臨床試験を進める資金と研究を担う人材確保が課題
ただし、その実現には超えなければならないハードルがあるのも事実だ。
「まずはNASHやCOPDなど、疾患ごとに臨床試験を進め、どういう病気に効くのか検証し、より多くの人に効果が出る投与法などを検証しなければなりません。しかし、日本の場合、臨床研究のための資金と治験を担う人材が不足しています。米国のように老化細胞除去薬の開発に取り組むベンチャー的な製薬会社がどんどん出てきて欲しいと思いますが、意欲的な投資家や人材が少ないのも事実です。日本発の開発であっても、海外の投資家にも投資してもらえるような体制を整える必要があるのではないでしょうか」と中西教授は、指摘する。
ところで、ヒトの最大寿命は約120歳というのが定説(※2)だが、老化細胞除去薬によって全体の健康寿命が延びれば、さらに長生きする人も出てくる可能性はないのだろうか。最新の老化研究によって健康寿命を延ばしても、結局、最後の10年くらいは、要介護になるのではないかという悲観的な見方もある。
しかし、中西教授は、「最大寿命は、老化や病気の発症とは異なる仕組みで決まっています。そのため、老化細胞除去薬によって100歳を超えても元気に自立して過ごす人が増えたからといって、ヒトが生きられるのは最長で120歳というのは変わらないと思います。老化のない動物は、若い個体と高齢の個体では体の状態はあまり変わりありませんが、やっぱり死ぬのです。ですから、介護が必要のない状態で寿命を全うすることは可能だと私は考えています」と話す。
健康な状態のまま元気に年を重ねられるのなら、高齢者が増えたとしても医療費・介護費が過剰になることは避けられ、高齢者の人材活用や人生を楽しむための新たなビジネスも生まれるかもしれない。日本発の老化細胞除去薬の実用化に向け、まずは、NASHの臨床試験の行方に期待したい。
※1.Science. 2021 Jan 15;371(6526):265-270.
※2.Nature. 2016 Oct 13;538(7624):257-259.
東京大学医科学研究所副所長・癌防御シグナル分野教授
(タイトル部のImage:出所はGetty Images)