岡山県倉敷市に店舗を置くエナジーフロントは、介護する側とされる側双方にメリットがある、おしゃれジーンズの開発メーカーとして知られる。「国産ジーンズ発祥の地」で、介護ジーンズはいかにして生まれたのか、その舞台裏をのぞいてみよう。(江田 憲治=Beyond Health)

*以降の内容は、2019年12月27日に掲載した記事の再録です。肩書・社名、事実関係などは原則、掲載時のままとしています。

介護する側・される側の双方にメリットがある、おしゃれなジーンズが存在する。介護者側の腰の負担を軽減する「リフトアシストジーンズ」と、転倒時のショックを抑える「プラスパッドジーンズ」だ。岡山県倉敷市に店舗を置くエナジーフロントが開発した。超高齢社会を控え、近い将来は誰もが介護と無縁ではなくなる。それぞれのジーンズの開発ストーリーから、デザイン性を高めた製品群「AUN」ブランドが見せる、高齢者も外出や生活が楽しめる未来社会の可能性を見る。

 風情ある美観地区が有名な岡山県倉敷市。ここに、介護する側とされる側の両方に配慮したデザインのジーンズを販売している店がある。その名も「AUN SHOP(あうんショップ)」だ。ジーンズの縫製は、「ジーンズの聖地」と言われる地元・倉敷市児島で行っている。

 このジーンズを開発したのは、エナジーフロントの代表取締役社長である上田剛慈氏。博士号を持つ技術コンサルタントとして、コンサルティングサービスや産学のマッチング事業を、AUNブランドの開発者として介護用品をそれぞれ手がけている、異色のプロフェッショナルである。

エナジーフロント社長の上田剛慈氏。岡山県倉敷市の美観地区の一角にある「AUN SHOP」店内で。手に持つのが「リフトアシストジーンズ」(写真:筆者が撮影)
エナジーフロント社長の上田剛慈氏。岡山県倉敷市の美観地区の一角にある「AUN SHOP」店内で。手に持つのが「リフトアシストジーンズ」(写真:筆者が撮影)
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 早速、上田氏に見せてもらったのが「リフトアシストジーンズ」と「プラスパッドジーンズ」である。取材の当日、筆者は市販のジーンズを履いて訪問したが、ぱっと見た印象、自分のジーンズと変わらない。

 「介護が当たり前の世の中になる。そんな中、介護を意識させない、おしゃれなライフスタイルを支える製品を世に送り出したい」と語る上田氏に、ジーンズ開発の狙いと工夫を聞いた。

指だけで移乗できる

「リフトアシストジーンズ」は一見普通のジーンズに見えますが、介護者による移乗介助が非常に楽になるそうですね。

上田氏(以下、敬称略) てこの原理を応用しています。体重50㎏の女性でも、自分の体重の2倍以下、例えば体重80㎏の男性であれば、車椅子から楽に移乗できます。

動画●リフトアシストジーンズ 基本の使い方

AUNが公開している動画。てこの原理を使って車椅子から移乗できる。移乗の際には膝部分にピーヴォという布を巻き付ける(引用元:AUNホームページ)

 車椅子の人の膝にピーヴォ(帯)を巻きつけて、介護者はここにしっかり膝を押し当てます。そして車椅子の人の上半身を前傾にします。膝を押し当てたまま腕を伸ばし、体重を後方にかけます。膝を支点にしたテコの原理によって、介護者の体重で車椅子の人は自然にお尻が上がります。

 コツをつかめば、指を引っ掛けるくらいでも移乗できます。全く足に力が入らない方にはピーヴォは必須ですが、膝崩れがしにくい方であれば、ズボンだけでも立たせてあげることができます。

リフトアシストジーンズにおける物理構造の概念図。テコの原理を使って車椅子の人を起き上がらせる(画像提供:エナジーフロント)
リフトアシストジーンズにおける物理構造の概念図。テコの原理を使って車椅子の人を起き上がらせる(画像提供:エナジーフロント)
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すっと持ち上がるという感覚ですね。

