建物や街の環境が人々の健康に影響

 そうした検討の中で出会ったのが千葉大学予防医学センターだった。大学と議論する中で、空間の中に健康の発想を取り入れる重要性を認識するようになったという。「医療機関では病気になった人に対応するが、病院に来るまで待っていたのでは遅く、病院よりも前に関わることが大切。そこで空間や街の役割が出てくる。健康食品やフィットネスジムは健康意識が高い人が利用する。オフィスで健康になれるのであれば、健康意識が必ずしも高くなくても働く人全体を健康にできる。しかも千人単位を超える人々に働きかけられる」

<b>写真3●建物中央に吹き抜け階段を設置し利用促進(竹中工務店・東京本店)</b>
写真3●建物中央に吹き抜け階段を設置し利用促進(竹中工務店・東京本店)
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 平均寿命が延びる中で、健康寿命との差が問題になっている。人は多くの時間を建物の中で過ごし、建物が健康に知らず知らずのうちに影響を及ぼす。であれば、建築や街の在り方が人の健康にどう影響するかを研究して、その成果を社会に還元していこうと考えた。職場であれば、十年単位の時間軸でじっくりと働く人々に影響を及ぼしていく。

 千葉大学との検討の中で、建築物の環境を整えることで人々を健康にしていく考え方が固まっていった。それが「0次予防」の考え方だ。

 1次予防や2次予防の重要性はよく強調されているが、その課題として健康格差が存在する状態のまま残ってしまう可能性も指摘されている。個人が健康教育や検診を受け自覚、努力して健康を守るには、意識的な努力が必要になるからだ。1次予防としては、健康リスクが高い人を対象として働きかけていく「ハイリスク・アプローチ」がある。このほか全体のリスクを低下させる「ポピュレーション・アプローチ」もある。高齢になって発症する病気の原因を幼少期まで遡り、環境改善によって防ぐ「ライフコース・アプローチ」もある。

 こうした課題に対して、より究極的に無意識のうちに人々を健康にしていく考え方が、0次予防だ。地域や社会に暮らす人の意識的な個人の努力を不要にするのがポイントになる。無意識のうちに健康に望ましい行動を取れたり、健康につながる環境に身を置いたりする社会的、経済的、文化的な環境づくりをするものとなる。そこで建築が果たす役割は大きいと考えられた。