Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会の実現に向けたビジョン「空間×ヘルスケア 2030」を提案し、具現化するためのプロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」を立ち上げた(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。

今回取り上げるのは、「健築」をキャッチフレーズに、オフィスや店舗の設計、街づくりで健康を促す仕掛けを千葉大学と共同で研究し、社会実装を進める大手ゼネコンの竹中工務店。目指すは、働いたり買い物をする中で「知らぬ間に健康になる」空間だ。その実現に向け動く同社技術研究所未来空間部健康空間グループ長の石川敦雄氏、医療福祉・教育本部 部長の小林純氏に話を聞いた。

写真1●イオンモール宮崎の中庭 歩幅をチェックできる「ステップウオーキング」というデザインが床面にあしらわれている。(写真:竹中工務店、写真2~5も)

 竹中工務店が設計したイオンモール宮崎(宮崎市)は、一風変わった仕掛けが散りばめられたショッピングモール。快適に買い物ができるように設計され、訪れた人の健康をチェックできるような仕組みが取り入れられている。

 例えば、モールの中庭には、健康の指標である歩幅をチェックできる「ステップウオーキング」というデザインが床面にあしらわれている。年齢別、身長別に歩幅をチェックできるように列で分かれており、そこを歩いて自分の歩幅と比べることで、年齢にふさわしい歩幅であるかを試すことができる。

 石川氏は、「健康の衰えは歩幅に表れる。日常的にはなかなかチェックする機会はない。体重計のようにモールに来ると気軽にチェックしてもらえる。自分の健康の衰えに気づくことができて健康増進につながる。環境の整備によってたくさんの人々に働きかけられる」と話す。

写真2●歩幅ウオーキングの案内板 測った歩幅が年齢、身長にふさわしい歩幅かどうか確認できる。

 このほか、屋内の階段を使うと、そこで記憶力を試す文言が壁面に書かれ、自然と屋内階段を使おうと動機付けする「クライムウオーキング」という仕掛けも。さらに、歩く姿を測定するシステムが店舗内にあり、そこで歩行姿勢を調べるとそこから判定された年齢を知ることができる「バランスウオーキング」という仕掛けも設置されている。

0次予防を「健築」で実現

 イオンモール宮崎ではアプリを生かして、店舗内をウオーキングでめぐり、健康づくりに生かしてもらうキャンペーンも展開。歩いてスタンプを集めると景品やポイントがもらえるような仕組みも企画可能だ。中庭がモールウオーキングの出発点でかつ到達点となっており、健康を自然と促す仕組みがモール全体に組み込まれているような形になっている。来店客はショッピングしながら、知らず知らずのうちに健康になれるというわけだ。

 石川氏は「来店するお客様が健康になることそのものが好ましい。しかも、来店客が健康でいてくれれば、商業施設での購買行動も続いていく。店舗経営にとって地域の健康が重要なファクターであるともいえる」と説明する。

竹中工務店技術研究所未来空間部健康空間グループ長の石川氏 (写真:飯塚 寛之)

 イオンモール宮崎で取り入れられているような、無意識のうちに将来の病気のリスクを減らしていく発想は「0次予防」として注目されている。「多くの人の日常生活の動線の中にデザインしたり、プログラムを提供したりしていく。現役世代であれば、オフィスで過ごす時間は長いが、働く時間の中で意識しないうちに建築物が働きかけられると、空間を使う人は無意識のうちに健康になっていく。建築物が心と体に及ぼすポテンシャルは大きいと考えている」

 竹中工務店が建築と健康との接点を本格的に模索し始めたのは6年前の2014年のこと。2000年代に入り超高齢社会を迎える中で、建築や都市の問題として環境や持続可能性を重視する流れから、防災、安全、健康がより注目されるようになっていた。石川氏は技術本部の中でこれからの建築に求められる技術戦略を考えていた。「当時はまだ健康経営という言葉は今ほど一般的ではなく、持続可能な開発目標(SDGs)といった考え方が国連サミットで採択される手前。会社の方針というよりも、2010年にまちづくり総合エンジニアリング企業を標榜するようになり、未来を考えたときに、社会の中での役割として幅広くまちづくりを広く手がける発想の中で健康に着眼するようになった」

