がん患者を“特別”と考えない、職場も含めた社会全体の意識改革が必要だ──。今回の円卓会議の参加者の一人である目白大学 看護学部看護学科 教授 野澤桂子氏は、そう語る。同氏は、国立がん研究センター中央病院に2013年に設立された「アピアランス支援センター」の立ち上げを推進。医療者の視点からの外見(アピアランス)の支援とは何かを研究し続けてきた。そこで見えてきたものとは。(小谷 卓也=Beyond Health)


 「患者と社会をつなぐアピアランスケア」をテーマに話をします。働くがん患者が36万5000人もいる時代、患者を取り巻く環境は、以前と比べて大きく変化しています。入院日数が短くなり、1週間ほどでの退院が増加。これはすなわち、がん患者の社会との接点が増え、外見(アピアランス)の変化を意識しやすい状況になってきたことを意味します。

目白大学の野澤氏(写真:川崎 樹音、剣持 悠大、以下同)
目白大学の野澤氏(写真:川崎 樹音、剣持 悠大、以下同)
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 昔は脱毛や肌荒れなどが問題になる程度でしたが、現在は新薬の登場と共に症状の種類も増えてきました。脱毛1つを取っても薄毛、変色、剛毛、軟毛などの症状があります。自分の身体に置き換えて考えると、患者の苦悩が少しでも理解できると思います。

 私たちが乳がん患者に悩みを聞いたところ、トップは髪の脱毛、2番目は乳房切除でした。一方、6番目には眉毛の脱毛、7番目にはまつ毛の脱毛が入り、便秘や身体のだるさ、口内炎よりも上位にランクインしました。痛くも痒くもないものが、医療的観点から注目すべき項目より高いわけです。さらに、外見の変化を体験した患者の4割以上は、仕事や学校を休んだり、辞めたりしたと回答しました。

 このように外見の変化の苦痛は大きいもので、ネガティブな行動変容が生じやすくなります。この領域はもともと支援ニーズが高いものの、入手可能なネット上の情報の4割は、根拠がない、または間違っているものでした。そのせいか、別の調査では9割の患者が病院による情報提供を希望しています。しかし医学的なエビデンスが確立されていないため、患者も医療者も適切な情報を選びにくい状況にあります。

 国立がん研究センター中央病院では2005年からチームを作り、2013年には「アピアランス支援センター」を設立して課題克服に取り組んできました。ここでは研究をベースに臨床を行うとともに、全国の医療者教育にも力を入れています。

 2016年に国立がん研究センターの研究班として「アピアランスケアの手引き」を作成し、2021年10月には、その改訂版として日本がんサポーティブケア学会から『がん治療におけるアピアランスケアガイドライン 2021年版』を発行しました。目的は、医療者がより良いアピアランスケアを選択するための基準を示すこと、また、現在までに集積したエビデンスを記すことでアピアランスケア研究の現状や課題を明らかにすることです。ガイドラインでは、脱毛予防の頭皮冷却装置や様々な皮膚症状に対する薬剤の有用性などが検討されています。

 アピアランスケアは私たちが提唱した言葉ですが、最近では一般的に使われるようになってきました。美容ケア、ウィッグの紹介、メイク指導など個々の手段を指すものではなく、医学的、整容的、心理的、社会的手段の総力戦によって、外見の変化から生じる患者の苦痛を緩和し、QOL(生活の質)を向上するアプローチと位置付けています。

もし無人島にいたら、日々の身だしなみを整えますか?

 適切な支援の構築に向けて、まずは患者の悩みを理解することから始めました。最初は手探りだったため、患者が訴える髪や爪などの症状部位へのカモフラージュ対策をひたすら考えていたのですが、臨床現場で不思議なことに気づきました。

 1つは、患者の苦痛は症状の重さに比例しないということ。もう1つは、患者の苦痛を年齢や性別だけで判断してはいけないということです。高齢の男性で外見を気にされる方も意外に多いですし、若い女性でもあまり気にされない方もいます。

 もし無人島にいたら、日々の身だしなみを整えますか? 研修などでこの質問をすると、100人中95人は挙手しません。多くの人は、自分だけなら見た目を気にしない。これはがん患者も同じで、脱毛しても肌の色が悪くても、「もし自分しかいなかったらこんなに苦痛を感じないだろう」と話されます。

 そこで、研究を進めると、外見の変化はそれ自体が、患者にとって、がんのシンボルであり、いつも病気や不安を感じさせることや、身体的な違和感をもたせることがわかりました。

 より切実なのは、従来の社会関係性が崩れてしまうことへの恐怖でした。外見からがんと判断されて「可愛そうな人」「先が長くない人」と思われてしまい、いままで通りの対等な人間関係が壊れてしまうのではないかという不安が大きかったのです。状況を整理すると、「身体症状」から始まり「心理的問題」「社会的問題」の3側面の課題が生じていると考えられます(図)

図●外見変化の問題を整理すると「身体症状」「心理的問題」「社会的問題」の3側面の課題がある(図:野澤氏の資料を基にBeyond Healthが作成)
図●外見変化の問題を整理すると「身体症状」「心理的問題」「社会的問題」の3側面の課題がある(図:野澤氏の資料を基にBeyond Healthが作成)
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 これらを踏まえ、私たちは「医療の現場で外見を支援するゴールは、人と社会をつなぐこと」と定めました。学校や会社など外の社会に限ったものではなく、家族を含む人間関係の中で、いままで通りその人らしく、生き生きと過ごすための支援です。特に医療には、外見の問題で、患者に適切な治療を受ける機会を失わせない、という使命があると捉えています。

がん患者を特別と考えない、社会全体の意識改革が必要

 そのために、患者の動揺を和らげ、少しものごとの捉え方を変えてもらうことも私たちの役目です。例えば、ウィッグ姿に不安を感じている患者には、ウィッグ市場の売り上げは、医療用よりおしゃれウィッグの方が圧倒的に多く、中高年の方に一般に利用されていること、外から見たら両者は同じ姿であることを伝えると安心します。

 また、患者が外見を気にするときは、必ず、不安に思う具体的なシーンがあります。そこで「髪型を変えたの?」と言われたときにどのように対応するかを、事前にシミュレーションするだけでも気持ちを前向きにすることができます。そうした認知の変容やコミュニケーショの円滑化が、QOL改善につながるのです。

 外見をどのように見せるかは、人間が社会的動物として生きていくための一手段に過ぎません。症状を隠しても隠さなくてもよく、また、より強調することで楽に生活できるときは、患部を強調してすらかまわないと思います。

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 社会的にも、少しずつ理解が広がっています。2017年に策定された第3期の「がん対策推進基本計画」から、「がん治療に伴う外見(アピアランス)の変化」が明記されるなど、社会全体で外見変化に悩む患者を支援する方向にシフトしました。2018年には免許証の写真も帽子やウィッグのまま掲載することが認められ、患者が生きやすい社会になりつつあります。そのほか自治体の助成が非常に伸びており、全国の200を超える市区町村でウィッグや乳房補正具などの購入補助を実施しています。

 これからは、がん患者を特別と考えない、職場も含めた社会全体の意識改革が必要とされています。病前と変わらず、がん患者が安心して暮らせる社会を作っていきたいと考えています。(談)

(タイトル部のImage:川崎 樹音、剣持 悠大)