今回の円卓会議では、前回に引き続き日本学士院長、京都大学名誉教授・元総長の井村裕夫氏が座長を務めた。会議冒頭の座長挨拶では、これまでの生命の進化から「がん」という病をあらめたてひも解いた。その様子をお届けする。(小谷 卓也=Beyond Health)


 進化医学というものがあります。これは人間の病気を生命進化の歴史から読み解いて対策を考える医学です。進化医学の観点から、あらためて「がん」を見ていきたいと思います。

オンラインで参加いただいた日本学士院長の井村氏(写真:川崎 樹音、剣持 悠大、以下同)
オンラインで参加いただいた日本学士院長の井村氏(写真:川崎 樹音、剣持 悠大、以下同)
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 我々の遠い祖先はおよそ38億年前に地球上で生まれた原始生命体であると考えられ、35億年ほど前には現在の細菌のような単細胞生物がいたことが証明されています。最初の30億年は単細胞生物で、この状態ではがんは発生しません。なぜなら、がんになる遺伝子の変化が起きるとその個体は死滅してしまうからです。

 やがて5億年ほど前に多細胞生物が初めて地球上に出現しました。こうした多細胞生物はがんになり得ますが、実際には哺乳動物以外では極めて稀です。現在のホモサピエンスは約30万年前にアフリカで生まれ、社会を作り、長い人生を生きるようになりました。人類で初めてがん患者が認められたのは6万年ほど前です。

 人間にがんが多い理由の1つは、体が大きいということ。たった1つの細胞が分裂して膨大な細胞が生まれるわけですから、その過程で遺伝子に変化が起こり、がんが発生しやすくなります。もう1つは長寿の影響です。現在も寿命は伸び続けていますが、長く生きれば生きるほど異常な細胞が体内に蓄積しやすいため、がんにかかりやすくなります。

 ゴンペルツの法則では、35歳を過ぎるとがんが指数関数的に増加することが示されています。ウイルスが作用してがんを引き起こす場合もあり、一部の白血病や肝がんがそれに該当します。加えて、タバコやアルコールなどの嗜好品もがんを引き起こす要因になります。工業社会の発達によって、環境に含まれる物質が、がんに影響するケースも増えてきました。これらの要因が重なり合い、がんは避けられない病気になっているのです。

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 今世紀の終わりには、地球上の人々の約半数が100歳まで生きるのではないかとの予測もあり、そうなるとますますがんは増えていきます。つまり、できる限りがんにならないようにすることが大切です。

 今回の円卓会議は、(ひと・企業・社会などの)行動変容によって「いかにがんになるのを防ぐか」「がん罹患後に社会と共生するためには」を議論する場です。仮に罹患しても早期発見・早期治療よってがんを克服することが、がんにならないようにすることに続く対策です。しかし、それでもがんを完全に防ぐことはできません。

 今後はがん治療法の研究を進化させ、がんがあっても、がんがない人と遜色のない人生を送れるようにしていくことが求められます。行動変容は一般の人びとにとっても理解しやすいもので、それだけに非常に重要なテーマになるでしょう。我々のような専門家は、研究の側面からできる限りがんが発生しない、がんになっても命に関わらない治療ができるように努めていきます。(談)

(タイトル部のImage:川崎 樹音、剣持 悠大)