建物や街の環境が人々の健康に影響

 そうした検討の中で出会ったのが千葉大学予防医学センターだった。大学と議論する中で、空間の中に健康の発想を取り入れる重要性を認識するようになったという。「医療機関では病気になった人に対応するが、病院に来るまで待っていたのでは遅く、病院よりも前に関わることが大切。そこで空間や街の役割が出てくる。健康食品やフィットネスジムは健康意識が高い人が利用する。オフィスで健康になれるのであれば、健康意識が必ずしも高くなくても働く人全体を健康にできる。しかも千人単位を超える人々に働きかけられる」

写真3●建物中央に吹き抜け階段を設置し利用促進(竹中工務店・東京本店)

 平均寿命が延びる中で、健康寿命との差が問題になっている。人は多くの時間を建物の中で過ごし、建物が健康に知らず知らずのうちに影響を及ぼす。であれば、建築や街の在り方が人の健康にどう影響するかを研究して、その成果を社会に還元していこうと考えた。職場であれば、十年単位の時間軸でじっくりと働く人々に影響を及ぼしていく。

 千葉大学との検討の中で、建築物の環境を整えることで人々を健康にしていく考え方が固まっていった。それが「0次予防」の考え方だ。

 1次予防や2次予防の重要性はよく強調されているが、その課題として健康格差が存在する状態のまま残ってしまう可能性も指摘されている。個人が健康教育や検診を受け自覚、努力して健康を守るには、意識的な努力が必要になるからだ。1次予防としては、健康リスクが高い人を対象として働きかけていく「ハイリスク・アプローチ」がある。このほか全体のリスクを低下させる「ポピュレーション・アプローチ」もある。高齢になって発症する病気の原因を幼少期まで遡り、環境改善によって防ぐ「ライフコース・アプローチ」もある。

 こうした課題に対して、より究極的に無意識のうちに人々を健康にしていく考え方が、0次予防だ。地域や社会に暮らす人の意識的な個人の努力を不要にするのがポイントになる。無意識のうちに健康に望ましい行動を取れたり、健康につながる環境に身を置いたりする社会的、経済的、文化的な環境づくりをするものとなる。そこで建築が果たす役割は大きいと考えられた。

健築が目指す5つの特徴

 2016年10月には、千葉大学予防医学センターに「竹中工務店健康空間・まちづくり寄附研究部門」を設置し、行動変容・健康増進にかかる研究・教育を開始。ここからが健康×建築の掛け合わせによる「健築」のプロジェクトだ。1年間ディスカッションを進めて、コンセプトブックをまとめている。

 ここでは健築の特徴を5点でまとめている。「過ごすだけで健康」「いつも身近に自然を」「はたらくを変える」「テクノロジー+生活+空間」「健康なまちづくり」──。石川氏は、「建築会社として、空間デザインや物づくりは創業以来およそ400年にわたって変わっていない。ただ、健康にアプローチする上では空間デザインや物づくりだけでは足りないと考えた。加えるのは、空間を上手に使うためのサービスと組み合わせること。どんなにいい空間でも、人間に働きかけて、ソフトウエアに使っていただくのが重要」と説明する。建築や街づくりを0次予防の発想から変えていき、知らず知らずのうちに健康に導いていく仕組みづくりがここを出発点として始まった。

 健築の取り組みは、「空間デザイン」「プログラム」「分析・評価」という3つのアクションから進めていくものとしている。空間デザインは科学的な根拠に基づいて作り上げていく。WELL認証のような仕組みも取り入れる。ただし、建築物が完成した時点での機能だけではなく、それをいかに使っていくのかというプログラムも重視しているのが特徴だ。実際に使っていく中で、医学や疫学分野の手法を使いながら分析・評価を行い、新たなエビデンスを作っていくところも重視した。

