NAMPT(ナムピーティ)による老化制御も

 今井教授らが行った実験によれば、脳の大事な司令塔の1つである視床下部でSIRT1の機能を高めた遺伝子改変マウスは、老化による症状や病気の発症が遅くなり、メスでは16.4%、オスでは9.1%、健康寿命が延びたという(※3)。マウスにおける16%の健康寿命の延長はヒトの13~14年、9%は7~8年に相当する。2016年時点での日本人の健康寿命と平均寿命の差は、女性が12.35年、男性が8.84年だ。もしもヒトの脳でSIRT1の機能を高められれば、健康寿命と平均寿命との差を最小限にできる可能性がある。

図2●遺伝子改変マウスの生存率の推移
図2●遺伝子改変マウスの生存率の推移
今井教授らの実験によれば、SIRT1の機能を高めたマウスは老化による症状や病気の発症が遅くなり、メスでは16.4%、オスでは9.1%健康寿命が延びた
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 ヒトの脳でSIRT1の機能を高めるにはどうしたらよいのだろうか。「マウスでの研究を基に考えると、脳でSIRT1の機能を高めるには、食事の摂取量を減らすカロリー制限、あるいは運動やNMNなどの補充によってNADを増やす方法がある。ただ、カロリー制限はつらいから長く続けるのが難しいし、感染症にかかりやすくなるリスクがあるため、お勧めできない。また、NADを増やすには、NMNの補充以外に、NADの合成に不可欠なNAMPT(ナムピーティ/ニコチンアミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ)という酵素を高める方法もある。私たちのグループでは、このNAMPTを高める方法についても研究を進めている」と今井教授は話す。

 血液の中のNAMPTは加齢と共に減少するが、この酵素を維持するように遺伝子改変したマウスは、老齢になっても若いマウスと同じように活動的で、眠るべきときに熟睡し、記憶力・認知機能も保たれた。オスでは普通のマウスと差がなかったものの、メスの健康寿命は13%も延びたという(※4)。NAMPTを高める老化制御法の開発は、今後の注目ポイントだ。

 今井教授が老化と寿命の研究を進めてきた目的は、「多くの人が健康寿命を延ばして、『プロダクティブ・エイジング』を実現できるようにするため」という。プロダクティブ・エイジングとは、老年学の父と呼ばれる故ロバート・N・バトラー博士の造語で、死ぬ直前まで健康を保って人生を楽しみ、生産性を維持し社会に貢献し続けながら年齢を重ねることを示す。

 「日本語で言えば、いわゆる〝ピンピンコロリ″を実現するのが抗老化研究の目的であって、私自身は、若返りや不老不死を目指しているわけではない。米国を中心に進んでいる最先端の抗老化研究の成果を社会実装することで、老化による症状や病気の出現を遅らせ、多くの人がピンピンコロリを実現できる時代がすぐそこまで来ている」と語る。