ビタミンB₃からつくられた食品成分「NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)」の抗老化効果が、世界的に注目を集めている。その発端となったのは、米国ワシントン大学医学部発生生物学部門・医学部門の今井眞一郎教授(神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センター・老化機構研究部特任部長兼任)らが、マウスを使って実施した研究だ。同教授は、酵母やマウス、人間の体内にある酵素「サーチュイン」が、老化や寿命を制御しているという事実を発見したことで知られる世界的な老化研究者で、現在は、NMNのヒトへの有効性をみる研究を進めている。『開かれたパンドラの箱 老化・寿命研究の最前線』(朝日新聞出版)を7月末に上梓したばかりの今井教授に、NMNなどの抗老化効果と抗老化ビジネスの可能性ついて聞いた。

ワシントン大学医学部発生生物学部門・医学部門の今井眞一郎教授(写真提供:今井教授、以下同)
ワシントン大学医学部発生生物学部門・医学部門の今井眞一郎教授(写真提供:今井教授、以下同)
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NMNを飲んだマウスで明らかな抗老化効果

 NMNは、ビタミンB₃からつくられる比較的小さな化学物質だ。この食品成分が「老化を抑え、寿命を延ばす可能性がある」物質として世界的に注目を集めるようになったのは、今から5年前の2016年、今井教授らが、国際的な医学専門誌で発表した論文(※1)がきっかけだった。

 生後5カ月から1年間、マウスにNMNを飲ませたところ、ヒトの60代に相当する17カ月齢になっても、体の代謝が保たれて中年太りせず、若いときと同じように活発に動き、骨格筋、肝臓、脂肪において加齢に伴って起こる遺伝子の変化が抑えられるなど、抗老化効果がみられたというのだ。NMNを飲ませたマウスは、飲まなかった対照群に比べて、血糖値を下げるインスリン感受性が高く、老化に伴って低下する目の網膜の機能、骨密度、免疫細胞が保たれるなどの抗老化効果も確認された。

 また、他のグループによるマウスを用いたアルツハイマー型認知症の研究では、NMNを10日間飲ませただけで認知機能が回復し、記憶を司る脳の海馬の細胞死が健康なマウスに近いレベルに回復したと報告されている(※2)。

 「NMNが抗老化効果を発揮するのは、体内に入るとすぐに、NAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)という、私たちが生きていく上で欠かせない補酵素に変換されて、サーチュインの働きが活性化されるから。サーチュインは老化や寿命をコントロールする酵素で、日本ではその遺伝子は長寿遺伝子と呼ばれている。哺乳類にはSIRT1(サーティワン)から7まで7種類あるが、老化を制御する上で特に重要なのが、糖や脂肪の代謝を改善し神経細胞を守る働きがあるSIRT1だ」と今井教授は解説する。

図1●NMNが老化制御に作用する仕組み
図1●NMNが老化制御に作用する仕組み
NMNは体内に入るとNADに変換されサーチュインを活性化する
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NAMPT(ナムピーティ)による老化制御も

 今井教授らが行った実験によれば、脳の大事な司令塔の1つである視床下部でSIRT1の機能を高めた遺伝子改変マウスは、老化による症状や病気の発症が遅くなり、メスでは16.4%、オスでは9.1%、健康寿命が延びたという(※3)。マウスにおける16%の健康寿命の延長はヒトの13~14年、9%は7~8年に相当する。2016年時点での日本人の健康寿命と平均寿命の差は、女性が12.35年、男性が8.84年だ。もしもヒトの脳でSIRT1の機能を高められれば、健康寿命と平均寿命との差を最小限にできる可能性がある。

図2●遺伝子改変マウスの生存率の推移
図2●遺伝子改変マウスの生存率の推移
今井教授らの実験によれば、SIRT1の機能を高めたマウスは老化による症状や病気の発症が遅くなり、メスでは16.4%、オスでは9.1%健康寿命が延びた
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 ヒトの脳でSIRT1の機能を高めるにはどうしたらよいのだろうか。「マウスでの研究を基に考えると、脳でSIRT1の機能を高めるには、食事の摂取量を減らすカロリー制限、あるいは運動やNMNなどの補充によってNADを増やす方法がある。ただ、カロリー制限はつらいから長く続けるのが難しいし、感染症にかかりやすくなるリスクがあるため、お勧めできない。また、NADを増やすには、NMNの補充以外に、NADの合成に不可欠なNAMPT(ナムピーティ/ニコチンアミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ)という酵素を高める方法もある。私たちのグループでは、このNAMPTを高める方法についても研究を進めている」と今井教授は話す。

