「仕事が成功すれば幸せになれる」「病気にならなかったら幸せになる」と考えがちだが、実は因果関係はすべて逆――。今回の円卓会議の参加者の一人である日立製作所 フェロー ハピネスプラネット代表取締役CEOの矢野和男氏はそう語る。実際、幸せの感度が高い人たちと、そうでない人たちを比べると平均寿命が10年も違うという論文が最近発表されているという。1つの因子だけで平均寿命が10歳伸びることなどなかなかないと同氏は語る。(小谷 卓也=Beyond Health)


 私はこれまで18年に渡り、「幸せとデータ」をテーマとして研究を続けてきました。背後にあるのは「変化」です。パンデミックしかり、災害しかり、予期せぬ形で訪れる現象が多くなってきたことからも実感できると思います。

日立製作所の矢野氏(写真:川崎 樹音、剣持 悠大、以下同)
日立製作所の矢野氏(写真:川崎 樹音、剣持 悠大、以下同)
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 現代社会では、既に知っていることに対して計画を立て、PDCAに沿って生産性を高めることが求められています。ところが変化の時代にあっては、以前の知識だけでは解決できない課題が増えてきました。従来の手法と、状況にあわせて柔軟に変えていく手法、この両方のアプローチが必要とされています。

 とはいえ、両立することは簡単ではありません。ここに向き合う際に「幸せ」が大きく関係してきます。幸せを感じる基準は人それぞれですから、無限のパターンがあります。しかし、幸せを感じた結果をバイオサイエンスを用いて定量化できることが分かってきました。例えば、血管の収縮や発汗量、ホルモンの分泌量、筋肉の弛緩などです。これらは自分の意思とは関係のない自律的な反応です。

 こうした背景から、この20年ほど「幸せ」に関する科学的研究が盛んになっています。無意識の幸せは、体の動きで計測できます。最近ではデジタルによって多くのデータを取得できるようになったため、さまざまな実証が進んでいます。

 我々はこれまで、誰が、いつ、どのようなコミュニケーションを取っているかを、企業、学校、病院、介護施設などで延べ1000万日分以上収集してきました。体の動きに加え、「幸せか、そうではないか」の質問に対する回答を機械学習によって解析したところ、いままでまったく見えてこなかった「幸せ」の姿が浮かび上がりました。

 例えば、「幸せです」と答えた人たちにも2種類の傾向がありました。1つは自分だけが幸せを感じていて、周りは不幸せという集団。もう1つは双方が幸せという集団です。後者のどちらも幸せという集団は、コミュニケーションの内容や体の動きのデータが明らかに前者と違っていました。

 前者はコミュニケーションの時間が長いにもかかわらず、会議など仕事の場でしか会話しないことが多い。後者は5分しか話さなくても濃密な会話をしています。言葉以上に、体の動きや声のトーンが、幸せを測る尺度としてはるかに影響が大きかったのも特徴です。信頼関係がある間柄では、ミリ秒レベルで本能的に体が同調していました。

 要するに、自分がヒーロー、周囲はどうでもいいという考え方ではダメ。一方で社会には常に序列がありますから、どうしても上司が中心のコミュニケーションになります。そこで、より定量的なデータに基づいて幸せを言語化できればと思い開発したのが、アプリの「ハピネスプラネット」。スマートフォンやウエアラブルデバイスの加速度センサーで身体運動を計測し、分析した結果を独自の「ハピネス関係度」という指標で表示します。