老化細胞を除去する薬の開発も進行中

 一方、老化細胞を除去する薬(セノリティクス/老化細胞除去薬)により、過度のSASPによって発症する加齢性疾患を減らし、寿命を延ばす研究も進められ、期待が高まっている。

 セノリティクスが、世界的な注目を集めるきっかけとなったのは、特定の薬を投与すると老化細胞を除去できるように遺伝子改変されたマウスの研究だった。遺伝子改変された高齢マウスに、週2回、老化細胞除去を引き起こす薬を投与した研究では、脂肪、腎臓、心臓などの組織から老化細胞がなくなり、毛並みもふさふさして見た目が若返って元気に動き回るようになって、健康寿命も延びた(※5、6)。米国では、この研究の結果が報告された2011年以降、老化制御ビジネスを進めるベンチャー企業が次々と設立された。その代表格が、同研究を進めていたメイヨークリニックのヤン・ファン・ドゥールセン博士らが設立し、米アマゾン創業者のジェフ・ベゾフ氏が投資したことでも知られる米ユニティ・バイオテクノロジーだ。

 日本では、原教授の研究グループが、約4万7000の化合物を調べた結果、ARV825というがんの増殖阻害剤をベースにした化合物が有望な老化細胞除去薬候補に選ばれた。肥満が原因で肝臓がんになりやすいマウスにARV825を注射すると、細胞内の不要な物質を除去するオートファジー経路が活性化され、肝臓にたまった老化細胞が除去された。その結果、肝臓がんの発症が抑えられたという。ヒトの大腸がん細胞を用いた実験でも、ARV825が老化細胞を除去する効果が確認されている(※7)。

 とはいえ原教授は、「セノリティクスの社会実装には、越さなければならいハードルが多数あり、ここ1~2年で実用化されるというような段階ではありません。最も実用化が近そうだったのがユニティ・バイオテクノロジーの変形性膝関節症に対する老化細胞除去薬ですが、その開発のために行われていた治験は、当初期待された結果が出なかったために中止されました。また、仮に老化細胞の除去に成功したとして、正常な細胞まで攻撃したり、SASPの良い面が失われたりする弊害はないのかなどのエビデンスも必要で、研究は慎重に進めていかなければなりません」と指摘する。

 セノリティクスは“老化制御の切り札“との見方もあり、開発は世界中で進められている。医療界のみならず、ビジネス界からの期待が高い研究・開発テーマだからこそ、冷静な目でウオッチすることが大切なようだ。

※1 Nature. 2021 Nov;599(7884):283-289.
※2 Nature.2013 Jul 4,499(7456):97-101.
※3 Nat Commun.2021 Sep 28;12(1):5674
※4 Diabetes.2016 Jun,65(6):1606-15.
※5 Nature. 2011 Nov 2;479(7372):232-6.
※6 Nature. 2016 Feb 11;530(7589):184-9.
※7 Nat Commun.2020 Apr 22;11(1):1935.

原 英二(はら・えいじ)氏
大阪大学微生物病研究所遺伝子生物学分野教授
原 英二(はら・えいじ)氏 長崎県出身。1993年、東京理科大学大学院博士課程修了。英国のPaterson Institute for Cancer Research, Christie Hospitalのラボヘッド、徳島大学ゲノム機能研究センター教授などを経て、2008年、公益財団法人がん研究会 がん研究所・部長。2015年より現職、同大免疫学フロンティア研究センター老化生物学教授兼任。細胞老化を誘導するメカニズムの解明とその制御法の確立を目指す。日本医療研究開発機構(AMED)の老化メカニズムの解明・制御プロジェクトで老化機構・制御研究拠点拠点長を務める(写真提供:原教授)。

(タイトル部のImage:出所はGetty Images)