ディー・エヌ・エー(DeNA)は、少量の血液からがんを早期発見する検査システムの研究開発を進めている。深層学習などの技術に強みを持つPreferred Networks(PFN)との合弁企業PFDeNAにおいて手掛けているものだ。現在は、この検査システムの社会実装を進める上で想定される課題の解決に、一つひとつ向き合っている最中だとDeNA 代表取締役会長の南場智子氏は語る。(小谷 卓也=Beyond Health)


 DeNAは1999年に立ち上がったITとAIに強みを持つ企業です。インターネットサービスを提供しており、そこから“リアルに染み出る”ようにセキュリティー、モビリティー、スポーツ事業を展開しており、ヘルスケア事業にも取り組みを広げています。

ディー・エヌ・エーの南場氏(写真:剣持 悠大、以下同)
ディー・エヌ・エーの南場氏(写真:剣持 悠大、以下同)
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 そもそもDeNAでのヘルスケア事業は2013年に私が社長を退任した後、DeNAに復帰するにあたって絶対やりたいと考えたものでした。当時、深刻な病気になって初めて健康の大切さに気付くがそれでは遅いのではないか、もっと早い段階から意識すべきではないかという課題を持つメンバーが多く集まっていました。その時に掲げたミッションが「病気になってから治すシックケアから、病気になることを予防するヘルスケアへ」でした。

 ヘルスケア事業の一つとして取り組んでいる「kencom」は、健康診断の結果をスマートフォンに送り、その結果に基づいて個別に最適化したウォーキングなどの運動情報を配信するサービス。およそ80の健康保険組合の加入者約400万人に提供しています。サービスを使い続けている方とそうでない方を比べると、生活習慣病の予防に一定の効果が示されています。他にも、万が一に備えるだけではなく、日常から楽しく健康になれるという保険サービスにも着手しています。

 こうした中、ヘルスケア事業の新たな取り組みとして、Preferred Networksと国立がん研究センターをはじめとした複数の医療施設と共同で、がんのスクリーニング検査に取り組んでいます。目的は、がんを早期に発見する検査を広く社会に提供すること。人間ドックのオプション検査として受診者の方々に利用してもらい、医師による受診推奨の一助となる検査結果を提供していきたいと考えています。

 がんスクリーニング検査の精度については、さまざまな意見があります。我々は、臨床有用性のある確かな検査を提供すべく、PMDA(医薬品医療機器総合機構)の承認審査を経た上での社会実装を目指しています。

「3つのポイント」の実現を目指して挑戦中

 我々が取り組んでいるがんスクリーニング検査の中身と、今後の課題について触れていきます。まずは、開発の中身についてです。

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 がんのバイオマーカーとして、近年ではマイクロRNAを主とする「スモールRNA」が注目されています。リキッドバイオプシーの技術進展に伴い、スモールRNAは血液や尿、唾液などから検出できることが分かっていますが、私たちは血液中のスモールRNAの発現パターンを解析することで、がんの早期発見が可能なのではないかと考えています。

 単一のRNAのみを検出するのでは、検出感度に限界があります。ヒトでは2500種類以上のスモールRNAが報告されていますが、もともと正常なヒトの機能を発揮するために発現しているので、特定のがんだけに顕著な発現を示すスモールRNAを探しても、特定のがん以外でも発現が認められるケースがほとんどです。そのため、私たちは複数のRNAを組み合わせ、単一分子の発現でなく、複数分子の発現パターンとして捉えることで、この検出感度の限界を克服することができるのではないかと見ています。

 パターン認識は、ディープラーニングを生かせる分野です。スモールRNAの発現パターンを次世代シーケンサーを用いて網羅的に解析し、得られた発現パターンと各検体の臨床情報をAIに読み込ませます。その結果、高い精度でのがん識別が可能になるのではないかと期待しています。

