普段の生活や職場で嫌なことがあっても、実際に心理相談を受けるのはためらわれるという人は少なくないはす。だが、「顔出し」が不要で、場所を問わず自宅などでも相談できるとなれば、どうだろう。心理相談へのハードルをぐっと低くする、新たなサービスの開発が進んでいる。(庄子 育子=Beyond Health)

*以降の内容は、2020年7月13日に掲載した記事の再録です。肩書・社名、事実関係などは原則、掲載時のままとしています。

自分の分身となるアバターを使って、顔を出さずに遠隔で心理サービスを受けられる──。そんな心理相談サービスの開発が進められている。店舗での販売業務や受付案内にアバターを使用して、非接触・非対面の接客を可能にする遠隔接客販売ツール「TimeRep」を手掛けるUsideUが、東京大学大学院教育学研究科とパーソルワークスデザインと共同で開発する。2020年9月に企業の従業員向けサービスとして提供することを目指す。同サービスを追った。

アバターのイメージ(出所:UsideU、以下同)
アバターのイメージ(出所:UsideU、以下同)
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 アバター心理相談サービスでは、UsideUのTimeRepを活用して、遠隔にいる相談者と心理士がそれぞれアバターを用いて心理相談を行える仕組みを整える。心理士はパソコンを使って自宅など勤務地を問わずに相談に乗ることができ、相談者はパソコンやタブレット端末、スマートフォンを使っていつでもどこでも相談が受けられる。

 質の高い心理相談を提供するため、アバター心理相談専用の「相談マニュアル」の開発も行っている。アバターならではの会話のプロトコルや、表情・信頼関係・柔和な雰囲気などの作り方といった内容を盛り込むという。「まずは心理相談を気軽にうける“入り口”として使ってほしい」とUsideU 代表取締役社長の高岡淳二氏は話す。

 日本では、心に悩みを抱えている人が、心理相談を受けられる場所に行きにくいという課題があった。特に今回対象としている企業の従業員については、「心の問題を抱えたら、より早い段階で心理相談を受けてもらうことが重要だが、職場で嫌なことがあったから心理相談に行くという発想にはなかなかならない」と同氏は指摘する。

 相談をしたことが職場で広まってしまうのではないかと懸念する場合もある。胸の内を吐露できずに、精神的に不調に陥ってしまったり、退職を余儀なくされたりするケースも少なくない。

どういう会話のときに表情が緩んだかなどを解析

 一方、欧米では、心の悩みを抱えたら早い段階で心理相談をするという文化が根付いており、心療内科が多く存在したり、オンラインによる心理相談が普及していたりする。日本では、心理相談を気軽に受けるという文化が定着していないため、オンライン心理相談も発展していないのが現状のようだ。

 ビデオ通話を使って心理相談を受けられるサービスは存在するが、ビデオ通話では目線が合わずにコミュニケーションをとるのが難しく、あまり普及していない。

アバター心理相談サービスのイメージ
アバター心理相談サービスのイメージ
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 これに対してアバター心理相談では、目線を補正したり、表情やジェスチャーを強調したりする機能が搭載されているため、遠隔でも信頼関係を構築しやすいようだ。表情やジェスチャーの操作は、顔認識やボタンによる指示で、共感していることなどを分かりやすく伝える仕組みを作っている。

 実際、アバター心理相談の有効性を検証する実証実験でも、ビデオ通話よりもアバターを使用した方が気軽に相談できることが分かったという。

 アバター心理相談では、相談にかかった時間など心理相談に関するデータを取得することも容易になる。どういう会話内容のときに表情が緩んだかなどを解析できれば、対面で話すよりも心理効果の高い対話を実現できる可能性もある。

アバターでも真っ当な心理相談が可能

 今回使用するTimeRepは、これまで主に接客業務で用いられており、顔を出さずにプライバシーを守りながら接客できたり、表情のコントロールが容易になったりするメリットがある。「接客中にトラブルが発生しても、自分の顔が映っていないことでストレスを感じにくい」と高岡氏は話す。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、非接触で接客業務を実現しようとする企業が増え、問い合わせは増加しているという。

「TimeRep」の活用例
「TimeRep」の活用例
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 こうした特徴を、心の問題を抱えている人が心理相談を気軽に受けるきっかけとして活用できないかと考え、2019年からアバター心理相談の有効性について検証を行ってきた。

 例えば、アバター通信を、対面やビデオ通話、通話、チャットの4つの面接形式と比較した実験では、アバターならではの特徴が心理支援の評価を高めることが示唆されたという。表情やジェスチャーなどの非言語情報の豊富さや対面性の低さが寄与しているようだ。動きのあるアバターと動きのないアバターを比較すると、動きによって非言語のコミュニケーションがとれるアバターを使った方が、相談者と心理士の信頼関係の形成につながりやすいことも分かった。

 アバター通信を用いた場合でも、相談者と心理士の信頼関係を構築して、対面と同様の心理相談が可能であるということも確かめられたという。「アバターだからといって、ゲームのようにならずに真っ当な心理相談ができることが分かった」と高岡氏は話す。こうしたアバター心理相談の有効性が検証できたため、サービス開発に着手したというわけだ。

相談者と心理士に境界、自立した心の健康目指す

 心理士側にとっても、アバターを使うことのメリットがある。顔や生活空間が映らないため、相談者との境界を保てるという点だ。

 心理相談を受けることは、依存につながる傾向があるが、それは必ずしも良い関係とは言えない。相談者から依存され、個人的な感情を抱かれてしまうことが心理士にとってストレスになることもあるという。アバターを使って心理士の顔をあえて隠すことで、「こうした依存関係を生みにくくする」(高岡氏)狙いがある。依存関係を生まずに、相談者が自立した状態で心の健康を保てるよう促せる可能性がある。

UsideU 代表取締役社長の高岡淳二氏
UsideU 代表取締役社長の高岡淳二氏
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 もっとも、心理相談の全てをアバターで済まそうと考えているわけではない。顔を出さないことが適さない場合もあるからだ。そのため、アバター心理相談を数回行った後、信頼関係が構築できた状態でお互いの合意があれば、「顔を見せた状態で相談を行うことも想定している」と高岡氏は話す。コンタクトのレベルでは信頼関係を築く際にアバターが有効であることは分かっているが、長期的な信頼関係を深める際には顔を見せた方が良いと考えているからだ。

 さらに、相談者だけでなく、家族や会社にも参加してもらう心理相談は、アバターよりも対面での心理相談が適している可能性があるという。あくまでも「心理相談へのコンタクトポイントへの負担を軽くするきっかけとしてアバターを活用したい」と高岡氏は説明する。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)