投資した複数社がイグジット(株式公開やM&Aによる第三者への売却)を果たすなど、オムロンによるスタートアップ企業への投資事業が成果を上げている。そこには、日本最古の民間ベンチャーキャピタルや創業者である立石一真氏の教えや理論が引き継がれている。同社のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)であるオムロンベンチャーズの根底にある考えや成果などを、社長を務める産業革新機構出身の井上智子氏に聞いた。

 全自動感応式電子信号機、オンラインキャッシュディスペンサ、カラー表示電卓、自動改札機、無接点近接スイッチなど、数多くの世界初の偉業を成し遂げてきたオムロン。ヘルスケアの領域では、家庭で血圧を測る文化を築いたことで知られる。創業者の立石一真氏は「まず、やってみる」ことをモットーとし、次々と社会に役立つ技術を世に送り出してきた。

 拠点を置く京都の産業育成にも多大な貢献を果たした。1972年には日本最古の民間ベンチャーキャピタル(VC)と言われる「京都エンタープライズ・ディベロップメント(KED)」を、ワコールや京都銀行など京都経済同友会のメンバーとともに設立。初期の日本電産に出資したことは、つとに有名だ。

脈々と受け継がれる未来志向の遺伝子

 その系譜を継承し、2014年に誕生したコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)がオムロンベンチャーズである。2018年4月には元産業革新機構の井上智子氏が代表取締役社長に就任。メンバー8人中5人は社外から参画しており、積極的に“外の視点”を取り入れている。

オムロンベンチャーズ 代表取締役社長 井上智子氏(写真:小口 正貴)
オムロンベンチャーズ 代表取締役社長 井上智子氏(写真:小口 正貴)
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 投資地域はグローバル、投資ステージはシリーズA、シリーズBのアーリー〜ミドルステージが対象。オムロンのコア技術・アセットと新技術・サービスを融合し、新たな産業の創造を投資戦略とする。注力する投資領域をファクトリーオートメーション、スマートシティ、ヘルスケアに定めたのはそのためだ。

 エンジニアを祖父に、金融マンを父に持つ井上氏は、「VCという思想自体がイノベーションを生み出すことに非常に有効だと信じている」と語る。優れた技術の普及には、事業が回る資金が不可欠であることを身近に感じてきたからだ。さらに顧客の表面的な困りごとを解決するのではなく、その先にある根本的な社会的ニーズを解決してきたオムロンの姿勢に強く惹かれたという。

 「前職で、革新的な医療機器プログラムであるバイオデザイン・プログラムの日本支社創設に携わった。米スタンフォード大学のデザイン思考をベースにしたもので、そこでは医師、エンジニア、ビジネスの人たちがチームを組んで一丸となって取り組まねばならない。言語が異なる領域の専門家を束ねるためにはメタ化した高次の概念が必要になるが、オムロンはずっと前からデザイン思考を体現して課題を解決してきた。つまり、イノベーションを生み出すDNAが宿っているということ。こうした風土だからこそ、ベンチャーとの共創でイノベーションが起こせるのではないか、そんな使命感を持って進めている」(井上氏)

 昨今では、創業者が1970年に国際学会で発表した「SINIC(サイニック)理論」も注目を集める。Seed(種)、Innovation(革新)、Need(必要性)、Impetus(刺激)、Cyclic Evolution(円環的発展)の頭文字を取った未来予測理論だ。半世紀も前の段階で、立石氏は2005年から最適化社会、2025年から自律社会が訪れることを予測。最適化社会とは価値観が転換し、モノから心の時代に変化すること、自律社会とは個人と社会、人と自然、人と機械が自律的に調和することを指す。

SINIC(サイニック)理論の具体像(出典:オムロンベンチャーズ)
SINIC(サイニック)理論の具体像(出典:オムロンベンチャーズ)
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 「多少のずれはあるにせよ、驚くほど社会の進展を言い当てている。ベンチャーにSINIC理論を説明すると、深く共感されることが多い。オムロンベンチャーズとしても、この羅針盤に従って次の自律社会に向けてどのように社会を進化させていくかをベンチャーとともに考えていきたい」(井上氏)

大企業とのシナジーで成長を加速させる

 投資のポートフォリオでは、1.革新的な技術を要する成長ポテンシャルが大きいベンチャー、2.数年後にオムロン事業とのシナジーが期待できるベンチャー、3.既存事業や新規事業に必須のパートナーとなるベンチャーの3段階に分けてスクリーニングする。この経緯もあり、2020年から井上氏はオムロン イノベーション推進本部 共創デザインセンタ長を兼任。2.と3.のベンチャーに関しては共創デザインセンタのメンバーが関わり、迅速な協業を推進している。