 重要な点は、がんと非がんを識別しただけでは、がんが身体のいったいどこにあるのかが分からないこと。その後の精密検査で全身をくまなく検査する必要が出てくるため、受診者にも医療従事者にも負荷が高いと考えています。

 ですので、がんと非がんを識別するだけでなく、がん種の識別が必須だと考えています。現在はがん識別モデルの開発段階にありますが、開発が成功したらモデルの性能評価試験を行い、その試験結果をもとにPMDAに承認申請を行います。承認を得たのち、上市を目指していきます。

 開発を進めている中で、医療施設における血液調製、ラボでの発現データの取得などをいかに安定的に行えるかも、非常に重要であることが分かってきました。これらの検討を進めるにあたり、専門性を要する部分に関しては外部から人材を採用しチームを作って対応しています。

 東京の晴海に開発拠点となる開発ラボを作り、データのブレを極力小さくする測定系の構築を進めるとともに、血液検体をどのくらい幅のあるプロトコルで取得すれば、求める検体の品質に収まるのかも検討しています。安定的な品質の検体を確保するためには、極めて厳密なプロトコルを設計すれば良いのですが、そのプロトコルは研究室では達成できても、実際に全国の健診施設で実施可能な検査として受け入れてもらえるかというと、そうではありません。実用化を見据えて、健診の場で対応可能なプロトコルを構築するのが難しかったとメンバーからは聞いています。

 「毎年多くの人が受診する人間ドックなどの健診の場で、オプション検査として利用されるものにする」「侵襲性の低い1回の血液検査で、少量の血液から検査できる」「複数のがん種を十分な精度で見極められ、妥当な価格で提供する」。これら3つの実現を目指して挑戦中です。

一般消費者の方々に正しく理解いただくことも重要

 今後、がんのスクリーニング検査を社会に提供していく上で、想定される課題は幾つかあります。

 まず、検査としての品質の担保です。品質保証の基準を社内で明確にするとともに、PMDAによる外部の審査も入れることで、一定の品質担保をしていこうと考えています。

 次に、検査後のフォローアップ体制の整備。スクリーニング検査で陽性だった場合、その後、精密検査を受けるわけですが、現状はここがスムーズにつながっていないケースもあります。この部分の連携を促進し、精密検査の結果を正しくフォローできる体制を構築していきたいと考えています。

 そして、「過剰診断」も懸念される課題となります。がんのスクリーニング検査による積極的な介入が、逆に不要な超早期のがんを見つける可能性があり、そこに果たしてどれだけの意味があるのかという点です。がん種によっては、早期で見つけた場合、積極的な介入を行わず、経過観察のみを行う場合があると聞いています。一方で、医療現場からは、一部のがんには急速な悪性化が認められるのもまた事実であると聞いています。

 一概に良い悪いとするのではなく、がん種ごとの得失を考慮する必要があるわけです。この点は、引き続き医療従事者の方々と意見交換させていただきながら、何が最適かを考えていきたいと思います。

 最後に、一般消費者の方々に検査を正しく理解いただくことも重要だと考えています。理解を得るために情報提供をするといっても、多くの一般の方々にとっては「次世代シーケンサー」「スモールRNA」「ディープラーニング」といった言葉は耳馴染みがなく、何のことか分からないというのが正直なところではないかと思います。キャッチーなキーワードを踊らせて、興味関心を引くのは安易ですが、極端にそういった手法に偏るのは危険だと考えています。

 難易度は高いですが、これまでの研究で得られた結果は協力いただいている医療施設の先生方に適宜共有しながら、課題を議論しています。そのような姿勢で、医療現場と適切にコラボレーションを進めながら、受診者の方々にどのように情報を伝えていくのが適切なのか、考え続けていく必要があると感じています。

 これを達成した先には、私たちが求めるシックケアからヘルスケアの未来があります。スモールRNAによるがんの早期スクリーニングに可能性を感じており、日々、開発に取り組んでいます。(談)

(タイトル部のImage:剣持 悠大)