Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会の実現に向けたビジョン「空間×ヘルスケア 2030」を提案し、それを具現化するためのプロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(VFP)」を進めている(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。その注目テーマの一つが、未来のワークプレイス「Beyond Workplace」だ。

新型コロナウイルスの感染が拡大して以降、オフィスのあり方に変化が現れてきている。働く人の健康が強く意識され、オフィスの「健康認証制度」に対する注目も高まってきた。その代表格といえるのが、日本の「CASBEE-ウェルネスオフィス」と米国の「WELL」だ。先進的な企業による取り組み事例が増えてきた一方で、それらの違いや効果についてはあまり知られていない面も多い。CASBEE-ウェルネスオフィスの開発に携わった千葉大学大学院工学研究院創成工学専攻建築学コース准教授の林立也氏に話を聞いた。

まずは「ウェルネスオフィス」について教えてください。

 WHO(世界保健機関)が定義している「健康」というのは、肉体的な病気と対になる、従来の意味での「健康=ヘルス」からさらに踏み込んで、肉体的な健康のみならず「精神的」「社会的」な視点からの健康観をも含んだ言葉とされています。「ウェルネス」とはWHOが定義する「健康」を基盤とし、さらなる付加価値の向上を目指すものです。

 このウェルネスに対する関心の高まりと、社会的要求が労働環境にも及んだ結果、職場環境におけるウェルネスのサポート、すなわち「ウェルネスオフィス」が求められるようになりました。

 オフィスにおけるウェルネスには「知的生産性向上」も含まれるべき健康観のひとつであると、CASBEE(キャスビー)-ウェルネスオフィスの開発に関わった私たちは考えています。

千葉大学大学院工学研究院創成工学専攻建築学コースの林立也准教授。CASBEE-ウェルネスオフィスの設計と開発に携わった(写真:村田 皓)
千葉大学大学院工学研究院創成工学専攻建築学コースの林立也准教授。CASBEE-ウェルネスオフィスの設計と開発に携わった(写真:村田 皓)
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CASBEE-ウェルネスオフィスとは何か?

 CASBEE(建築環境総合性能評価システム)は、建物を環境性能の面から評価・格付けする手法の一つで、2001年に国土交通省の支援のもと開発されました。

 ただ、今の時代、建物には環境性能だけが求められているわけではありません。CASBEEの研究開発を担う一般社団法人日本サステナブル建築協会(JSBC)の内部でも、「環境性能以外を評価する仕組みが必要だ」という議論が起こり、CASBEEの研究開発委員会の村上周三委員長のもと、対応策を考えました。

 その最初の取り組みが、「知的生産性向上のために、職場のウェルネスを評価する仕組み」、いわゆる「ウェルネスオフィス」を認証する制度の開発です。これは、先行していた米国の「WELL(ウェル)」などを参考に、同様の仕組みを日本国内向けにつくるというもの。実際に開発を進め、2019年に公開したのが「CASBEE-ウェルネスオフィス」(以降、CASBEE-WO)です。

米国のWELLについてもう少し詳しく教えてください。

 WELLは米国発祥の認証制度で、「人間の健康」を主な評価軸として建物を評価します。ここで評価する人間の健康とは、WHOの定義する「肉体的」「精神的」「社会的」にすべてが満たされた健康状態のことです。

 2014年に最初のバージョンが発表されました。国際認証制度ですので、日本にもWELLの認証を受けている建物が複数あります。

日本のオフィスのボトムアップを狙ったCASBEE-WO

CASBEE-ウェルネスオフィスとWELLの違いは?

 最も大きな違いは、CASBEE-WOは現状では国内のオフィスビルだけを対象とするのに対し、WELLは全世界のあらゆる建物を対象としている点です。また、WELLは建築物の一部のみを評価・認証することもできます。

 CASBEEは建築物の性能評価ツールですので、評価・認証するのはあくまで建築物の性能ですが、CASBEE-WOにおいては管理・運営やサービスも評価する対象に含んでいます。対してWELLは、例えば「労働者が日常的に野菜を摂取できる環境を整える」といった、ビル管理・運営のサービスを超えて、入居組織の取り組みへの高い要求も評価基準に含まれます。WELLは医療関係者が主体となり、医学的エビデンスを基に設計された制度のため、建築物の性能だけでは解決できない企業活動についても評価されるわけです。

 WELLの高度な要求は、評価方法や費用などにも影響しています。認証そのものにかかる費用だけでも、例えばCASBEE-WOが50万円程度の場合、WELLでは100万円を超える予算が必要だと言われています。

 また、基本的には図面と書類のみで評価・認証するCASBEE-WOに対し、WELLは図面や書類の審査に加え、現地調査が必須となります。評価項目が幅広く多大な上、場合によっては海外から評価員を迎えなくてはならないので、認証取得のための資料作成や現地対応などに相当額の予算が必要とされる傾向があるようです。

 さらに、認証にかかる期間も、CASBEE-WOは申請から1~2カ月であるところ、WELLでは設計段階から登録して、実際に認証を受けるのは建物の完成から早くて3~4カ月後と言われています。

CASBEE-WOとWELL、それぞれの認知度や評判は?

