ソフトバンクが推進する成長戦略「Beyond Carrier」の柱の1つがヘルスケア領域だ。現代社会の大きな課題となっている健康寿命の延伸に向け、大企業やスタートアップ企業だけでなく、大学・研究機関などとの連携を積極的に進めている。同社の関係者に各プロジェクトにおける問題意識や進捗などを聞いた。(聞き手は菊池 隆裕=日経BP 総合研究所)

 ソフトバンクは成長戦略「Beyond Carrier(ビヨンドキャリア)」を掲げ、従来の通信事業ビジネスの強化を図るとともに、グループ全体を通じて幅広い分野での革新的なサービスの提供にも着手している。「少子高齢化」や「社会保障費の増大」など多くの社会課題を抱える日本において、「健康寿命の延伸」は大きな課題の1つ。その課題を解決すべく「ヘルスケア」を重要な領域の1つに据えて、さまざまな取り組みを進めている。

 ヘルスケア領域には「治療」や「予防」の分野があるが、同社の取り組みでは「治療」よりも「予防」にフォーカスしている。健康に関連する情報は基本的に機微なデータとなるため、予防の分野ではあまり情報共有が進んでいない。「ソフトバンクは、その部分で強みを生かして実現できる」とするのは、同社で大学や研究機関などとの連携プロジェクトを推進しているテクノロジーユニット AI戦略室 ヘルスケアソリューション開発部 部長の浦野憲二氏だ。

ソフトバンク テクノロジーユニット AI戦略室 ヘルスケアソリューション開発部 部長の浦野憲二氏
ソフトバンク テクノロジーユニット AI戦略室 ヘルスケアソリューション開発部 部長の浦野憲二氏
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 例えば、PHR(Personal Health Record)とライフログなどの個人的な生活情報を患者だけでなく健常者も含めて取得し、それらのパーソナルデータを活用して各個人に合わせた予防ソリューションを提供する場合、ソフトバンクの強みである通信・ネットワークは「データ取得の際に大きな役割を担う」(浦野氏)ことができる。これに加えて、ソフトバンクとしてはさらに踏み込み、「その取得データをビッグデータやAIの技術で解析し、最終的に予防ソリューションに変えていく」(浦野氏)という、「取得・分析・ソリューション」の三段活用のアプローチを想定している。

 三段活用のアプローチで新サービスを事業化するには、エビデンスの有無が重要なポイントとなる。そこで、ソフトバンクは「アカデミアや研究機関と連携することで、そのエビデンスをしっかり担保していく」(浦野氏)考えだ。

「フレイル」の予兆を検知するアルゴリズムを開発

 さまざまな機関や企業などとの連携を模索するなか、現在進んでいるプロジェクトとしては、ヘルスケアを軸としたAIアシスタントの開発と社会実装を目指す慶応義塾大学との共同研究や、AIを活用した冠動脈疾患の診断支援やリスク予測を実現する国立循環器病研究センターとの共同研究がある。ちなみに、慶応義塾大学や国立循環器病研究センターをパートナーに選んだ背景には、「目指す方向性や目線が近かった」(浦野氏)という点が挙げられる。

 「ソフトバンク側のヘルスケア戦略の1つに、『ウェルビーイング(Well-being)』の視点がある。これに対して慶應義塾大学の場合は、同大学医学部 医療政策・管理学教室の宮田裕章教授がこのウェルビーイングを提唱しているというのが、大きな理由の1つとなった。一方で、国立循環器病研究センターは『生活習慣病』がキーワードとなる。生活習慣病は循環器病にも大きく関連しており、医療費にも少なくない影響を与えることから、ソフトバンクの『ウェルビーイングにおいて、生活習慣病からもアプローチしたい』という考えとマッチした」(浦野氏)

 慶応義塾大学との共同研究では、「フレイル(高齢者の虚弱状態)」がテーマの1つとなる。フレイルやその前段階である「プレフレイル」をさまざまなテクノロジーによって解決していくことで、ウェルビーイングを実現していく。

 具体的には、スマホやウエアラブルデバイスなどから取得できる情報を活用し、フレイルやプレフレイルの何らかの予兆を検知する予防アルゴリズムを開発。このアルゴリズムには、AIの実装も想定している。さらに、このアルゴリズムにデジタルコーチングの技術も組み合わせ、行動変容のプログラムにもつなげていく考えだ。これらの研究開発はすでにスタートしており、予防アルゴリズムについては「2021年度末のリリース」(浦野氏)を目指す。

