわけ企業では楽天や日本調剤といった大手をはじめ、盛岡市を拠点とする医療機器ベンチャーのセルスペクトが血液検査サービス、岩手県八幡平市のAPTECHがウエアラブル端末のソリューションで参画するなど地元密着の体制を組んだ。ここには、ヘルステックを地域のビジネスとして成立させ、サステナブルな循環を継続したいとの吉岡氏の強い思いがある。

 「スーパーシティ構想自体が補助金ありきではなく、企業の技術力を地域の課題解決に役立てることがコンセプト。きちんとしたサービスとして住民に提供し、住民も対価を支払うことで自分ごとと捉えるスキームにする。だからこそ企業には“本当に使いたくなるサービス”を開発してほしいとお願いしている」

図2●矢巾町スーパーシティ構想の推進体制(資料提供:矢巾町)
図2●矢巾町スーパーシティ構想の推進体制(資料提供:矢巾町)
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 一方、データを見せただけで人は変わらないことも十分に承知している。そこで、行動変容を促すスパイスとしてナッジ理論を採用する。ナッジとは「そっと後押しする」ことに由来する行動科学の一概念であり、人がより良い選択をするような仕掛けを指す。例えばアプリを介した運動メニューの配信などを想定する。

 その上で、岩手医科大学附属病院に併設した「メディカルフィットネス ウェルベース矢巾」にフィジカルの拠点を置く。矢巾町、岩手医科大学、日本調剤、タニタヘルスリンクらが参画し、2020年4月にグランドオープンした産学官協働のフィットネスジムである。

 「フィジカル部分では、ウェルベース矢巾に対する期待は大きい。運動だけではなく、健康運動指導士、あるいは管理栄養士や薬剤師などが運動指導や栄養指導をすることで、実空間の拠点として利用してもらう」

「楽しさ」でツールの活用を引き出す

 2つ目のダイバーシティに対応した多層型コミュニティとセーフティネットの再構築については「目的型コミュニティ」と「電子型コミュニティ」の2つを想定する。目的型コミュニティとは、趣味、健康活動、学び直しなど、興味・関心のあるテーマを軸に形成される集団のこと。「地縁、血縁、自治会といったつながりが希薄になり、地域の担い手が減少してきた。将来的には地域包括ケアシステムさえ崩壊するのではないかとの危機感がある。ならば、自分が好きなことで主体的に参加するコミュニティによって人と人とのつながりを増やそうと考えた」(吉岡氏)。

 実拠点として、複数箇所に「スーパー公民館」を設置。すでに「やはばWi-Fi」と名付けた高速通信網を整備し、町内の約7割をカバーした。吉岡氏は「自宅にいながらスーパー公民館の催しに参加できるようになる。eスポーツなど、若者向けイベントの開催も可能。ITにより多世代の交流を促すことで、社会の一員として生きている誇りを持てるような社会にしたい」と展望を語る。

 電子型コミュニティは、オンライン上に行政総合ポータルサイトを設け、住民専用のSNSで緩くつながる世界観を描く。高齢者はスマホやPC操作に不慣れなため、先述したアップルウォッチをITツールとして用いる。画面をワンタップして任意の相手と会話できる機能をAPTECHが実装済みで、見守りにも役立つ。「バイタルデータの取得に加え、外部とのコミュニケーションに使える点が大きい。ツールの利用には、楽しさが必要。複数のきっかけからアプローチすることで装着率も高まるに違いない」(吉岡氏)。

 スーパーシティの最終採択は今冬を予定。セルフメディケーションの仕組みやアップルウォッチの配布などは採択の結果を待って本格的に開始するが、吉岡氏は「仮に採択されなくても、既存技術の連携でできるところから取り組んでいく」と意気込みを見せる。この先も、小さな町の大きな挑戦は続く。

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(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)

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[モデレーター]
東京大学 高齢社会総合研究機構長
未来ビジョン研究センター教授
飯島 勝矢氏

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