家族だと、身近な人が元気なころと比べ「なんとなく違う顔」であることに気づくもの。それが赤の他人でも、しかもなぜ違うのかがわかるという。認知症診断の新たな手がかりとなる研究が進んでいる。(庄子 育子=Beyond Health)

*以降の内容は、2021年4月5日に掲載した記事の再録です。肩書・社名、事実関係などは原則、掲載時のままとしています。

顔が赤く火照っていれば熱発。青白い顔は貧血。黒ずんでいると肝臓や腎臓疾患。身体の調子は顔に出る。といった話はよく聞く。そして現在、認知機能の低下も顔に出るという研究結果が世間を驚かせている。夫婦二人三脚で同分野の研究を続ける亀山祐美・征史の両氏に話を聞いた。

 数年前に亡くなった筆者の母は晩年アルツハイマーを患った。当時の写真を見ると、元気なころと比べ「なんとなく違う顔」をしているのがわかる。どこがどう違うのか、はっきり言葉で説明するのは難しいのだが──。

 感じたままを羅列すると「表情が乏しい」「黒目が濁っているように思える」「口角のあたりに力がなくなった」といったところか。同じことを姉も感じていたようで、「家族だからわかるんだろうね」と邪気なく笑ったりしたものだった。

 ところが赤の他人でも、いや人間ですらない者にも、この「なんとなく」が判別できるかもしれないという。東京大学医学部附属病院老年病科の亀山祐美特任講師が説明する。

 「私自身、20年くらい物忘れ外来などを担当しています。長く診ている患者さんが何人もいます。年を経て顔は変わっていくものですが、見た目が実年齢以上に老けてくる方も中にはいらっしゃる。まずはこの部分の研究をはじめました」(亀山祐美氏)

見た目年齢と実年齢の乖離

 認知機能低下の疑いで、東京大学医学部附属病院老年病科に入院した124人の患者を対象に、認知症検査の世界基準であるミニメンタルステート検査(MMSE)や、老年期のうつ検査(GDS-15)などいくつかの検査を実施。一方で、彼らの顔写真を医師5人、心理士5人に見せ、その見た目年齢を判断してもらうという実験を試みたのだという。

 「2020年7月に論文として発表したのですが、結果を大雑把にいうと、例えばMMSEの数値が高い、つまり認知症の疑いが低い人は見た目の年齢が実年齢よりも若いということわかったのです」(亀山祐美氏)

 アルツハイマー病の名付け親は、ドイツの精神医アロイス・アルツハイマー博士だ。彼の患者でアウグステ・データーという女性がいた。初めてアルツハイマー病の診断を受けた人として知られる。彼女は50歳で発病し5年後に亡くなるのだがその間に撮られた写真はまるで老婆のように見え、とても50代前半とは思えない。

アウグステ・データー(イラスト制作:クラッチ工房)
アウグステ・データー(イラスト制作:クラッチ工房)
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 アルツハイマー博士も見た目と実年齢の乖離に問題意識を持っていたからこそ、写真を残したのかもしれない。

AIに認知機能が低下した人の顔を学習させる

 「私は仕事がら毎日のように認知機能が低下した患者さんと接しているので、症状が一定程度進行した方であれば、表情などから認知機能の低下を感じることはできます。しかし、ごく初期の方や軽度認知障害(MCI)の方まではさすがにわかりません」(亀山祐美氏)

 認知症は早期発見、早期介入することができれば、その後の進行を大きく抑制することができる。ただしそのあぶり出しは難しい。

 現在日本に900万人近くいると言われるMCIは、放置すればその半数が認知症に移行するとされる。ただ、自覚症状は少ない。MCIの段階では日常生活を苦なく過ごせる人も多いわけだ。

亀山祐美氏(本人提供)
亀山祐美氏(本人提供)
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 「普通に暮らせている人に対して、『今日は何月何日ですか』とか、『ここはどこですか』『100から7を引いてみてください』などの質問をすることは、ともすると相手の心を傷つけてしまうことがあります。また、アルツハイマーの原因といわれるアミロイドβの量を検査するアミロイドPETは非常に高額だし、脳髄液を採取する必要があるので身体への負担も大きい」(亀山祐美氏)

 心も身体も傷つけることなく、しかも簡単に検査することができれば未来は明るい。

夫婦の連携が結実

 見た目と実年齢の乖離に着目している亀山氏は、所属する東大病院・東京大学の倫理委員会を通し、個人情報の取り扱いなどをクリアにした状態で患者の顔写真の収集を続けた。

 「もちろんご本人やご家族の承諾も得たうえで、認知機能が低下した方121人とそうでない方117人の顔写真を採取しました。これらを素材に、画像解析などの技術を使って何かしらの診断ができないだろうかと考えました」(亀山祐美氏)