 国内の認証数は、2021年7月までにCASBEE-WOが41件。WELLは19件となっています。どちらも比較的新しい制度ですので、認証数で見るとまだまだ一般的ではありません。

 人気や評判については、双方の性質が異なるので簡単な比較ができません。日本国内において、CASBEE-WOは主にボトムアップを担い、WELL はトップアップを目指すものだからです。例えば、CASBEE-WOの場合は、どんな建築物でも認証を受けることができます。特別にウェルネスに配慮された建築物でなくとも、評価と認証を得られるわけです。当然、低い評価となる可能性がありますが、ビルのオーナーや管理者が建物のウェルネス評価を把握し理解するきっかけになることが期待できます。低い評価を受けた場合は、改善し評価を向上させようとする意欲にも結びつきます。このようにCASBEE-WOは、国内のオフィス環境全体をウェルネスの見地からボトムアップすることを目的のひとつとして、設計・運用されています。

 一方、WELLの場合は評価水準が非常に高く、先に述べたように建物本体と関係のない、運用上のサービスの面における要求もあります。また、WELLには必須項目というものがあり、その項目がクリアできないと最低限の認証すら取得できません。だからこそブランドとしての価値が高く、主に広報的な意味合いで人気があります。最新のウェルネスに対応した建物として、対外的にアピールする際には効果的な認証制度であると言えます。そのため、WELLの認証を取得するような意欲的なビルのオーナーや管理者、企業の場合、WELLと一緒にCASBEE-WOも認証・登録されている例がほとんどです。

現在の国内における健康認証制度の代表格が、日本の「CASBEE-ウェルネスオフィス」と米国の「WELL」。取材した内容を基に。2つの制度の違いをまとめた(資料:村田 皓)
現在の国内における健康認証制度の代表格が、日本の「CASBEE-ウェルネスオフィス」と米国の「WELL」。取材した内容を基に。2つの制度の違いをまとめた(資料:村田 皓)
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ウェルネスオフィスが描く未来

コロナ禍の影響はあったのでしょうか?

 CASBEE-WOは大きな影響を受けました。先ほど述べた通り、CASBEE-WOは2019年6月に公開したわけですが、それ以前はウェルネスを意識したオフィスなどはほとんど存在していなかったと思います。そもそも、オフィスにおいて健康はそれほど要求されていなかったのです。

 それがコロナ禍によって状況は一変しました。皆が健康というものを、身近な命の問題として意識し始め、職場での健康管理についても考えざるを得なくなりました。CASBEE-WOは公開のタイミング的に、コロナ禍と切り離せないものとなったわけです。

 そこで、2020年3月にCASBEE-WOの最初の改定を実施しました。その際には健康問題や公衆衛生分野の対策、評価を盛り込み、それらをより強調しました。

では改定後のCASBEE-WOは感染症対策として有効と考えていいのでしょうか?

 新型コロナ対策、あるいは感染症対策として有効な部分もありますが、CASBEE-WOは新型コロナをはじめとした感染症対策のみを目的としたものではありません。WELLにおいても同様です。

 通常、感染症対策として要求されるのは、手洗いやうがい、触れる部分の消毒、換気などです。こうした対策は、基本的に働く人がそれぞれ個人で行うもので、ビル管理側で強制できるものではなく、ましてや建築物の性能・仕様での対策には限界があります。しかし、CASBEE-WOは公開のタイミング的にコロナ禍と無縁でいることが許されませんでした。本来は、健康を評価軸にオフィスビルの不動産価値を示すのが目的だったわけですが、オフィスにおけるコロナ対策の指標としての役割も期待されることになりました。

 これについてJSBCでも議論することになり、結果CASBEE-WOではフォローしきれない、具体的な新型コロナ対策・感染症対策を別途とりまとめ、チェックリストとして公開することになりました。それが、2021年6月に公開した「建物の感染対策チェックリスト(オフィス版)」です(関連記事:「建物の感染対策」はこう調べる、評価ツールが登場)。

 建物の感染対策チェックリスト(オフィス版)は、CASBEE-WOを感染症対策という目的で補完するものです。CASBEE-WOでは基本的に評価していない、ビル管理・運用サービスの面もフォローしています。また、2021年10月に公開したCASBEE-WO(2021年版)には、感染対策チェックリストの評価項目のうち、ビル管理側で対応できるものを反映しました。

最後に、ウェルネスオフィスで健康になれるのでしょうか?

 健康の評価は難しく、ウェルネスの具体的な評価方法はまだ定まっていません。ウェルネスオフィスで働いていても、健康になったのか否か、働く人本人も含め誰にも分らないのです。しかし「オフィス環境を快適に感じている人ほど、健康的である」という学術的データもそろいつつあります。私は、健康という評価軸でビルの基本性能を底上げしていくことができれば、そこで働く人々が健康になっていくと信じています。

 健康に対するビルオーナーや企業経営者への社会的な要求は高まっています。コロナ禍以降は働く人の意識も変わりました。ウェルネスに配慮するオフィスが、優秀な人材の確保や、知的生産性の向上につながったという研究成果もあります。「あのオフィスで働くと集中できる」「このオフィスで働くと体が楽になる」といった評価を得られるオフィスが、今後は必要とされていくのではないでしょうか。

(タイトル部のImage:jozefmicic -stock.adobe.com)