Beyond Healthが実施した円卓会議「健康で幸福な人生100年時代の実現へ『がんと行動変容』を考える」。「がんにならない」あるいは「がん罹患後に社会と共生する」ための行動変容をテーマに、一人ひとりの「個人」としての行動変容に閉じた話ではなく、企業や社会としての行動変容などを含む多様な視点からの議論を展開した(関連記事:「がんと行動変容」を語り合う、円卓会議を開催)。

フリーディスカッションでは、参加者それぞれの経験や知見を踏まえた活発な意見が交わされた。議論の中心になったのは大きく3点。(1)行動変容の前提となる情報やデータの共有について、(2)がんという病に向き合う個人の意識の変化を含めた行動変容について、(3)特に企業や社会に求められるがんへの「固定観念」の払拭という行動変容について、である。

円卓会議の様子(写真:川崎 樹音、剣持 悠大、以下同)
円卓会議の様子(写真:川崎 樹音、剣持 悠大、以下同)
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がんに対する正確な知識を共有、患者と医療従事者が支え合う

 行動変容の前段階として重要になるのは、情報やデータである。個人(患者)にとっては情報やデータが正しくタイムリーに入手できなければ、適切な行動変容につながらないからだ。

 目白大学 看護学部看護学科 教授の野澤桂子氏(前・国立がん研究センター中央病院 アピアランス支援センター長)は、「今回の議論を通して、あらためて患者教育は重要だと感じた」と話す。情報が溢れる時代だけに、ともすれば自分に直結するアラートをキャッチアップできない場合もある。それだけに、がんに対する正確な知識を共有し、患者と医療従事者が相互に支え合うことが求められていると指摘する。

 「医療従事者は自分たちですべてを抱えがちだが、これからの時代は互いに独立し責任ある存在として尊重することが求められる。患者にメリット、デメリットを提示して、自分ごとだと判断してもらうことも重要だ。そのためにも、今回のような場を通じて広く発信していくことには非常に意味がある」(野澤氏)。

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 同じく、がん患者と医師の「情報共有」に課題があると語るのは、医療法人社団鉄祐会 理事長の武藤真祐氏だ。その解決策の一つとして同氏らが開発中の「乳がん患者サポートプログラム」は、ITツールを活用して「適切なタイミングで適切な分量のわかりやすい情報提供」を図るもの。これにより、患者と医師の溝を埋めることを目指している(関連記事:がん患者と医師の「情報共有」の溝、こう埋めていく)。

 あわせて武藤氏は、自ら在宅医療の現場で働く経験を踏まえ、情報共有や介入の“温度感”の重要性についても言及した。「行動変容を働きかけてくれる人たち(医師など)が、自分ごとと考えてくれるのか、もしくは一般的な方法で導いてくれるのかではまるで内容が異なる。私たちは、必ずその人の立場に立って一緒に物事を見ることを心掛けている。特に在宅医療では、こうした気持ちがないと人であれITであれ受け入れられない」(同氏)。

人生100年時代だからこその、がんとの向き合い方

 個人(患者)がどのような気持ちやスタンスで、がんという病に向き合っていくべきなのか。そんな意識の変化を含めた行動変容についても興味深い意見が幾つか飛び出した。

 「仕事が成功すれば幸せになれる」「病気にならなかったら幸せになる」と考えがちだが、実は因果関係はすべて逆──。科学的なアプローチで“幸せの可視化”を研究し続けてきた日立製作所 フェロー ハピネスプラネット代表取締役CEOの矢野和男氏はそう語る。実際、幸せの感度が高い人たちと、そうでない人たちを比べると平均寿命が10年も違うという論文が最近発表されているという。「この論文結果を医療政策に反映していけば、何かが変わるかもしれない。ポジティブな気持ちでいることが、がんを含めた病気にかかる確率を低くするのではないか」(同氏)と期待を込める(関連記事:「幸せ」「前向き」こそが、ある種の万能薬だ)。