 ところが話を持ちかけた民間のメーカーからは「数が少なすぎる」と難色を示されたという。

 「そもそも写真データを大学外に持ち出すこと自体が倫理委員会の取り決めに抵触することもわかり、自前でなんとかするしかないと考え始めたところで、夫の征史が『AIのディープラーニング技術を活用できるかもしれない』と発案してくれたのです」(亀山祐美氏)

サンプル数の少なさがネック

 亀山祐美氏の夫征史氏は東京都健康長寿医療センターの放射線診断科の医長だ。ディープラーニングの技術にも詳しい。

 「認知機能が低下してる群が121人で、正常群が117人。合計238人が全サンプル数です。一般にディープラーニングといえは数千、数万の学習が必要だと思われているのですが、少ないサンプルを有効利用してより多くのサンプルを検討したのと同じ効果が得られるデータオーグメンテーションという技術があるのです。それから、『ImageNet(スタンフォード大学が収集・分析したデータ集)』のようなたくさんの物体ですでに学習したモデルを使う、転移学習という手法も使いました。」(亀山征史氏)

亀山征史氏(本人提供)
亀山征史氏(本人提供)
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 多くの動物の中からネコを選び出す工程を考えてみる。ただし、手元にあるネコのデータは100種類だけとする。

 毛がモサモサしていて、耳や目が2つあって、四本脚で歩いて、でも時々二本足で立ったりもする。イヌやトラ、ヒョウなどとそっくりだ。区別するためのデータは多ければ多いほどいい。しかし、手元にあるネコの写真は100枚きり。

 「ごくごく簡単に説明すると、このような場合、写真を大きくしたり縦長にしたり短くしたり、反転させたりすることでデータ量を“水増し”するわけです。こうすることでより多くのデータを検討するのに近い効果が得られる」(亀山征史氏)

正答率は9割以上

 データオーグメンテーションの技術でサンプル数を増やし、これを0から9までの10グループに分け、それぞれを比較検証する交差検証で分析したところ。

  • 陽性(認知機能低下)をきちんと陽性と判断した数値は87.31%
  • 陰性(認知機能低下なし)をきちんと陰性と判断した数値は94.57%
  • 全体から、陰性と陽性を選び出す「正当率」は92.56%

 素人目には十分なように見えるのだが──。

 「論文として成立させるためにはギリギリのサンプル数だと思いますが、そこそこの精度は出ていると考えています。ただ、今回は東大病院にいらっしゃる患者さんだけのサンプルなので、他の病院で撮った写真で当程度の結果になるかはわかりません。今後もサンプル数を増やしていく必要があります」(亀山征史氏)

AIが算出したスコアとMMSEとの関係。AI算出スコアの高い方が認知機能が低い
AIが算出したスコアとMMSEとの関係。AI算出スコアの高い方が認知機能が低い
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 そもそも、AIは何を見て陽性と陰性を判断しているのだろうか?

 「その部分に関しては、実はブラックボックスなんです」(亀山征史氏)

ブラックボックスの中身とは?

 認知機能が低下している顔。これをきっちり数値化できれば認知症診断の世界に革命が起こる。しかし、AIの判断がどこを手がかりにしたものなのか、詳しいことはわかっていないのだという。

 「検証するために、顔写真の上半分と下半分とに分けて、同じように検証してしみたところ、下半分のほうが若干正答率が高く出ました」(亀山征史氏)

 「漠然とではありますが、目元を見て判断しているのかな、と感じていたので少し意外な気がしました」(亀山祐美氏)

 なにはともあれ、この技術が確立すれば認知症診療の歴史が大きく前進するのは間違いない。医師が問診中に写真を撮り、それを解析することができれば大の大人に対して「今日は何日ですか」などの質問をする必要もなくなるだろう。

 「健康診断の際に顔写真の撮影を続ければ、去年と今年、10年前と今を比べることもでき、早期発見につながりやすいと考えます」(亀山征史氏)

 早期発見、早期介入が認知症の発症を遅らせる効果があることは確実だ。手がかりは多いに越したことはない。

 「顔写真による認知症診断の分野については、診断をするというよりも、病院受診するきっかけ作りに有用なのではないか」と亀山征史氏は語る。

 AIによる写真解析技術が認知症診断の新たな手がかりとなる日は近い。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)