妊婦にn-3系脂肪酸を与えた国内初の試験
海外ではその後もn-3系脂肪酸と妊婦のメンタルヘルス、また子どもの成長、発達への効果を裏付ける研究が蓄積され、米国食品医薬品庁(FDA)は、「Advice regarding eating fish」と題して、「出産年齢の女性、妊娠中および授乳中の女性、幼児は、積極的に魚を食べることを推奨する」と食生活ガイドライン(2015~2020年版)に記載するに至っている6)。
一方、魚の摂取量が減少傾向とはいえ、欧米に比べて日常的に摂取機会が多い日本やアジアで、同様のことが言えるのか──。
そこで西氏は、2013年から17年にかけて、n-3系脂肪酸のうつ症状への有効性を検討するために、日本・台湾で国際共同ランダム化比較試験(RCT)を行った。これは、うつ病という疾患を対象にしたn-3系脂肪酸の、わが国初の介入試験だった。
国内の2つの医療施設、および台湾の1医療施設で、妊娠12~24週の妊婦をリクルート。うつ症状のある妊婦(エジンバラ産後うつ病自己調査票で9点以上)を対象に、1日あたり、介入群にはn-3系油を含む魚油サプリメント(EPA1200mgとDHA600mg)を、対照群にはオリーブオイル(2880mg)をカプセルで12週間のんでもらい、効果を確かめた。
1日あたりの量は、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」で妊婦の摂取目安量とされている1800mgを根拠とし、EPAとDHAの比率は、「メンタルヘルスに良いとされるEPA2に対し、胎児の成長や発達に重要なDHAを1とした」(西氏)。
「最も困難だったのは、被験者集め。妊娠期にサプリメントをとることに抵抗を感じたり、配偶者の反対を受けたりする人もいて、リクルートに多くの時間が必要だった」(西氏)。
ようやく国内で51人、台湾で57人、合計108人の被験者を得て、12週間、試験が実施された。その結果は残念なことに、介入群と対照群の間でうつ症状に対して統計的に有意な差は出なかった。
「しかし、あらかじめ実施が計画されていたサブグループ解析で、施設ごとの解析を行ったところ、1施設において確かなうつ改善効果が確認された」(西氏)。それが図2だ。
1施設だけ効果が認められた理由として、「研究参加時点の妊娠週数が施設間で異なっており、ほかの群は妊娠17~18週から摂取していたのに対し、この群は21週、つまり妊娠中期から後期のエストロゲン値が急上昇するタイミングに摂取してもらっていたからではないか」と西氏7)。
「妊娠の自然経過でエストロゲン値が上昇するタイミングでn-3系脂肪酸が十分にあると、両者の間でなんらかの共同作業が行われ、メンタルヘルスの改善に働いたのではないか」と西氏は考える。そして、「もしエストロゲンとn-3系脂肪酸が共同作業をするならば、エストロゲン値が上昇する妊娠中期から後期にかけてn-3系脂肪酸を服用することで、抗うつ効果が期待できるかもしれない。今回の研究はサンプル数が少ないために、国の指針を変えるほどのパワーを持たないが、さらに被験者を増やした研究が実施されれば、妊産婦が実践しやすいエビデンスになりえると思う」(西氏)。