 このように、慶応義塾大学や国立循環器病研究センターのプロジェクトはどちらかといえば「特定のテーマに対する予防」に主眼を置いた研究開発となるが、その次のアプローチとして見据えているのは「人の行動変容を変えていく」(浦野氏)ような取り組みだ。そこには、例えば「ゲーミフィケーション」や「インセンティブ」などのさまざまなアプローチがあり、事業化する際にはその点にもしっかりと対応し、ユーザーが継続的に使ってくれるような仕組みを作ることが求められる。このような背景から、今後は「行動心理学なども取り入れ、アプリケーションやソリューションの開発を進めていく」(浦野氏)という。

 また、PHRやライフログの取得に関しては、グループ企業とだけでなく他社とのコラボレーションやデジタルトランスフォーメーションも進め、「より豊富で多彩なデータを取得し、それらを活用して行動変容につなげていく」ことが次のフェーズとなる。そして最終的に、ソフトバンクは経営理念である「情報革命で人々を幸せに」になぞらえて、「情報革命で人々を健康に」(浦野氏)というゴールを目指す。

医療分野へのAI実装を目指す

 ヘルスケア領域における別の取り組みとしては、内閣府が推進する社会実装プロジェクト「AIホスピタルによる高度診断・治療システム」がある。ソフトバンクは、同プロジェクトに2020年度から協力参加機関として参画している。

 このプロジェクトでは、医師を支援するAIサービスによって医療従事者の負担を軽減するようなプラットフォーム(医療AIプラットフォーム)の研究・構築を進めている。2022年度末の社会実装が計画されており、ソフトバンクは自社の強みである通信事業を生かす。なかでも「5Gが特に期待されている」(ソフトバンク 法人プロダクト&事業戦略本部 法人サービス施策推進統括部 担当部長の大関健一氏)ほか、ユーザー認証機能の提供・検証などにも携わっている。

ソフトバンク 法人プロダクト&事業戦略本部 法人サービス施策推進統括部 担当部長の大関健一氏
ソフトバンク 法人プロダクト&事業戦略本部 法人サービス施策推進統括部 担当部長の大関健一氏
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 また、これに付随する形でソフトバンクは、日本ユニシス、日立製作所、日本アイ・ビー・エム、三井物産とともに、厚生労働大臣および経済産業大臣の認可による「医療AIプラットフォーム技術研究組合」(略称「HAIP」)を2021年4月に設立した。この組合への参加は基本的にオープンとなっており、すでに日本マイクロソフトなども加入。2023年4月の株式会社化とともに、「補助金がなくなっても自律走行できるような医療AIプラットフォームの確立」(大関氏)を目指している。

 医療AIプラットフォームの研究テーマには、大きく分けて「サービス事業基盤」と「AI開発基盤」の2つがある。サービス事業基盤は、医療AIサービス事業者が提供するさまざまなAIサービスをプラットフォーム上で展開してもらい、病院の先生や看護師などに使ってもらうことを検討。将来的には、保険会社などへの拡大も想定する。一方でAI開発基盤は、開発ベンダーや研究者に医療AIを開発するための環境を提供していく予定だ。

 プロジェクトに関連する実証実験としては、ソフトバンクとAIメディカルサービスによる「内視鏡検査映像を5Gで伝送してAIによる画像診断補助を行う実証実験」がすでに実施された。これは、商用の5G環境を利用した内視鏡映像伝送におけるリアルタイム処理の有用性を確認するもので、「内視鏡専門医による伝送映像の比較」や「AI画像判定システムによる疾病確率の比較」などで検証された。

AIメディカルサービスと共同で、内視鏡検査映像を伝送しAI画像診断補助を行う実証実験を実施した(出所:ソフトバンク)
AIメディカルサービスと共同で、内視鏡検査映像を伝送しAI画像診断補助を行う実証実験を実施した(出所:ソフトバンク)
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 早期の社会実装を目指す医療AIプラットフォームにとって、「ビジネスとしてきちんと回る」(大関氏)ことが直近の目標となる。また将来的には、AIの活用によって「診断のレベルの向上」や「医師と患者の会話の増加」などを図るほか、健診の場においても「大量な画像のスクリーニングやダブルチェックでの見逃しがなくなり、医師の労働負荷も軽減される」(大関氏)ような世界観を見据えている。