上田 移乗介助は特に大変なものの1つです。介護業界では女性の介護員が多く働いていますが、体重50㎏の人が同じくらいの体重の人を運ぶのが当たり前の世界です。そんな業界は他にはない、かなりの重労働といえます。腰痛持ちの人が相当いらっしゃって、「腰痛市場」という言葉の存在を思わせるほどの状況です。

 そのため厚生労働省は2013年に、「職場における腰痛予防対策指針」という勧告を出しています。内容としては、腰部に大きな負担のかかる「抱きかかえ」を原則として禁止するというものです。しかし、実務上、そうはいってもなかなか難しい。

 リフト装置を使うことも考えられますが、操作に手慣れていても移乗を完了させるまで7分はかかる。ロボットスーツを装着する手もあるでしょうが、例えば家庭での老老介護で、妻が夫を移乗させるために装着するのはなかなか考えにくいでしょう。でも、このジーンズを履いてもらえば、ものの数分で終わります。

車椅子の人にもうれしいデザイン

ぱっと見、普通のジーンズですよね。特徴があるとすれば、脇に持ち手があるくらいでしょうか。

上田 介護者が介護しやすいのはもちろんですが、車椅子の利用者にも配慮したデザインにしました。このジーンズのデザインには、すべて意味があります。

 前部はストレッチ素材にしていて、トレーニングパンツやパジャマに近い質感で柔らかく、履いていても疲れにくいようにしています。逆に臀部は体重を支える強度が必要なので、伸びないデニム生地にしています。

 市販のジーンズの臀部に見られるような裏側の縫い目やポケットはなくし、段差をなくしました。臀部にわずかでも段差があると毛細血管が圧迫されて、褥瘡(じょくそう)になりやすいからです。また、後ろ側の腰まわりを深めにデザインしました。これにより、座っている状態でも背中が包まれる格好になるので、背中から上着の服が出るようなことが少なくなります。

臀部は縫い目をなくして座面部の履き心地を高めた(写真:筆者が撮影)
臀部は縫い目をなくして座面部の履き心地を高めた(写真:筆者が撮影)
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 ジーンズの脇に縫い付けている持ち手は、根元の縫い目を3重に強化してフェイルセーフにしました。体格の良い人向けにLLサイズのジーンズを用意していて、こちらは持ち手を支える部分に帆布を使っています。帆布は普通の布よりも強いためです。

持ち手の根元の縫い目を3重に強化してフェイルセーフに(写真:筆者が撮影)
持ち手の根元の縫い目を3重に強化してフェイルセーフに(写真:筆者が撮影)
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 移乗の際に使うピーヴォにはマジックテープ的な素材の「面ファスナー」を使いました。これはマイクロファイバーを使っていて、足に巻き付けた状態では縦方向には簡単にはがれますが、横方向の動きには強いので移乗の際にも安心です。介護の世界では「介護する相手が自分の意思で外せない拘束をするのは避けるべき」とされているのですが、この素材であれば自分で外せるので拘束になりません。

利用者の感想はいかがでしょう。

上田 おかげさまで介護する人も、介護される人も楽になったというお声をいただいています。AUNではユニバーサルデザインの商品を複数開発・販売しているのですが、このリフトアシストジーンズが一番多くお礼状をいただいています。

 2017年から販売していて、これまで500本くらい世に出て利用いただいています。大きな広告宣伝もしていないのですが、介護分野のイベントで出店をすると、その場で買っていかれるというケースが多いですね。

 車椅子を使っている人は、それまで普通に生活していて、事故で突然歩けなくなったという人も多くいます。おしゃれにはそれ以前と変わらず関心があるのだけど、服選びに困ってしまうそうなのです。こちらは普通のジーンズとして違和感なく履けて、介護者も楽に移乗できるということで、好評の声をいただいています。

 デザインとしては健常者の人も履けるようにしています。実際、私が今日はいているのはこちらのジーンズです。介護用であっても普通に使えるものとしてデザインするというのは私のこだわりです。

上田氏が履いているのもリフトアシストジーンズである(写真:筆者が撮影)
上田氏が履いているのもリフトアシストジーンズである(写真:筆者が撮影)
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単価は、リフトアシストジーンズのみで税込み2万1450円、ビーヴォ付きですと同じく税込み2万8050円です。もちろん介護向けという付加価値があるわけですが、普通のジーンズとして見ると高級品の価格帯に当たります。下げられる見込みはありますか。