 血液の中のNAMPTは加齢と共に減少するが、この酵素を維持するように遺伝子改変したマウスは、老齢になっても若いマウスと同じように活動的で、眠るべきときに熟睡し、記憶力・認知機能も保たれた。オスでは普通のマウスと差がなかったものの、メスの健康寿命は13%も延びたという(※4)。NAMPTを高める老化制御法の開発は、今後の注目ポイントだ。

 今井教授が老化と寿命の研究を進めてきた目的は、「多くの人が健康寿命を延ばして、『プロダクティブ・エイジング』を実現できるようにするため」という。プロダクティブ・エイジングとは、老年学の父と呼ばれる故ロバート・N・バトラー博士の造語で、死ぬ直前まで健康を保って人生を楽しみ、生産性を維持し社会に貢献し続けながら年齢を重ねることを示す。

 「日本語で言えば、いわゆる〝ピンピンコロリ″を実現するのが抗老化研究の目的であって、私自身は、若返りや不老不死を目指しているわけではない。米国を中心に進んでいる最先端の抗老化研究の成果を社会実装することで、老化による症状や病気の出現を遅らせ、多くの人がピンピンコロリを実現できる時代がすぐそこまで来ている」と語る。

老化細胞除去薬やラパローグなども有力候補

 今井教授に、NMNとNAMPT以外で有力だと見ている抗老化研究を聞いた。返ってきた答えは、①臓器や組織にたまっている老化細胞を除去する「セノリティクス(老化細胞除去薬)」、②免疫抑制剤のラパマイシンの誘導体である「ラパローグ」、③糖尿病薬としても用いられている「メトホルミン」の活用である。ラパローグは、哺乳類の老化の制御に関わるmTORと呼ばれる遺伝子の働きを抑えることで、老化を遅らせ、寿命を延ばすことが線虫やマウスで確認されている。

 このうち、特にビジネスと投資の観点から脚光を浴びているのが老化細胞除去薬だ。米国では、ユニティバイオテクノロジーなどのベンチャー企業が、関節炎や認知機能低下など、加齢によって増える病気の治療をターゲットに老化細胞除去薬の開発を進めている。

 ただし、「老化細胞除去薬、ラパローグ、メトホルミンは、どれもプロダクティブ・エイジングを実現する上で有力な候補ではあるが、医師の処方が必要な薬として開発が進んでいる。薬という形ではなく、抗老化研究の成果を社会実装していくという意味で、現時点で最も先行しているのはNMNだ。NMNカプセルは既に市販されており、誰でも試してみることができる」(今井教授)。

 とはいえ、今井教授は「現在市販されているNMNカプセルの品質は玉石混交」であると警鐘を鳴らす。一般社団法人プロダクティブ・エイジング研究機構で数社の製品を分析したところ、生体には存在しない不純物が検出された製品もあったという。

 「厚生労働省の『医薬品効能効果を標ぼうしない限り医薬品と判断しない成分本質(原材料)リスト』に記載されている『β-ニコチンアミドモノニクレオチド(NMN)』として、ヒトへの安全性が確認されているのは、研究用のNMNとして開発されたオリエンタル酵母と、ミライラボバイオサイエンス(旧新興和製薬)の製品だけ。また、NMNの点滴療法を実施しているクリニックもあるが、経口投与以外の安全性は確認されていない。生体に存在しない形のNMNや不純物の入ったNMN、あるいは誤った使い方で健康被害に遭わないようにしてほしい」と注意を促す。

期待されるNMNのヒトへの抗老化効果の証明

 NMNカプセルを試すとしたら、いつからどのくらい飲めばよいのだろうか。

 「マウスの研究で分かっている知見から考えると、20代~30代で健康な人が使ってもほとんど何も起こらない。一般的には、体内のNADが減少し、様々な老化現象を実感し始める50代くらいから使うとよいのではないか。1日の服用量は多ければいいというわけではなく、私たちがワシントン大学で実施した第1次の臨床試験では1日250㎎を10週間飲むことによって効果が得られている。1日100~300㎎程度が妥当ではないかと考えている。NADはサーカディアンリズム(概日リズム)という体内周期に合わせて変動し、ヒトの場合は最も活動量の多い日中に上がるので、NMNカプセルは朝か午前中に飲むのがポイントだ」と今井教授はアドバイスする。

 「ただ、NMNに関しては、老化細胞除去薬やラパローグなどと同じように、ヒトへの抗老化効果はまだ証明されていない」(今井教授)。体内のNADを高めるには、筋肉トレーニングや有酸素運動を続ける、あるいは非常に微量ではあるが、NMNが含まれるブロッコリー、枝豆、アボガド、トマトを毎日の食事に取り入れるという方法もある。

