Beyond Healthが実施した円卓会議「健康人生100年の世界を実現するために『がんスクリーニング』を考える」。最初の議論テーマは「一人ひとりの意識改革」。つまり、「個人」に焦点を当てた議論である。がんの早期発見に向けては、一人ひとりががんという病を“自分事”としてとらえる意識や、それを支えるリテラシーが不可欠だ。では、個人の行動変容を促したり、意識を高めたりするためには、どんな打ち手が考えられるのか──そんな視点から、議論が繰り広げられた(参加した有識者はこちら)。

最初の議論テーマは「一人ひとりの意識改革」(写真:剣持 悠大、以下同)

 まず、議論テーマに関連した事業や取り組みを進めているキャンサースキャンと富士通が口火を切った。それぞれの活動を紹介しながら、そこから見えてきた現状を語った。

 キャンサースキャンは、行動科学や行動経済学といった知見を活用し、検診の受診率向上への取り組みを自治体と連携して進めている。創業から13年間、約500の市町村で、検診の受診勧奨を行うときの通知の方法を改善することで、がん検診を始めとするスクリーニングへの個人の関心を引き上げる試みを続けてきた(関連記事:「たまたま検診を受けていない」、その人の行動はどうしたら変わるのか)。

 例えば、東京都が行う受診勧奨では、胃がん検診の受診を促すメッセージの内容を絞り込み、見やすくすることで受診率を2.5倍に引き上げた。八王子市とは、「人は得をすることよりもまず損失を回避したいと思う」という個人の意識に訴える行動経済学の理論を活用。受診勧奨メッセージの工夫により、大腸がん検診の受診率を高めることに成功した。

 同社 代表取締役の福吉潤氏は、がん検診の受診率が高まらない理由として、必ずしも特別な理由があるわけではないと指摘する。「たまたま受けていない。これが人の本当の心理かとも思う」(同氏)。こうした人たちにがん検診を受けてもらうため、「がん検診を受けることが当たり前」という雰囲気作りが重要ではないかとの考えを示した。

 一方、富士通は2020年1月、国内の従業員7万人を対象にがんの予防や仕事と治療の両立支援などを学ぶ「がん教育」を開始した。背景には、社員の在籍期間内のがん発生の増加がある。社員の年齢上昇、60歳以上の社員増加、女性社員の増加、女性固有のがんの増加などの状況の変化が関係しているという(関連記事:「がん教育」は一人ひとりの意識改革の鍵)。

 対象者のうち92.4%の6万5578人が受講。「大変有益だった」「有益だった」と回答した人が合わせて91.3%に上ったという。一方、リテラシーを確認すると、がんについての知識が決して高くはない状況が判明した。

 同社 健康推進本部 健康事業統括部 統括部長の東泰弘氏は、「がんはいまだに不治の病のイメージが根強い。富士通の社員の多くは高等教育を終えて入社しているが、学校教育、社会人になってからもがんの教育は受けたことがない。教育によって知識が変わるので、一人ひとりの意識改革の鍵になる」と指摘した。

医療者でさえも「病気が見つかるのはいやだ」と考える

 実は、医療関係者であっても検診受診率が高まらない課題があると、国立がん研究センター理事長の中釜斉氏は語る。「がんの医療現場にいて感じるのは、医療関係者の中でも検診率が上がらないということ。『病気が見つかるのはいやだ』と、医療者でさえも考えるのが実情。個人の行動変容をいかに促していくのかについては、科学的に研究していく必要があるだろう」(同氏)。

議論の様子

 どうすれば個人の行動を変えられるのか。ディー・エヌ・エー(DeNA) 代表取締役会長の南場智子氏は、「健康は失って初めて自分事になる」と指摘する。「例えば40代後半では自分事にならないが、60歳を過ぎるとそろそろがんを心配しないと、という側面がある。がんが判明した後で、まさか自分がそうなるとは…と思うことも少なくない」(同氏)。

 その解決策の一つとして考えられるのが、健康を失う前に「気付き」を与えること。DeNAでは、健診の結果を反映させることで、将来病気になるリスクを提供する「ひさやま元気予報」を提供している。疫学研究で世界的にも有名な福岡県久山町の統計データに基づき、個人の健康状態と生活習慣から病気になる予測をして、警鐘につなげるものである。南場氏はこうした取り組みを紹介しつつ、「自分の特性から疾病リスクが分かれば、多少、注意ができるようになるのでは」との考えを示した。

 アフラック生命保険 執行役員の森本晋介氏も、「個人にがんについて自分事化してもらうことは大切だ」と同調する。実際、同社ではがん保険の事業に長年携わってきた中で、がんになった加入者の声を数多く聞いてきただけに、その言葉には重みがある。「現場感覚として、多くの人の“思い”についての知見がある」(同氏)。

 その多くの人の「思い」を、どう自分事化してもらうことにつなげるか。例えば同社は、がん保険事業を通じ、給付に関する膨大なデータの蓄積を持つ。個人の自分事化を促すために、こうしたデータを活用できるかもしれない。森本氏は「お客様や社会のために(データを)どう生かしていくのかは、今後の課題だ」とした。

リスクの高い人に手厚くスクリーニングを行う時代へ

 データ活用により個人のリスクを分別し、それに応じて積極的に介入を図っていくことも重要になる。キャンサースキャンの福吉氏は、「レセプト(診療報酬明細書)データなどの数字から個々人のリスクが見えてくる。リスクの高い人には積極的にアプローチして、がん検診を受けてもらう。こうしたレセプトなどを用いた研究も重要だ」とする。

 今後は、ゲノムデータなども容易に取得できる時代になってくる。将来的には、ゲノムデータも含めたリスク判断に基づいた介入が行われるようになると国立がん研究センターの中釜氏は語る。「環境要因に加えて、ゲノム要因を含め、リスクの高い人に手厚くスクリーニングを行うようになるだろう。まだそこまで着手できてはいないが、いずれそうなっていくと考えている」。

 富士通では、同社社員で大腸がんと乳がんを発症した人のがん検診の受診の有無を調べた。すると、「いずれのがんもがん検診の受診の有無によって、発見時の進行度に大きな差があることが分かった」(同社の東氏)。結果として、治療にかかった医療費も、大きな差があったという。一人ひとりの意識改革を進め、がん予防やがん検診による早期発見を進めることは、個人にとってはもちろん、社会全体にとっても大きな意義があることだと言えそうだ。

(タイトル部のImage:剣持 悠大)