上田 いわゆる「児島ジーンズ」としては通常の価格帯に当たりますが、海外製と比べると高く思えると思います。製品の性質上量産しづらいことから、現在の単価から下げるのはなかなか難しいですね。服は介護保険が適用されない領域なので、なおさら難しいところがあります。

 本格的に普及させて単価を下げるとなると海外で生産することになります。ですが今は、このジーンズを地元産業の活性化手段として位置づけており、「ジーンズの聖地」と呼ばれる児島産のデニムを使い、繊維産業があるこの倉敷でつくることにこだわっています。機能性、児島というブランド、地域活性化、そして単価の高さという特色を踏まえて、ご家族がプレゼントとして選ばれるケースが多いですね。

リフトアシストジーンズの原型となった移乗機能付き座イスの「リフティピーヴォ」(赤色のもの)。写真では車椅子に乗せている。色や素材に配慮し、部屋を明るくするようなデザインにしたという。筆者はこちらで上田氏を相手に移乗介助を初めて試したが、難なくこなせた(写真:筆者が撮影)
リフトアシストジーンズの原型となった移乗機能付き座イスの「リフティピーヴォ」(赤色のもの)。写真では車椅子に乗せている。色や素材に配慮し、部屋を明るくするようなデザインにしたという。筆者はこちらで上田氏を相手に移乗介助を初めて試したが、難なくこなせた(写真:筆者が撮影)
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 今後は種類を増やす方向で、スラックスタイプを開発中です。特に強く要望されたのは、ヘルパー派遣会社を経営されている安藤信哉さんです(記事の最後にミニインタビューを掲載)。安藤さんはリフトアシストジーンズのユーザーでもあり、公的な場でお話をすることが多いためです。

 気温が高いアジア地域向けに半ズボンタイプを用意し、提供していきます。香港でこのリフトアシストジーンズを出展したところ、非常に好評でした。アジアに販路が確保できれば、このリフトアシストの可能性が広がりそうです。

ジーンズ脇の特殊パッドで転倒時の骨折を防ぐ

転倒時に対応した「プラスパッドジーンズ」も興味深いですね。

上田 こちらは実は、リフトアシストジーンズのベースになっているモデルでして、ターゲットは75歳以上の後期高齢者の方々です。腰の部分に特殊なパッドであるヒッププロテクターが入れられる構造で、万一転倒した際にも、ヒッププロテクターが大腿骨頸部を守り、骨折率を下げるようになっています。

 ヒッププロテクターには、カネカと芝浦工業大学が共同研究で生み出した衝撃吸収パッドを使っています。実証データもある、確かなものです。6mmと薄いものの吸収性は高く、しかも体温によって温まると柔らかくなって体に沿うので、装着時の違和感が少ない。そのうえ外観はジーンズそのものというのが売りです。審査を経て日本転倒予防学会の推奨品にも選ばれている、世界でも珍しい「お医者さんが勧めるジーンズ」となっています。

 欧州の調査によれば、ヒッププロテクターがあると転倒した際の骨折が6割ほど減ります。ところが多くの場合、ヒッププロテクターが邪魔になりやすく、なかなか装着されないというのが課題でした。

 リフトアシストジーンズと同じく、ご家族がプレゼントとして買っていかれるケースが多いです。いわゆる介護用品をプレゼントするといっても、プレゼントとして贈られるほうは心理的な抵抗感が強い。でもこちらは見た目ジーンズそのものですし、ヒッププロテクターは本人が嫌であれば外して普通のジーンズとしても履けます。

「プラスパッドジーンズ」のヒッププロテクター。ジーンズの内側のポケットに装着。脇の大腿骨頸部にフィットするように調整する。なお同じシリーズでチノパンタイプも販売している(写真:筆者が撮影)
「プラスパッドジーンズ」のヒッププロテクター。ジーンズの内側のポケットに装着。脇の大腿骨頸部にフィットするように調整する。なお同じシリーズでチノパンタイプも販売している(写真:筆者が撮影)
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カネカと芝浦工業大学による衝撃吸収パッドの研究データの可視化図。パッドを入れることで、骨にかかる衝撃(赤色で示されている)が激減する(画像提供:エナジーフロント)
カネカと芝浦工業大学による衝撃吸収パッドの研究データの可視化図。パッドを入れることで、骨にかかる衝撃(赤色で示されている)が激減する(画像提供:エナジーフロント)

