自分やパートナーが妊娠中に、体形をキープするために極力体重を増やさないようにしたり、厳しい体重制限指導を受けたりした経験を持つ人は少なくないはずだ。しかし、これから出産をする妊婦への指導は、以前とはかなり変わりそうだ。日本産科婦人科学会が3月、新たに「妊婦の体重増加指導の目安」を公表したからだ。新しい目安では、従来の基準より下限値が2~3kgずつ引き上げられ、「もともとやせているか標準体形の妊婦は、これまでより体重を増やしても構わない」という方向に修正された。

妊婦の体重制限はなぜ修正する必要があったのか。日本産科婦人科学会周産期委員会「これまでの用語や基準を見直す小委員会」委員長として、今回の数値目安をまとめた順天堂大学医学部産婦人科講座の板倉敦夫教授に聞いた。

順天堂大学医学部産婦人科講座の板倉敦夫教授(写真:大久保 恵造)
順天堂大学医学部産婦人科講座の板倉敦夫教授(写真:大久保 恵造)
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もともとやせている妊婦は12~15㎏体重増加を

 妊婦健診時の体重測定で「これ以上、増やさないようにしてください」などと叱られた経験をもつ女性は多い。しかし今後は、こんな厳しい指導は減るだろう。3月に日本産科婦人科学会が体重増の目安となる新たな数値を公表したからだ。

 新たな「妊婦の体重増加指導の目安」は妊娠前のBMI(体格指数:体重(㎏)を「身長(m)×身長(m)」で割った値)別に示されている。妊娠前にBMI 18.5未満の低体重(やせ)だった妊婦には妊娠中に12~15㎏、BMI 18.5~25未満の普通体重(標準体重)の人は10~13㎏、BMI 25~30未満の肥満(1度)の人は、7~10㎏体重を増やすことを目安とする。

 ポイントは、従来の増加推奨数値のBMI別の上限値が、新基準では数値目安の下限値になり、増やすべき体重量の目安が2~3㎏引き上がったということ。今後は「もっと体重を増やしてもいい」といわれる妊婦が増えそうだ。

 同時に注目したいのは厚生労働省も3月末に出した「妊娠前からはじめる妊婦の食生活指針」の中で、この「妊婦の体重増加指導の目安」の数値を推奨した点だ。実はこれまで、同省の提示する妊婦の体重増加の指標と、日本産科婦人科学会のそれには微妙な違いがあり、妊婦指導の現場では混乱が生じていた。今回、妊婦の健康を指導する関係機関が同じ数値を採用したことで、出産指導に関わる現場専門職の意識はより早く、スムーズに修正されそうだ。

従来の妊婦の体重増加の指標(推奨値)
■日本産科婦人科学会
(1997年、現在は撤回)
■厚生労働省「健やか親子21」
(2006年、現在は撤回)
妊娠前のBMI 望ましい体重増加量 妊娠前のBMI 望ましい体重増加量
18未満 10~12㎏ 18.5未満 9~12㎏
18~24 7~10㎏ 18.5~25未満 7~12㎏
24超 5~7㎏ 25以上 個別対応
21年3月に新しく示された妊娠中の体重増加指導の目安
妊娠前の体格
体重増加量指導の目安
低体重(やせ) 18.5未満 12~15g
普通体重 18.5以上 25.0未満 10~13kg
肥満(1度) 25.0以上 30.0未満 7~10kg
肥満(2度以上) 30.0以上 個別対応
(上限5kgまでが目安)

 新しい体重増加の目安数値は、日本産科婦人科学会の認定指導施設などで15~17年に出産した妊婦約42万人のデータを基に作成された。板倉教授は次のように解説する。

 「低出生体重児の出産、早産、緊急帝王切開、妊娠高血圧症候群の発症、巨大児(出生体重4000g以上)の出産など、妊婦さんと赤ちゃんにとって妊娠・出産のリスクになる周産期事象の発生率が最も低くなった体重増加数値を、妊娠前の体格別に算出し、前後3㎏の幅をもたせたのが今回の目安。どの周産期事象に重みを置くかは、日本産婦人科医会に所属する分娩管理施設にアンケートを取り、616施設から得られた回答結果を反映させた。アンケート実施前は、施設の規模で項目の重み付けに違いがあると予想していたが、回答結果に大きなずれはなかった。推奨とせずに『目安』にしたのは、本当にこの数値で良いのか、実現可能性があるのかが分かっていない部分があるため」。

 できる限り科学的に、客観的に算出した数値というわけだ。

生活習慣病になりやすい低出生体重児の削減が急務

 ではなぜ、妊婦の体重制限を緩める必要があったのだろう。

 背景には、日本は2500g未満で生まれる低出生体重児の赤ちゃんの割合が突出して多いという事実がある。小さく生まれる日本の赤ちゃんの割合は、経済協力開発機構(OECD)の加盟国の中でギリシャ(9.6%)に次いで高く(9.4%、2018年)、先進国の中で断トツ。それも05年以降、15年にわたり9.5%前後という状況が続いている(図1)。新生児の10人に1人が低出生体重児というわけで、その大きな要因の一つが、「妊婦を指導する現場での、妊娠中の体重制限が厳格だからではないか」と以前から指摘されていた。

