バイエル薬品が推進するオープンイノベーション活動の特徴は、製薬企業ながら「デジタル」を主軸に据えていることだ。患者に提供する商品や社内で活用できる新しいデジタル技術の獲得するため、スタートアップ企業をはじめ外部組織との連携を積極的に進めている。他社との連携活動の母体である同社オープンイノベーションセンターのセンター長を務める高橋俊一氏に、同社のオープンイノベーション活動の狙いやこれまでの成果、グローバル拠点との連携などを聞いた。

 バイエル薬品のオープンイノベーションセンターが設立されたのは2014年のこと。設立前から同センターの設立準備に携わり、発足時からセンター長を務める高橋氏は「日本に埋もれている技術や研究はたくさんあるはずで、それを掘り起こしたいというのがセンター発足当時の想いだった」という。

日本では「デジタル」が柱の1つ

バイエル薬品の高橋俊一氏(出所:バイエル薬品)

 当然のことながら、バイエル薬品のような製薬メーカーにとって、新しい薬品の開発、いわゆる「創薬」はオープンイノベーションの柱の1つである。基礎技術を持つ大学などと連携し、新しい薬品の開発に向けて大きな飛躍のあるイノベーションを模索している。

 創薬と並び、積極的に取り組んでいるのがデジタル技術の活用だ。同社のオープンイノベーションセンターは世界に6カ所(日本、北京、シンガポール、ベルリン、サンフランシスコ、ボストン)あり、地域ごとのコミュニティやエコシステムの事情に合わせてテーマが選定されている。日本では、創薬とともにデジタルに注目したというわけだ。

 オープンイノベーションセンターが発足した2014年当時、自動車やリテールなど他業界ではデジタル化への取り組みが始まっていた。高橋氏は、「創薬領域においてもデジタル技術が活発に使われるはず、という仮説を立てた」と当時を振り返る。例えば、スマートウォッチなどのウエアラブルデバイス(装着可能な端末)が生活に浸透すれば、医療ヘルスケアサービス全般が変わってくる可能性がある。

 病院での検診や人間ドック、企業における健康診断で測定したデータ以外にも、診断や治療の判断に役立つ材料(データ)が圧倒的に増えるからだ。これにより、より適切に患者に対応できる期待がある。

バイエル薬品が運営するスタートアップ向けインキュベーター(孵化)施設「CoLaborator Kobe」のラボスペース(出所:バイエル薬品)

 日本のオープンイノベーションセンターが最初に取り組んだことの1つは、社内のヒアリングだったという。タスクチームを立ち上げ、社内のあらゆる部門に「社内外向けのサービスや業務において、デジタル技術が活用できそうか?」を聞いてみたのだ。その結果、患者など外部向けのサービスに使えそうなもの、あるいは社内の業務改善に生かせそうなアイデアが数々寄せられた。

「使う」ではなく、「技術や人を一緒に育てる」

 こうした社内ヒアリングの延長にあるのが、「外部パートナーと一緒に作るプラットフォーム」と同社が位置付ける「G4A(Grants4Apps)」と呼ぶ活動だ。

 同活動は、2013年にドイツ本社のグローバルプロジェクトとして始まったもので、日本では2016年から「G4A Tokyo」として始動した。具体的には、バイエルからライフサイエンスに関する課題を提示し、外部企業から各課題に対する革新的なソリューションを募集するというものである。ライフサイエンスの領域に可能性を感じ、バイエルのような大企業との協業を望む企業はたくさんあるが、どこにどうやってアプローチしていいか分からないという声は多い。社内ヒアリングから見えてきたバイエルが抱える課題を外部に示し、課題解決に資するアイデアを一元的に集める場がG4Aだというわけだ。

 高橋氏は、こうした一連のオープンイノベーション活動において大切にしている姿勢として「共に創る」ことを挙げる。外部企業との連携となると、技術や企業そのものを買ったり、ライセンスを受けたりすることが考えられるが、そうした「完成品を選び、導入する」姿勢ではなく、「技術や人を一緒に育てる」(高橋氏)という考えがベースになっている。

 共創の例の1つとして、Buzzreachと共同で開発したスマートフォン向けアプリ「Study Concierge(スタディ・コンシェルジュ)」がある。同アプリは製薬会社による治験をサポートするものであり、治験に有効なデータを確保するために、治験参加者に対して通院日を通知したり、服用ルールに従って薬を飲んでいるかをチェックする機能を備えている。Study Concierge は、Buzzreach が2018年のG4Aに参加したことがきっかけとなって実現した(関連記事:治験からの患者脱落、アプリで防げるか)。

