中外製薬は、2019年にデジタル戦略推進部を設置するなど、ここ数年デジタル領域の活動に力を入れている。2020年3月に発表した「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」にも、その色が強くにじむ(関連記事)。同社のキーパーソンに、デジタル領域における主な取り組みや成果、今後目指す方向などを聞いた。(聞き手は菊池 隆裕=日経BP 総合研究所)

クラウドでデジタルの大動脈を整備

 中外製薬がDX(デジタルトランスフォーメーション)に力を入れている。2020年3月に発表した「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」では、デジタルやAIを活用した革新的新薬の創出、バリューチェーンの効率化、デジタル基盤の強化の3つを基本戦略として、2030年までのロードマップを示した。

 2002年にロシュ・グループの一員となって以降、中外製薬は右肩上がりに成長を続けてきた。近年では日本で2018年5月に発売した血友病治療薬「ヘムライブラ」がブロックバスター(圧倒的売上を誇る新薬)となり、さらなる飛躍を遂げた。

 好調にもかかわらず強力にデジタル化を推進する理由は、メガファーマにおけるR&D(研究開発)の生産性が急激に低下しているためだ。そこで創薬でのAI活用や、生産・営業プロセスでのITによる効率化を通じて競争力を高めることを狙いとして定めたのが、CHUGAI DIGITAL VISION 2030である。

 何より、経営トップ層がデジタル化の実現に深くコミットしている。DXの旗振り役となるデジタル・IT統轄部門長の志済聡子氏は日本IBMの出身。代表取締役会長 最高経営責任者(CEO)の小坂達朗氏自らがヘッドハンティングした人物だ。代表取締役社長 最高執行責任者(COO)の奥田修氏も「デジタルによる効率化を進め、空いたリソースを創薬につぎ込んで連続してイノベーションを起こしたい」と公言する。

 2019年10月には、デジタル・IT統轄部門の下にデジタル戦略推進部を設置。情報システム業務を担うITソリューション部と表裏一体となってデジタル改革を進めている。デジタル戦略推進部長の中西義人氏は、「これまでもデジタル化に関する取り組みはあったが、各部門でバラバラに進行していた。それらを1つに集約し、中外製薬としての方向性を打ち出していくことを目的にデジタル戦略推進部を設けた」と説明する。

デジタル戦略推進部長の中西義人氏(写真:中外製薬)

 中西氏自身、創薬研究や抗がん剤開発に携わってきた研究畑の出で、30代の若さでリーダーに抜擢された。この事実からも風通しの良さがうかがえる。「CEOの小坂、COOの奥田を始め、経営陣から『さあ、やるぞ』という強いメッセージが発せられているので、安心して取り組むことができる。我々は各部門の連携を促進し、社外とのコラボレーションを積極的に進めていく立場にある。まだ始まったばかりで特別感はあるが、数多くの従業員がデジタルに触れて“自分ゴト”にしていくことが重要だ」(中西氏)。

 着々と進んでいるのがデジタル基盤の強化である。データ利活用基盤としてアマゾン ウェブ サービス (AWS)を採用し、「Chugai Scientific Infrastructure(CSI)」と名付けた。これにより、部門横断的な社内データの活用、アカデミアや外部研究機関、病院との共同プロジェクトの迅速な研究環境の推進、ゲノムデータなど繊細な個人情報のセキュアな取り扱い、作業の効率化・自動化によるコスト削減と時間短縮を実現する。

 とりわけ研究開発にとってクラウド化の恩恵は大きい。「日によってデータ量の差異があっても、高速なデータ分析環境を維持できる。従来だと数カ月かかっていた環境構築が数週間で可能。その点もクラウドを活用するメリットだ。フレキシビリティの高さに加え、従量課金のためにコストベネフィットもある」と中西氏。

 外部連携では、デジタルバイオマーカーによる研究も盛んだ。デジタルバイオマーカーとはウエアラブルデバイスなどから得られる生理学的データのことで、これを活用して患者の状態把握や疾患の発症予測に役立てる。中西氏が例として挙げたのは米Biofourmisとの連携。同社とともに子宮内膜症の“痛みの可視化”に取り組む。

 「痛みを可視化するためにAIとソフトウエア開発を協業しており、患者に実際に試してもらう観察研究の段階まで来た。これからデータがまとまるが、我々としては自分たちで開発した初の事例だけに非常に期待している。今回は子宮内膜症に特化しているが、痛みの種類は千差万別。アルゴリズムのベースが完成すれば、さまざまな疾患に応用できる可能性が出てくる」(中西氏)

 DXへの意識を高める社内的な取り組みについては、「デジタルイノベーションラボ」を立ち上げた。デジタル戦略推進部が音頭を取って社内からボトムアップのアイデアを募り、審査した上で有効なものがあれば資金とリソースを投入してクイックにPoC(概念実証)を回す仕組みだ。2020年6月に開始したところ、想定を遥かに超える150件ほどの応募があり、現在、複数のPoCが走っている。

 「創薬にかかわらず、業務効率化などデジタル化に関するすべてを受け入れる。今まではアイデアを実現するためのスキームがなかったが、良質なアイデアがあれば検討して外部ベンダーと積極的にマッチングする。2021年以降は開催回数を増やし、より新規ビジネス創出の支援をしていく」(中西氏)

 豊富なリソースと実績を持つロシュ・グループの知見もフル活用する。「デジタル/ITに関しては、データ、アプリケーション、システム、ソフトウエアの共有を進めている。ロシュ自体がITスペシャリストを多数抱えているので心強い」(中西氏)。こうした姿勢が評価され、2020年8月には経済産業省・東京証券取引所による「DX銘柄2020」に選出。医薬品業界からは唯一の選出となった。