図1●10人に1人が低出生体重児という日本
図1●10人に1人が低出生体重児という日本
2500g未満で生まれた低出生体重児の割合は、グラフでは省いているが1975年は5.1%だった。その後増加に転じ、2005年には9.5%に。以来、9%台が続いている(厚生労働省「人口動態統計」を基に作成)
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 「今回の数値作成の目的の一つは、先進国の中でも多い我が国の低出生体重児を減らすことだった。イギリスなど海外のデータでは、低出生体重児は、4000gで生まれた巨大児よりも将来、2型糖尿病、高血圧、脂質異常症などの生活習慣病になるリスクが高い。もともと小柄な日本人の場合、巨大児も将来糖尿病などになるリスクは上がるが、その出生割合は新生児の0.7~0.8%と少ない。これまでの国内外の研究から、低出生体重児を減らす必要性が指摘されていた」と板倉教授は強調する。

 そして、厳しい体重管理指導が行われていた背景について、「日本産科婦人科学会が当時妊娠中毒症と呼ばれていた妊娠高血圧症候群を減らすために1997年に出した妊娠中の体重増加指標(前ページの表参照)があるが、これに則って妊婦さんに厳しい体重制限をする医療機関が増えたためだと考えられる」と指摘する。

 今回、妊婦約42万人のデータを分析したことで、新たに分かってきたこともある。板倉教授によると、それは、「BMI30以上の肥満の女性以外は、強い体重制限をしなくても、巨大児、緊急帝王切開、妊娠高血圧症候群などのリスクはそれほど増えない。また、妊娠糖尿病の人は個別対応するため、巨大児の増加は抑えることが可能と考えられるので、それ以外の人は体重制限を厳格にする必要はない」ということだ。

 もともとやせている人や標準体重の人が低出生体重児の出産や早産を防ぐためには、妊娠中の体重を制限するどころか、むしろ積極的に増やす必要があることも分かってきている。

妊娠中の厳しい体重制限は国際的にも批判の対象に

 では、低出生体重児はなぜ問題となるのか。それは、80年代後半以降、世界中の多くの研究から、小さく生まれた子が抱える健康リスクの高さが次々と明らかになってきているからだ(関連記事:若い女性の「やせ対策」が急務なワケ)。

 発端の一つは、オランダで第2次世界大戦中に飢餓を体験した妊婦から生まれた人たちを長期間追跡した研究。胎児期に栄養不足にさらされると、小さく生まれやすいうえ、食糧難でも生き延びられるように脂肪などの栄養分を蓄えやすいように遺伝子が変化した状態で生まれてくる。だが、そうした赤ちゃんも実際には食糧が十分にある環境で育つため、早い段階で生活習慣病などになりやすくなってしまうのだ。

 このように胎児期や新生児期の環境が将来の健康を左右するという考え方は、DOHaD(ドーハッド:Developmental Origins of Health and Disease)学説と呼ばれ、医学界で注目されるトピックの一つとなっている。

 さらに研究が進んだ今では、低出生体重児は大人になってからの生活習慣病リスクが増えるだけではなく、統合失調症、慢性呼吸器症候群、骨粗しょう症などさまざまな疾患になるリスクが上がること、また女性では妊娠した際に妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群を発症しやすくなり、低出生体重児を出産しやすくなることなども新たに分かってきている。

 つまり、低出生体重児の割合が高い社会は、様々な疾患のリスクの高い人が多い社会ということ。実は、以前からこの状況を早く改めなくてはならないという声は上がっていたものの、動きはゆっくりだった。それが今回、「妊婦の体重管理数値」の見直し機運を強く後押ししたのは、国際的に権威のある米科学誌「Science(サイエンス)」の記事だ。

 同誌18年8月号では、「妊娠中にスリムでいることが未来に与える代償は大きい」というタイトルのコラムを掲載。日本の妊娠中の厳格な体重制限が低出生体重児を増やし、胎児の将来の健康へ悪影響を与える可能性があると指摘したのだ(Science. 2018 Aug 3;361(6401):440.)。