バイエル薬品とBuzzreachが共同開発したアプリ「Study Concierge」(出所:Buzzreach)

社内の「弱点」も隠さないG4A活動

 G4A Tokyoは、第5回(2018年)以降は「G4A Tokyo Dealmaker」と改称し、バイエル薬品が抱える課題を社外に提示したうえで、外部イノベーターのマッチングを図るプログラムへと発展させている。

2019年に開催した「G4A Tokyo Dealmaker」の様子(出所:バイエル薬品)

 バイエルの課題は、専門領域から社内業務に関するものまで幅広い。例えば、2020年の第7回のテーマをみると、循環器・腎臓領域における「慢性腎臓病の診断および進行モニタリング」といった製薬企業ならではのテーマもあれば、研究開発領域における「プレゼンテーション資料の構築効率化」という他企業への汎用性がありそうなものもある(関連記事:バイエル薬品、2020年版オープンイノベーションプログラムを始動)。

 後者の対象となるのは、世界市場に向けた薬事戦略を立案するためのプレゼンテーション資料だが、各国の規制要件は多数の項目があるうえに、社内の既存ファイルも多くのデータを含んでいる。このため、必要な資料を作るためには、たくさんのファイルから該当する項目を抽出・整理するという膨大な手作業が発生する。一連の作業を効率化し、必要な内容だけが入ったプレゼンテーション資料を作成したいというのが課題だ。こうした課題については社内の弱みを見せることでもありなかなか外部には出てこないものだが、「新しいものを作るためには、出すものは出す」(高橋氏)姿勢という。

 Dealmakerへの応募企業は、小さい企業から大きい企業まで様々あるが、特に重要だと思われるのが異業種、特にスタートアップ企業とのチャネルができることだ。普段から付き合いのある企業であれば製品や技術も既知のものが多く、そのアクセスは比較的容易だが、距離がある業界、特に若い企業ではそうはいかない。「今までには付き合いがなかった人たちからのアイデアが、本当のイノベーションにつながるはず」と高橋氏は言う。

 センター発足以降の活動を振り返ったとき、「オープンイノベーションとはWinWinの関係を作ること」(高橋氏)という。つまり片方が一方的に利益を得るような条件ではうまくいかないというのが、その心だ。

 WinWinの関係を作るうえでカギを握るのは担当者同士の関係性。「世界的な科学雑誌『Nature』や『Science』に載るような重要テーマでも、事業としてはうまくいかないことがある。最終的には人の問題。大事にしていることはパートナーと仲良くなること」。情報の開示をはじめとして対等な関係性を意識し、事業規模の大小にとらわれずお互いに遠慮なく議論することを心掛けているとする。

センサーを生かした常時モニタリングに期待

 バイエルが今後、期待する技術は何か。デジタル領域における期待の1つはセンサーによるモニタリングだという。センサーが小型化したことで、患者に常に身に着けたり、患者の近くに置いたりすることで、患者のデータを常時取得することが技術的には可能になっている。

スタートアップ向けインキュベーター(孵化)施設「CoLaborator Kobe」のオフィススペース(出所:バイエル薬品)

 このようなデータの常時取得については、他業種との連携の可能性が感じられる領域だ。連携例の1つが、住宅メーカーだという。病院以外でデータを取得する場所として、滞在時間が長い自宅は格好の場所である。自宅であれば、普段の様子をビデオで撮影したり、体温や血糖値といったバイタルデータを時系列で追ったりすることも、排泄物を分析することもできる。こうした各種データを分析すれば、適切な治療につながるようになる。これは、住宅にさらに付加価値をつけたい住宅メーカーとの思惑とも一致する(関連記事:私の夢は「医住連携」、住宅と医療はもっと密でなければならない)。

 センサーの活用のメリットについて高橋氏は、「点を線にすること」と表現する。つまり、数日おき、あるいは数カ月おきに取得するバイタルデータは「点」だが、センサーを活用することで測定頻度を上げることで、時間を追った変化が分かる「線」になる。そうしたデータについて、深層学習を活用して分析することで、患者にとって必要となる処置を探れるようになるというわけだ。

 連続値が価値を持つとみられる1つが血糖値だ。血糖値は、食後に急上昇することが知られている。空腹時に測定した値を見ただけでは病気の兆候は見えてこないが、常時測定することで何らかの予兆が見えてくる可能性がある。起床直後に上がることが知られている血圧についても同様だろう。

 高橋氏は、センサーを活用したこうした常時測定について「これからのブレークスルーにつながる」と期待をかけている。

(タイトル部のImage:出所はバイエル薬品)