企業経営の観点からも月経問題は無視できず

 最近は、従業員の健康管理を経営的な視点で捉える「健康経営」や生産性向上といった面からも、月経に注目が集まっている。女性特有の健康課題を先進的な技術で解決する「フェムテック」という言葉もかなり普及し、今年6月には政府の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)2021」に「フェムテックの推進」という文言が初めて盛り込まれた(関連記事)。いまや全従業員の半数近くを女性が占めるようになり、生産性向上や労働損失といった企業経営の観点からも月経問題が無視できなくなっているのだ。百枝部長らの試算でも、月経随伴症状による労働損失は年間4911億円に上ると報告されている(図4)。

図4●月経関連症状の経済的負担
図4●月経関連症状の経済的負担
月経随伴症状がもたらす経済的負担は、通院費用や市販の医薬品費用、労働損失を含め、総計で年間6828億円。労働損失だけでも4911億円に上ると試算されている(出典:Tanaka E, Momoeda M, Osuga Y et al. J Med Econ 2013; 16(11): 1255-1266、図版:百枝部長提供)
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 また百枝部長らは、月経困難症に対して市販の鎮痛薬で対処する場合と婦人科で治療を受ける場合とで労働損失にどのくらいの差が出るか、試算も行っている。初経から閉経までの43年間、月経困難症で月経のたびに市販の鎮痛薬を使用した場合と婦人科でホルモン治療を受けた場合を比較すると、加重平均損失額は治療を受けたほうが一人当たり413万円少なくて済むという結果だった(図5)。

 「生データではなく、既存の分析モデルを使ってシミュレーションをした試算ですが、月経痛に対して市販の鎮痛薬に頼るセルフケアより、婦人科でちゃんとホルモン治療を受けたほうが改善効果が高いだけでなく、労働損失額も抑えられるという結果でした。このデータには月経困難症から不妊になったり、卵巣がんを発症したりといった将来起こり得る病気による損失額は含まれていません。それらも含めるとなれば損失額の差はもっと大きくなるでしょう。つまり、月経困難症に対しては治療という形で早期介入するほうが経済的にも断然有利だということです。つらい月経痛のある方にはぜひ婦人科での治療を検討してもらいたいですし、また職場でも月経痛に悩んでいる女性従業員がいたら、上司の方は生理休暇よりむしろ婦人科受診を勧めていただきたいと思います」と百枝部長は話す。

図5●月経困難症に対するホルモン治療とセルフケアでの直接費用ならびに労働損失額の比較
図5●月経困難症に対するホルモン治療とセルフケアでの直接費用ならびに労働損失額の比較
マルコフモデルを使って、月経困難症に対するホルモン治療とセルフケア(市販の鎮痛薬使用)における直接費用ならびに労働損失額(いずれも12~55歳までの43年間の加重平均損失額)を比較した。女性本人が負担する費用は医療機関で治療を受けた場合のほうが27万円安く済み、また労働損失額も413万円抑制された。月経困難症に対して早期に治療介入することは、月経痛の軽減だけでなく、子宮内膜症の発生や重症化を防ぎ、さらには経済的損失をも抑えられる(出典: Cost Effectiveness and Resource Allocation 2018 16:12、図版:百枝部長提供)
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 日本医療政策機構の「働く女性の健康増進調査2018」では、程度の差はあるが、94%の女性が月経痛やPMSなどの月経随伴症状によって仕事のパフォーマンスが低下すると回答。元気なときの半分以下に落ちるという人も45%いた。月経にまつわるつらさから解放されることは、当の女性にとってはもちろんのこと、職場の生産性向上にも直結する。

 百枝部長は認定NPO法人「日本子宮内膜症啓発会議(JECIE)」の理事長も務め、企業を対象に月経痛や子宮内膜症などの啓発活動や女性従業員の健康課題の解決に向けた活動にも力を入れている。

 「月経のつらさから解放されれば、女性の活躍はもっともっと進むでしょう。企業にとっても従業員の健康は重要ですし、また生産性の向上にもつながるということで、我々の啓発活動に関心を持つ企業が増えてきています。月経痛やPMSへの取り組みは、生活習慣病の改善などに比べると効果が早く出ますから、手応えが得られやすく、健康経営のよいモデルにもなります。ぜひ多くの企業に取り組んでほしいですね」と百枝部長は語る。

 女性の働き方や職場環境、さらには企業経営を変えるきっかけにもなりそうだ。月経のピンチがチャンスに変わる可能性もある。

百枝幹雄(ももえだ・みきお)
百枝幹雄(ももえだ・みきお)
聖路加国際病院女性総合診療部部長。同病院副院長。1984年東京大学医学部卒業。同大医学部産婦人科入局。長野赤十字病院、米国国立衛生研究所(NIH)、東京大学医学部附属病院産婦人科(講師)、同病院女性診療科・産科などを経て、2010年から現職。専門は生殖内分泌学(子宮内膜症、子宮筋腫、不妊)、内視鏡手術。認定NPO法人「日本子宮内膜症啓発会議(JECIE)」の理事長も務める
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(タイトル部のImage:Getty Images)