妊娠中期以降に1日1800mgのn-3系脂肪酸を

 ちなみに、妊娠中にとるn-3系脂肪酸がメンタルに好影響をもたらす理由の一つとして、妊娠時にはより多くn-3系脂肪酸が母体に必要となることが挙げられる。「妊娠期には、胎児の脳や骨髄、肝臓などの組織を形成するために、多量のn-3脂肪酸が必要になることがわかっている8)。また、1回の妊娠で、健常な母親の大脳の堆積は出産までに約2~6%も減少するという研究報告もある9)」(西氏)。脳の主要構成要素である脂質が使われている可能性があるのだ。

 妊娠期には胎児の発育のために、通常の時以上に母体のn-3系脂肪酸が消費されるため、母体に必要な量が不足し、それがうつ症状につながっているのではないか、と考えられるわけだ。n-3系脂肪酸がうつ改善に働くメカニズムについて西氏は、「EPAが持つ抗炎症作用、ドーパミンやセロトニンなどの神経伝達物質への影響、腸に作用することによる腸脳相関などの可能性を考えている」と話す。

 西氏の研究を参考にすると、n-3系脂肪酸の目安量は1日1800mgとなる。試験のようにサプリメントで取るのが手軽だが、「サプリメントを使うことに抵抗を感じる妊婦さんが多いのが現実」(西氏)。そこで、食事でとる方法として「青魚をはじめ、n-3系脂肪酸の一種であるαリノレン酸を含むアマニ油、エゴマ油などからもとることができる。外食時には魚のメニューを選ぶ頻度を増やし、アマニやエゴマの油をみそ汁などに加えるのもいい。今回の研究の結果から、妊娠を考える人には、妊娠前から妊娠前期は二分脊椎症の予防効果が認められている葉酸を、中期から後期にはうつ予防が期待できるn-3系脂肪酸を積極的にとることをお薦めしたい」と西氏はアドバイスする。

 西氏が栄養によるうつ改善の研究を開始した2008年当時は、栄養とメンタルヘルスの関係に関心を持つ国内の精神科の医師は非常に少なかったという。

 しかしその後、西氏の研究と並行して、わが国でも妊娠期の十分なn-3系脂肪酸摂取が母親のメンタルヘルスに有効という疫学調査の結果が2018年と2019年に報告された。これは、環境省が2011年に開始した全国10万組の子どもとその両親を対象にした「エコチル調査」(子どもの健康と環境に関する全国調査)の一環で約7万5000~8万4000人を分析したところ、妊娠期に魚を食べる量が多い群は少ない群と比べて抑うつ状態になりにくく、産後6カ月間の産後うつ病リスクおよび産後1年間の精神疾患の発症リスクが低下すること、また調査対象の配偶者である父親も、魚食がやや多い群で抑うつ状態になりにくいことが分かったのだ10、11)

 国内でもエビデンスが積み上がりつつある今、「産婦人科の医師たちは、栄養とメンタルヘルスの関係に関心を示してくれている人が多い」と西氏。薬一辺倒だった医療の世界でも、栄養による予防・治療の可能性に期待が寄せられている。

 「精神的な苦痛は、生活機能や社会機能を落とす。症状が出てからの治療も重要ではあるが、もっと手前の、妊娠を考える時期から生活習慣や食事のあり方を考える“プレコンセプションケア”にも着目し、妊婦やその家族、子どもの健康をより高める、という視点で今後も研究を深めていきたい」と西氏は語る。


(タイトル部のImage:公文 美和)