サイエンス誌は、成人時点の日本人の身長が、1980年生まれ以降低下しているという成育医療センターの研究論文にも触れ、妊婦に対する厳しい体重管理や、やせた妊婦の多さが日本の子供の将来の健康に与える影響について、警告した(写真:稲垣 純也)
サイエンス誌は、成人時点の日本人の身長が、1980年生まれ以降低下しているという成育医療センターの研究論文にも触れ、妊婦に対する厳しい体重管理や、やせた妊婦の多さが日本の子供の将来の健康に与える影響について、警告した(写真:稲垣 純也)
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 既に、板倉教授らは今回の体重増加指導の目安の作成を提案していたが、このサイエンス誌の記事もきっかけとなり、日本産科婦人科学会は97年に出した体重増加の指標を撤回。「産婦人科診療ガイドラインー産科編」では、以前から「妊娠中の栄養指導に関して、現時点では厳しい体重管理を行う根拠となるエビデンスは乏しく、個人差を配慮してゆるやかな指導を心がける」と推奨されていたものの、なかなかそれが守られずにきた。今回発表された目安の数値は、厳格な体重制限をしない方針を具体的にしたものといえる。

 「今回の目安の公表で、妊婦さんと出産に関わる医療関係者に最も伝えたいメッセージは、病気のない、BMI30未満の妊婦さんには『無理な体重制限は必要ない』ということ」と板倉教授は話す。

 ただし、出産現場の妊婦の体重管理の指導が変わるだけでは、この問題は解決しないのが日本の抱えるもう一つの課題だ。

妊娠中、健康的に体重を増やせる食品・アプリの開発を

 低出生体重児が減らないもう一つの要因は、20代~30代の出産適齢期の女性にBMI18.5未満のやせの人が多いこと。この世代はダイエット志向が強く、国民健康・栄養調査[19年]によると、20代女性の5人に1人(20.7%)、30代女性の6人に1人(16.4%)がやせで、栄養不足に陥っている可能性がある(図2)。

図2●20代、30代女性はやせが多い
図2●20代、30代女性はやせが多い
BMI18.5未満のやせに相当する女性は20代が最も多く、20年以上前から2割前後で推移している。30代もやせの割合が20代に次いで多い(厚生労働省「国民健康・栄養調査」を基に作成)
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 板倉教授は、妊娠前の女性の体形と、低出生体重児の発生率の高さの関係について、次のように話す。「妊娠前にBMI18.5未満のやせの女性は今回の目安通り体重を増やしたとしても、妊娠前から普通体重だった女性に比べて、低出生体重児の出産、早産、難産など周産期事象の発生率が高いことも分かってきている。つまり、いまBMI18.5未満の女性は、妊娠してから体重を増やすのではなく、妊娠をする前から栄養バランスを考えた食事を摂って、体重を“普通体重”にしておくことが大切」。

 近年、赤ちゃんの一生涯の健康は、生まれる前からのお母さんの体の状態にも大きく影響を受けるという事実が明らかになり、WHO(世界保健機関)なども盛んにプレコンセプションケア(妊娠前からのケア)の大切さを啓発するようになっている。

 厚労省が、今回の産婦人科学会の示した数値を盛り込んだ「妊娠前から始める妊産婦のための食生活指針」も、以前は「妊産婦のための食生活指針」だった。「妊娠前から」と明記したことは、重要な意味があるという。

 日本では、肥満はメタボリック症候群と強く関連し、心臓病、脳卒中のリスクを高めるだけでなく、妊娠・出産時には難産、巨大児出産のリスクが高めるなど、健康に良くないことは良く知られている。しかし、まだまだ、やせていることのマイナス面、特に、分娩・出産面ではその問題点が大きいということは周知されているとは言えない。このことをしっかりと出産現場、そして社会に浸透させる必要がある。

 さらにもう一つ目を向けるべきは、たとえそれに気づいたとしても、やせている女性が体重を増やすこと自体の難しさに対する対策の重要性だ。

 「やせている人の中はもともと食が細い人もおり、すぐに食べる量が増やせない場合も多い。また、妊娠中に12~15㎏もの体重増加が実現可能かどうかも、これから検証していく必要がある。今後は、ビジネス面でも、やせるためのダイエットではなく、食の細い女性が、妊活中や妊娠中に栄養バランスも考えつつ無理なく体重を増やすための食品や、アプリなどの開発が進んでほしい」と板倉教授。

 「やせることや妊娠中の体重制限は健康によいこと」という認識がしみついている日本の社会だが、その考え自体を改める機会づくりと、妊婦の適正な体重増加をサポートするサービスや製品が多く出てくることを期待したい。

板倉敦夫(いたくら・あつお)氏<br>順天堂大学医学部産婦人科学講座教授
板倉敦夫(いたくら・あつお)氏
順天堂大学医学部産婦人科学講座教授
1986年名古屋大学医学部卒業。同大周産母子センター助教授、埼玉医科大学医学部産科婦人科教授などを経て、2013年より現職。専門は周産期医療、ハイリスク出産管理。日本産科婦人科学会「産婦人科診療ガイドラインー産科編 2020」作成委員長。同学会周産期委員会・これまでの用語や基準を見直す小委員会委員長として、「妊娠中の体重増加指導の目安」を作成。著書に、『産科Q&A-一つ上を行く診療の実践』(中外医学社)など
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(タイトル部のImage:Getty Images)

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