物理的なバリアフリーだけでない、視点を広げると…

 近畿日本ツーリストとクラブツーリズムが取り組むバリアフリーツアーの歴史は実は古い。近畿日本ツーリスト首都圏 ユニバーサルツーリズム推進担当の伴流高志氏は次のように語る。当時伴流氏は対個人客を主に扱うクラブツーリズムに籍を置いていた。

近畿日本ツーリスト首都圏 ユニバーサルツーリズム推進担当の伴流高志氏(写真:末並 俊司)
近畿日本ツーリスト首都圏 ユニバーサルツーリズム推進担当の伴流高志氏(写真:末並 俊司)
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 「お年寄りに限らず介護を必要とされた方を対象としたツアーは20年以上前から行っております。それ以前は障害のある方々の旅行といえば、高齢者の介護施設や特別支援学級の定期旅行のようなものが主でした。自分の意思で自分の行きたいところにいくというより、施設の仕事として実施するというものに限定されていました。つまり旅行に行く本人の意思とは別の動機づけがされていたように思います。

 しかしこれからは我々健常者と同じ、自らの意思でツアーに出かける。我々と同じプロセスを経て旅行に参加する時代がくるだろう。そんなふうな考えがベースにあって、今から24年前に『バリアフリー旅行センター』という部署が立ち上げられたのです」(伴流氏)

 ほぼ四半世紀前だ。当時の日本はそれこそバリアだらけ。ほとんどの駅はエレベーター未整備で、観光地での車いす用スロープなどまだ数えるほどしかなった。

 「とにかく人力でバリアを克服するのが我々のツアーでした。スロープがなければ車いすを持ち上げる。参加者さんをおんぶもするし抱っこすることもありました。お遍路巡りやマチュピチュ訪問など障害がある方々が尻込みするような、でも一度は行ってみたいと思っていらっしゃる場所にどんどんトライしました」(伴流氏)

 バリアフリー旅行センターの立ち上げから19年経過した2016年。伴流氏は新たな旅行のあり方を模索し始める。

 「クラブツーリズムはBtoCの旅行会社で、個人のお客様の物理的なバリアを解決していくというバリアフリー旅行を実施してきました。そこから少し視線を広げ、社会の課題を解決していくようなツアーを企画できないか。と考えるようになったのです」(伴流氏)

 伴流氏は18年にBtoBを主に扱う近畿日本ツーリズム首都圏に部署替えを願い出て、新たな挑戦を試みることにしたのだった。