 がんという病がネガティブに捉えられがちなのは、これまで社会が作り出してきたストーリーに基づく部分が大きい。しかし、柔軟性のある思考や着眼点を持つトレーニングを重ねることで、ポジティブなストーリー作りのスキルを身に着けられると矢野氏は語る。「これまではそのスキルを企業の従業員に活用してきたが、今後はがんを含めた医療分野にも適用できるのではないか。そのアプローチを知っていれば行動変容を起こしやすいだろう」(同氏)。

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 アフラック生命保険 取締役上席常務執行役員の宇都出公也氏は、人生100年時代になってきたからこその、がんとの向き合い方を指摘する。座長挨拶で日本学士院長、京都大学名誉教授・元総長の井村裕夫氏が触れたように、長寿になればなるほどがんは増えていく(関連記事:生命進化の歴史から「がん」を考える、今後できることとは)。こうした中で、「“一生がんにならない”のは現実的に難しい」と宇都出氏は話す。

 そこで宇都出氏が触れたのが「天寿がん」という考え方だ。「以前、がん研究所名誉所長の北川知行先生が『天寿がん』を提唱された。がんを患った80代後半から90代の方々が手術をせずに大往生する“『痛み』や『苦しみ』を感じさせずに安らかに人を死に導く超高齢者のがん”を現したものだ。人生100年時代においては、がんを撲滅する努力と同時に、がんになっても『天寿がん』として死ぬことを含めた考え方が重要な時代になっていると思う」(同氏)。

がん患者を苦しめる「固定観念」の存在

 議論の中で多くの指摘があったのが、がんに対する「固定観念」について。その存在が、患者を苦しめることにもつながっているという。固定観念の払拭こそが、特に企業や社会などに今、最も求められる行動変容といえそうだ。

 目白大学の野澤氏は、国立がん研究センター中央病院に2013年に設立された「アピアランス支援センター」の立ち上げを推進。医療者の視点からの外見(アピアランス)の支援とは何かを研究し続けてきた。同氏は「がんになった人たちの敗北感をどう断ち切るか。私が関わっている外見の問題は、まさにその最たるもの」と訴える(関連記事:がん患者の外見を支援するゴールは「人と社会をつなぐこと」)。

 患者が外見を気にして、とにかくがんを隠そうと必死になるのは、がんに対する固定観念が根強いからだと野澤氏は指摘する。「がんにならないための予防策を政策的に啓発することはもちろん有効だが、あまりにがんが特別視されると、罹患してしまったときの敗北感、隠したい風潮を強めてしまうことにもなりかねない。そのバランスをうまく取っていくことも考えていくべきだ」(同氏)。

 アフラック生命保険の宇都出氏も、社会の中に無意識のうちに刷り込まれているがんに対するイメージや固定観念を変えていくことの重要性を説く。1974年に日本初の「がん保険」の販売を開始した同社は今、がん患者およびその家族を取り巻く多様な課題に対し、社会全体での解決を目指す「キャンサーエコシステム(Cancer Ecosystem)」の構築を進めている。がんを単なる「病気」ではなく、社会に浸透している固定観念に起因する苦しみを含めた「状況の問題」と捉え、それに向き合うための取り組みだ(関連記事:がん当事者を取り巻く真の課題、社会全体で解決する必要がある)。

 がんと就労の問題も今後、固定観念を変え、企業としての行動変容が求められる大きなテーマといえる。アフラック生命保険では、「がんの罹患後も普通に仕事ができる環境の整備と風土の醸成に努めている。このような意識や感覚を、社内はもちろん、社会全体に広げていきたい」(宇都出氏)とする。

 医療法人社団鉄祐会の武藤氏は、治療の最終局面(ターミナルケア)に携っている立場から、末期がん患者の主体性を妨げるスティグマ(偏見)を取り除くことの必要性を指摘する。「末期がん患者は死を意識しながら過ごしている。冷静に考えればかなり困難な状況を生きているわけで、周囲だけが元気づけることが正解ではない。医師、看護師、臨床心理士などが一体のチームとなって、患者の主体性を妨げるスティグマ(偏見)を取り除き、最適な人が担当できるようになれば、とても幸せながん治療ができるだろう」(同氏)。

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(タイトル部のImage:川崎 樹音、剣持 悠大)