介護の機能をライフスタイルの中に置く

介護用品はいかにも機能性重視というイメージがありますが、それを押し付けるのは健常者やいわゆる現役世代の発想なのでしょうね。以前、「車椅子の方が、出かけるときのスニーカー選びにこだわっている」という話を聞いて、先入観を持っていたことに気付かされました。

上田 ジーンズを作業着ではなくファッションとして履き始めた世代がこれから後期高齢者に突入しますので、ジーンズ製品のニーズは高まっていくと思っています。

 AUNではライフスタイルを提案することをコンセプトにしており、介護用品を介護という枠に押し込めず、生活の中に溶け込むシンプルな製品を意識しています。「介護する側、される側を格好で区別しない」と言い換えることもできます。

 介護用品というといかにもなデザインになりがちですし、しかも介護というと何か特定の目的のために、専用の製品を個別に用意するケースが多い。ところがそのような介護製品に囲まれた生活は、うれしい気持ちになるとは言いにくいように思います。

 このAUNブランドの製品は、あくまで生活の延長線上に置くという考え方で開発しています。その1つの切り口が、ジーンズというわけです。

 リフトアシストジーンズを開発したきっかけは、父親の病気でした。父を車椅子に乗せるとどうしてもずり落ちてしまうことが多く、母親が古いジーンズを加工して布で椅子に固定できるようにしたのです。あくまで急場しのぎの策でしたが、それで出かけると「おしゃれですね」と声をかけられ、父がうれしそうだったのが印象的でした。

 車椅子を使う生活になっても、優れたデザインのファッションを身につけることができたら、明るい気分になれる。おしゃれで快適、ワクワクしたユニバーサルデザインのファッションを市場に送り出せば、これからの高齢化社会をもっと明るくできるんじゃないかと考えています。

「服が活動の幅を広げる」

頚椎損傷を乗り越えてヘルパー派遣会社の経営者として活動している安藤信哉氏は、リフトアシストジーンズのユーザーである。全国を車椅子で移動しながら、医療・福祉に関する啓発活動や意見交換活動を行っている。安藤氏に感想を聞いた。

安藤信哉(あんどう・しんや)氏
安藤信哉(あんどう・しんや)氏
パーソナルアシスタント町田取締役。神奈川県出身。18歳の時、交通事故により頸椎損傷の重度障害者となり、車椅子での生活が始まる。2001年に関東学院大学大学院修士課程を修了。03年、まちだ在宅障がい者「チェーン」の会の代表となり、積極的な障害者活動を行う。著書に『事故ル!18歳からの車いすライフ」(幻冬舎ルネッサンス)がある(写真は安藤氏提供)

 一言でいうと、リフトアシストジーンズの使い勝手はとてもいい。私は頚椎損傷により手足が動かない。自宅では移動リフトを使っているが、仕事柄出張に出ることも多く、外出先でこのジーンズがとても重宝する。ヘルパーさんの腰の負担が大きく軽減するし、私自身、移動時に体に服が食い込むこともない。また、見た目も格好いい。まるきりジーンズで、“福祉っぽい”感じがしないところがとても気に入っている。

 今AUNの上田氏にお願いしてデザインしてもらっているのがスラックスタイプである。仕事柄、講演会などで人の前に出ることが多く、スラックスタイプのほうがありがたいためだ。

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控えて、日本全国でバリアフリー化の動きがさらに盛んになってきている。障害者向けのインフラが整ってきているのは非常にありがたいことだが、障害者が外に出て活動するうえで、服というのは見逃せないポイント。ジーンズタイプはもちろん、スラックスタイプが出てくれば、障害者の就労参加はもっと進むことだろう。

(タイトル部のImage:エナジーフロントの提供)