 ワシントン大学のサミュエル・クライン教授と今井教授の研究グループは、糖尿病予備軍で閉経後の女性25人を対象に共同で第1次臨床試験を実施している。その結果、NMN摂取群は、骨格筋(筋肉)において、血糖値を下げるホルモンのインスリン感受性が平均25%上がり、2型糖尿病やその予備軍で低下する糖の取り込み機能の改善がみられた。またNMN摂取群では、加齢に伴って下がる血液細胞中のNAD濃度が上がり、筋肉の再構築を促す遺伝子の発現が高まったことも確認されている。インスリン感受性の平均25%の低下は、10%体重を落としたとき、あるいは、糖尿病治療薬のトログリタゾンを12週間投与したときに生じる改善に匹敵するという。しかし、マウスへのNMN投与でみられたような体重減少、血糖値の低下、エネルギー産生を司るミトコンドリア機能の改善など、劇的な変化はみられなかった(※5)(関連記事:見えてきた、MNMのヒトへの抗老化効果)。

 「第1次臨床試験の結果だけでは、ヒトに対するNMNの抗老化効果が証明されたとは言えないが、現在、私たちを含め複数の研究チームは別の臨床試験を進めている。今後いくつかの臨床試験の結果が積み重なることで、NMNがヒトに対しても抗老化作用があると言えるときが来るのではないかと期待している」と今井教授。

 ワシントン大学では、2020年10月から、糖尿病予備軍で45~75歳の男女56人を対象に、NMN1日300㎎を16週間投与する効果を検証する第2次臨床試験をスタートさせた。この研究は国防省の予算で進められている。今井教授は、日本でも、プロダクティブ・エイジング研究機構などでNMNの抗老化効果をみる臨床試験を開始する予定だ。

ワシントン大学の今井ラボのメンバーと
ワシントン大学の今井ラボのメンバーと
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米国では国を挙げて老化研究を後押し

 日米を頻繁に行き来する今井教授は、「日本の抗老化研究、抗老化ビジネスは、米国に比べると規模が小さく発展していくのはまだまだこれから」と指摘する。米国は、健康寿命を延ばすことを目的として、1974年に国立老化研究所(NIA)を設立、国を挙げて抗老化研究を後押ししている。

 「NADを増やすことが健康寿命を大幅に延ばすカギを握る」ということが世界中の老化研究者の共通認識になりつつあることから、今年12月にはNIAがNAD研究の専門家を集め、今後の社会実装の在り方を議論するシンポジウムを開催することも決まっている。抗老化ビジネスをキャッチアップするためには、この分野で世界をリードする米国の動きを注視する必要がありそうだ。

 「抗老化ビジネスに関心があるなら、当該分野の学会に参加したり、最新の抗老化研究の論文を読んだりすることはもちろん、実際に研究を行っている研究者に直接話を聞くことが大切。私は、日本が健康長寿のモデル国家として、今後他国が直面するであろう重大な問題に解決策を提示し、世界に大きく貢献できると信じている」と今井教授は強調する。その解決策となる候補の1つこそが、日本で開発が進められ、品質の面でも優位に立つNMNである。NMNを巡る研究・社会実装から目が離せないのは確かだろう。

※1 Cell Metab.2016;24(6):795-806
※2 Brain Res.2016 Jul 15;1643:1-9
※3 Cell Metab,2013 Sep 3;18(3):416-430.
※4 Cell Metab. 2019 Aug 6; 30(2): 329–342.e5.
※5 Science. 2021 Apr 22;eabe9985.

今井眞一郎(いまい しんいちろう)氏
ワシントン大学(米国ミズーリ州・セントルイス)医学部発生生物学部門・医学部門教授/神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センター・老化機構研究部特任部長
今井眞一郎(いまい しんいちろう)氏 1964年、東京⽣まれ。1989年、慶應義塾⼤学医学部を卒業後、同⼤⼤学院で細胞の⽼化をテーマに研究。1997年に渡⽶し、マサチューセッツ⼯科⼤学のレオナルド・ガランテ教授のもとで、⽼化と寿命のメカニズムの研究を続ける。2000年にサーチュインという全く新しい酵素の働きが酵⺟の⽼化・寿命を制御していることを発⾒。2001年よりワシントン⼤学助教授、2008年より准教授(テニュア)、2013年より現職。2020年よりプロダクティブ・エイジング研究機構(IRPA)理事も兼任。専⾨は、哺乳類の⽼化・寿命の制御のメカニズムの解明および科学的基盤に基づいた抗⽼化⽅法論の確⽴。世界的に注⽬される抗⽼化研究の第⼀⼈者。著書に、『開かれたパンドラの箱 老化・寿命研究の最前線』(朝日新聞出版)など。

(タイトル部のImage:出所はGetty Images)