小説家・太宰治の生家から始まる健康トレイルがあるという。行程が終わるころには、頭の中もリフレッシュして心が癒やされるらしい。さらに、この取り組みには別のねらいも。工夫をこらした、魅力あふれるプログラムの中身を見ていこう。(庄子 育子=Beyond Health)
*以降の内容は、2019年9月9日に掲載した記事の再録です。肩書・社名、事実関係などは原則、掲載時のままとしています。
小説家・太宰治。その名を聞いて健康をイメージする人は、おそらく皆無に違いない。そんなギャップゆえに興味を惹かれたのが、太宰の故郷である青森県五所川原市金木町で行われている「DAZAI健康トレイル」だった。主催する一般社団法人かなぎ元気村代表理事の伊藤一弘氏は、冗談めかしながら知る人ぞ知る太宰の姿を語る。
「酒、たばこを手放さず、女性関係は賑やかで一時は薬物中毒にもなった。心身ともに不健康な色合いが濃い太宰ですが、作品には家族や友人とともに自然のなかを歩く様子も描かれているんですよ」
実際に太宰が遠足で歩いた道や物語の舞台になった場所も含まれるプログラムは、体力レベルや距離が異なる全5行程。そのなかのひとつ、2018年10月に第1期ヘルスツーリズム認証を得た「青森ひばの神木コース」に参加してみた。
太宰治記念館「斜陽館」で行われる健康チェック
ヘルスツーリズム認証制度は、経済産業省による「健康寿命延伸産業創出推進事業」の一環。現在、認証された35件はいずれも、体温や血圧、脈拍などの事前の健康チェックが必須だが、「DAZAI健康トレイル」が面白いのは、それが太宰の生家であり、現在は国内外からファンが訪れる太宰治記念館「斜陽館」(国指定重要文化)の米蔵で行われること。伊藤氏が、ここの館長を務めているがゆえに可能なはからいだ。
チェック内容は、弘前大学大学院医学研究科のアドバイスを受けて構築。最新機器を利用して体脂肪率や筋肉量、基礎代謝量など、細かい数値が出されるのもほかにはあまりない特徴だという。
実は青森県は2000年以降、男女ともに短命日本一。男性に限って言えば1975年から連続で不名誉なトップに君臨しており、「短命県返上」という県の命題により弘前大学が研究を進めている背景がある。プリントアウトされたシビアなデータを見れば、肥満こそ避けられたものの左右の筋肉バランスが悪いのは明らか。実生活に持ち帰る課題となる。
青森ヒバの森を神木「十二本ヤス」目指して歩く
その後は緑あふれる郊外に移動し、全16km、標高差164mを5時間半かけて歩くトレイルに出発。
ストレッチと、思わず笑いがこみあげる津軽弁のラジオ体操により体と心がほぐされ、リラックスした気分でヒバの森へと歩みを進めた。ペースは、いたってゆっくり。爽やかな風が気持ち良い上、歩きながら語られる自然界の秘話や金木の歴史が面白い。なかでも興味津々となったのは、下草がほとんど生えていないヒバの森の景色だ。これは青森ヒバが、殺菌・抗菌に働くヒノキチオールを多く含むからではないかと考えられているそうだ。
また、随所で見られる錆びたレールやトンネル、鉄橋や木橋の遺構は、ヒバの山出しのため、かつて津軽半島一帯に敷設されていた森林鉄道の名残だそうだ。地名の由来とされる林業の拠点だった金木は、県内唯一の競馬場が設けられたほど賑わっていたと聞き、過去へと思いを馳せる。
学術的な裏付けが支える気持ちよく満ち足りたひととき
途中、森のなかで地面に寝転がったり、ハンモックに横たわったり。空高くのびる木々の梢を眺めるだけでも実に心地よいが、風に揺れて明滅する木漏れ日は目を通して脳神経に好影響を与えるとの学術的な理由が説明されると、より前向きな意識が高まる。川に入り手足を冷やすのは、クナイプ療法と呼ばれる自然治癒力を引き出すメソッドに沿ったもの。血液の循環を活性化させる働きがあるといわれるが、実際、足のむくみが取れた感じで、すっきりとなる。
昼ご飯はモリアオガエルが生息するという水辺で、特製の弁当をいただく。カロリーや塩分は控えめながら、青森県の特産品であるホタテや、昔から地元で食べられてきた若生昆布(やわらかい昆布の新芽)のおにぎりなど伝統食が盛り込まれ、味わいとともに蘊蓄も満ち足りた内容だ。
コース名にもなった青森ヒバの神木、樹齢約800年ともいわれる「十二本ヤス」は、幹が十二本にも分かれて天を目指す巨木。その姿を眺めながら、伊藤氏は話す。
「ヘルスツーリズムの3要素は、運動、栄養、休養。疲れるほどやみくもに歩くことが目的ではない。ですから、楽しかったという声が、一番嬉しいですね。心が癒やされたという結果ですから」
地域振興やインバウンド需要にも期待がかかる
実際、楽しいひとときだった。山を歩き、自然のなかで食事をするのが気持ち良かった上、ガイドにより随所で学びの好奇心が刺激され、頭のなかもリフレッシュした気分。さらに印象深かったのは、このトレイルのためになにかを新しく設けたのではなく、地元の人にとっては馴染みの場所を歩くことだ。
「ヒバで栄え、森林鉄道の拠点だった金木の資産の有効活用のひとつが、このDAZAI健康トレイルなんです。金木が発祥の地である津軽三味線も含め、観光コンテンツの一環だと思っています。ヘルスツーリズムの認証へといち早く動いたのは、誘客もさることながら、新たな地域産業、ビジネスであることを地元にきちんと理解してもらいたかったからなんです」
地元での認識が高まれば、今後の後継者づくりにもつながるのではないかという。冬場には、スノーシューと呼ばれる現代版のかんじきを履いて歩くトレイルが行われるが、ストーブ列車で知られる津軽鉄道のインバウンド需要が高いことを考えると、将来的な可能性を秘めていそうな気もする。
そう、ヘルスツーリズムは参加者の健康だけではなく、まちの活性化、すなわち地域振興においても大きな役割を担っている。次回はその理由をさらに紐解き、ヘルスツーリズムの認証制度が生まれた背景や、将来的な展望についても探っていきたい。
(タイトル部のImage:松隈 直樹)