 石川氏は、「データを取り評価しながら、普及し、見直していく、長い時間軸の中で利用者と一緒になって変えていく。これまでの建築会社の発想では、建築物を引き渡した後に関わることは少なかったが、分析・評価を続けて関係が続く。建築会社からすると新しい」と言う。

 千葉大学予防医学センターとは調査研究も進め、冒頭のイオンモール宮崎で作り上げた仕掛けもこの研究から生まれた。

建築物の使い方を変えるプログラム

 2020年3月からは、石川氏は同社の技術研究所未来空間部健康空間グループに移り、健康の発想を事業へと取り入れる戦略を本格的に推し進める。「当社は、最良作品を世に残して、社会に貢献しようとしている。最良の作品は時代によって変わる。現在は健康寿命の延伸が課題になり、成熟社会の中で人々が幸せに生活するために健康が大切になっている」

写真4●「ta-tta-tta」実証試験の様子

 医療福祉・教育本部の小林氏は、健築の発想から実証試験を行った。博報堂との共同研究として開発した「ta-tta-tta(タッタッタ)」。従業員が身につけるIoTセンサーとオフィスを組み合わせ、オフィスを利用することでメダルを獲得できるというものだ。具体的には、オフィスの屋内階段を上り下りすることでメダルを得られ、階段を使う頻度を増やせるというものだ。実証実験の結果として、階段を上る量が1.7倍になると分かった。

 「建築自体をメディアにすることが可能になる。空間に情報のコンテンツを流すことで行動を促す仕組みができる。ゲーミフィケーションの考え方を取り入れて、人に動いてもらい、身体的な健康だけではなく精神的な健康にもつなげ、ポジティブな気分を作る出すことを可能とする」と小林氏は解説する。

 タッタッタでは、階段を上った高さを記録し、その高さに応じて、東京タワーを表示させたり、高尾山の動画を出したりして、上った気分を作り出す。スマホにも履歴から高さが分かるようにして、自分の励みにしたり、他人と競争したりすることを可能とする。ランキングにしたり、チーム制にしたりと、運動だけではなく、コミュニケーションを増やすことも狙っている。

「無意識」の力を未来に生かす

 職場に自然の要素「バイオフィリックデザイン」を取り入れるのは健築の中で生まれたものの一つ。具体的には「ベジテーブル」という野菜を育てられるテーブルの仕掛けを開発している。小林氏は、「1日にこなす仕事量が格段に増えており、リカバリーの時間が取りづらくなっている。野菜を育てることで、緑の効果が表れるのが科学的に証明されており、それを上手に使ってもらう。ミニトマトを育て、収穫して食べることもできる。本来心地よいと思うものを上手に使っていくのも重要」と言う。

写真5●「ベジテーブル」

 こうした仕組みはコロナの時代にも生きてくると小林氏はみている。「テレワークで従業員同士の交流がなくなっている。身体活動の重要性にあらためて気づくところもある。交流や身体活動を上手にできる空間をいかに作っていくか、街づくりの中で求められている」

 現在、街の店舗やオフィスをどう作っていくかをめぐって様々な意見が出ている。オンラインでの買い物が増えたり、食品の宅配を利用する人が大幅に増えたり、オフィス不要論も出たりする変化がある。店舗では閉店するところも目立ち、一方で、オフィス面積を大幅に縮小するという企業の発表も注目されている。一極集中から、都市と地方との関係も変わり、周辺都市のシェアオフィスのような小規模なオフィスの利用も模索される。在宅を中心とした勤務が当たり前になっているところもある。

 一方で、在宅が続けば、身体活動が低下して健康を害する恐れがあったり、交流が限られたりする課題も見えてきている。ポストコロナでの対策も今は意識的な予防策が取られているが、永続的に意識し続けるのは限界もある。竹中工務店の健築の考え方から見ると、もしかすると無意識のうちに感染予防ができるような仕組みができるならば理想的だろう。

 そうした中で店舗やオフィスなどの建築物をどう使っていくのか、新しい発想が求められている。竹中工務店が進める健築の考え方は、未来へのヒントを示している。


(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)