認知症にやさしい、ということ

 確かに、人は誰でも失敗する。ただ、山際さんは「失敗しても許してくれ」と甘えているのではない。「失敗しても気にせんでええまちになれ」と、激励したのだった。

 「『認知症にやさしいまち』という言葉だと、認知症の方に手を差し伸べたり施したりするイメージになりがちです。自然、認知症の方は自分たちのことを支援の対象、守ってもらう立場、だと感じる。そんなプレッシャーの中では失敗できません。行動したくても失敗が怖くて動かなくなる。本末転倒です」

 そしてもうひとつ「私たちからできること、リスクを奪わないでほしい」という言葉も、谷口さんの頭の中にあった。若年性認知症の当事者で、日本認知症本人ワーキンググループの丹野智文さんの言葉だ。

 「以前、丹野さんとお会いしたときに、そう話しておられたんです。『リスクを奪われる』というのは私にとって、とてもショッキングな言葉でした。我々の支援は一方で大切なものを取り上げることでもあったのかもしれない。と感じた。このような示唆から、『認知症にやさしい』とは認知症の人を区別することなく、いっしょに同じ方向をむいていることなのだと気づいたのです。そこから徹底的に認知症の方の目線、立場で条例を作っていこうとの方針が決まった」

 ワーキングチームは会議を重ね、条文を練り上げていき、条文内に「家族」という言葉のない条例ができあがった。繰り返しになるが、認知症施策から家族を締め出したわけではない。認知症の人とその他の人を区別しないだけだ。だからこそ、第一条では「認知症に関する発想を全ての市民の幸福と共生を目指す未来志向に転換し──」(下線筆者)と謳った。

 御坊市の条例が異色な理由はこれだけではない。