 「事業をスケールさせるために大企業の力を注いでベンチャーとの化学反応を起こすことを念頭に置いている。その道のスペシャリストがありったけのエネルギーと時間を費やすことでイノベーションは生まれるが、ベンチャーだけでできることは限られる。しっかりした組織力を持つ大企業が支えることで、真に必要とされる技術やプロダクトが世に出ていく助けになる」(井上氏)

 2014年以降の投資実績は、ディープラーニング顔認識の「D-ID」(イスラエル)、産業用ロボットの「リアルタイムロボティクス」(米国)、AIエネルギー管理プラットフォームの「METRON」(仏)、オムロンOBによるアグリサイエンスの「オーガニックnico」(日本)など多岐にわたる。出資先である日本のライフロボティクスがファナック、Kyoto Roboticsが日立製作所の子会社になるなど、投資回収の実績も残している。

 2021年、ヘルスケア関連ではインドの「Terrals Technologies Pvt(テラルス)」、日本の「CogSmart(コグスマート)」に出資した。テラルスは糖尿病や高血圧など慢性疾患の遠隔医療プラットフォームをインド国内で提供。コグスマートは認知症予防のソリューション開発に取り組む東北大学加齢医学研究所発のベンチャーだ。

オムロンベンチャーズが出資したコグスマート。左から代表取締役社⻑(CEO)の樋口彰氏、代表取締役・最⾼科学責任者(CSO)の瀧 靖之氏(出典:コグスマート)
オムロンベンチャーズが出資したコグスマート。左から代表取締役社⻑(CEO)の樋口彰氏、代表取締役・最⾼科学責任者(CSO)の瀧 靖之氏(出典:コグスマート)
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 「インドでは医療アクセスの悪さが課題となっている。テラルスは遠隔医療プラットフォームで患者と医師をつなぎ、無償アプリで診断して処方箋を出し、自宅まで薬を配達するサービスを展開している。すでにオムロン ヘルスケアが事業提携を結んでおり、通信機能付き血圧計を提供済みだ。今回の出資を機により連携を深め、データビジネスを発展させたいとの狙いがある。

 コグスマートにはすでに『BrainSuite』という画像解析AIを用いた脳の健康状態を可視化するプログラムがあるが、我々は認知症予防につながる生活習慣の改善に着目した。家庭で取得したバイタルデータの分析に基づく行動変容を通じて、コグスマートが目指す認知症のデジタルセラピューティクスを支援していく」(井上氏)

いずれは日本からトップベンチャーを

 グローバルを対象とするだけに欧州、米国、アジアなど世界各地とのネットワークは幅広い。選択の初期段階では1000社ほどの情報を収集し、その中から200社ほどをピックアップ。さらに精査を重ねて実際の面接に至るのは多くて5社ほどという狭き門だ。その基準とは一体、どのようなものなのだろうか。

 「アーリーステージのため、数字よりもチームと人を中心に見ている。我々のターゲットは技術者や科学者がCEOを兼ねるケースがほとんどだが、突き抜けるためには事業や経営とのバランスを上手く取る必要がある。そこを意識して、成長に応じた体制づくりをしているベンチャーは投資先の候補となる」(井上氏)

世界に広がる投資先一覧(出典:オムロンベンチャーズ)
世界に広がる投資先一覧(出典:オムロンベンチャーズ)
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 市場の大きさからも、地域としては引き続きインドを注視したいとする。また、最近本格検討したベンチャーの約半数は日本であり、世界レベルでトップを取るベンチャーを支援したい気持ちは強いという。医療機器の知見が豊富な井上氏はPMDA(医薬品医療機器総合機構)の動向にも詳しく、「コグスマートのような認知症関連ソリューションはPMDAが着目する課題と同じ方向を向いている。この領域は日本が最先端になる可能性が十分にある」(井上氏)と語る。

 派手さはないが、“世の中になくてはならないもの”を支えるオムロンの思考に外部からの新しい風が加わり、オムロンベンチャーズはユニークなCVCとしての存在感を高めつつある。次なる社会課題解決のビジネスが共創から生まれることを期待したい。

(タイトル部のImage:出所はオムロン)