オンライン健康相談で新会社を設立

 一方で、ソフトバンクのグループ会社では、ヘルスケア領域におけるさまざまなサービスの提供がすでに始まっている。ヘルスケアテクノロジーズが提供するオンライン健康医療相談サービス「HELPO(ヘルポ)」はその1つだ。

オンライン健康医療相談サービス「HELPO(ヘルポ)」の画面イメージ(出所:ヘルスケアテクノロジーズ)
オンライン健康医療相談サービス「HELPO(ヘルポ)」の画面イメージ(出所:ヘルスケアテクノロジーズ)
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 ヘルスケアテクノロジーズは、ソフトバンク内で2017年に新設された新規事業を創出する「デジタルトランスフォーメーション本部」から立ち上がった企業。医療・介護保険制度の崩壊という喫緊の課題に対して「従来とは異なるアプローチを模索した」(ヘルスケアテクノロジーズ 代表取締役社長 兼 CEOの大石怜史氏)なかで、HELPOが生まれた。HELPOは、スマートフォンアプリなどを通してオンライン健康医療相談や病院検索、一般用医薬品などの購入をワンストップで行えるヘルスケアサービスで、2020年7月からサービスを開始した。現時点では、企業を顧客としたB to Bでの事業展開となる。

ヘルスケアテクノロジーズ 代表取締役社長 兼 CEOの大石怜史氏
ヘルスケアテクノロジーズ 代表取締役社長 兼 CEOの大石怜史氏
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 ヘルスケアの段階を「未病」→「未病以上医療未満」→「医療」→「介護」とした場合、ヘルスケアテクノロジーズがまず注力するのは「未病以上医療未満」となる。大石氏は「優れた皆保険制度があるゆえに、病気が悪化するまで気にかけない」という日本人の傾向を考慮し、この状況を改善するためには「医療の手前の段階で、さまざまなアプローチを仕掛けるしかない」と判断。その中で実現できるサービスとして、HELPOを展開している形だ。

現在の注力領域は「未病以上医療未満」(出所:ヘルスケアテクノロジーズ)
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 さらに、中長期的な視点で「病気になりにくい、あるいは病気になってもすぐに改善できるような環境を整える」(大石氏)ことを目標とし、テクノロジーを活用したヘルスケアプラットフォームを構築しようとしている。例えば、HELPOはエンドユーザーへのタッチポイントを有するアプリとなるため、大石氏は「ソフトバンクのさまざまなソリューションをこのヘルスケアプラットフォームで実装したい」と考えている。

 さらに、Beyond Carrierでは「協創」もキーワードとなるため、大石氏は「他社の優れたソリューションもこのプラットフォームに取り込んでいき、一気通貫で顧客に対して最適なサービスを提供していく」という構想も持っている。HELPOのアプリ内ではすでに、ココカラファインなどのドラッグストアとの連携による一般用医薬品ECサイト「ヘルスモール」や、MICINとの連携によるオンライン診療が実装されているが、これらはまさにそういった発想に基づいたものだ。

 とはいえ、今後の展開を考えれば大石氏は「まだまだ足りない」と語り、さまざまな企業とのさらなる連携を進めている。例えば、ヘルスモールについては物販に限らず、利用者の健康に寄与するさまざまなソリューションを展開できる余地がかなりあるほか、病気の際に最も効率的に改善へと誘導できるような選択肢ももっと必要だと考える。また、本当に顧客のことを考えるのであれば「デジタルソリューションだけでも、リアルアセットだけで不十分。その両方がしっかり掛け合わさるような形で提供していかなければならない」と付け加えた。

 ソフトバンクは、ヘルスケア領域に対してグループ全体で挑むとともに、社外との連携も強化することで新たな価値の発見を模索している。日本の医療課題を解決する革新的なビジネスモデルが、ソフトバンクとさまざまな企業・団体とのシナジーによって生まれることに期待したい。

(タイトル部のImage:Image:AFP/アフロ)