食品・飲料メーカーの間で、「健康」を軸とした成長戦略を描く企業が増えている。キリン、ヤクルト、味の素、ニチレイ……。長年、業界を見続けてきたベテランアナリストが注目するプロジェクトとは何か?(江田 憲治=Beyond Health)

*以降の内容は、2021年1月8日に掲載した記事の再録です。肩書・社名、事実関係などは原則、掲載時のままとしています。

キリンHD(ホールディングス)が新たな経営の柱として「ヘルスサイエンス事業」を打ち出すなど、食品・飲料メーカーの間で、「健康」を今後の成長エンジンに位置づける企業が増えている。しかし、これまで中核であった特定保健用食品(トクホ)が曲がり角を迎えるなど、今後の牽引役が見えづらい面もある。世界ではネスレなどが先行する健康分野へのシフトを、国内企業はどのように果たそうとしているのか。長年業界をウオッチしているみずほ証券の佐治広シニアアナリストに、注目点を聞いた。

佐治 広氏 みずほ証券エクイティ調査部シニアアナリスト
佐治 広氏 みずほ証券エクイティ調査部シニアアナリスト
1990年、慶應義塾大学卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。1999年より、興銀証券(現みずほ証券)にて食品・飲料・トレタリー・化粧品等日用消費財業界を担当(写真提供:佐治氏)
[画像のクリックで拡大表示]

2021年は特定保健用食品(トクホ)が制度化されて30年の節目の年となります。「明治ブルガリアヨーグルト」「花王ヘルシア緑茶」「ロッテキシリトールガム」など多くのヒット商品を生んだトクホですが、近年は2015年に誕生した機能性表示食品へのシフトが進むなど、曲がり角を迎えている印象があります。

 保健機能成分の有効性や安全性については国が審査を行い、食品ごとに消費者庁長官が許可しています。これに対し、第2次安倍政権下の規制緩和の流れを受けて2015年4月に誕生した機能性表示食品は、販売前に消費者庁への届け出は必要ですが、事業者の責任において学術論文などの科学的根拠に基づいた機能性の表示を行うことができます。

伸び悩みも見られる特定保健用食品(写真:毎日新聞社/アフロ)
伸び悩みも見られる特定保健用食品(写真:毎日新聞社/アフロ)
[画像のクリックで拡大表示]

 機能性表示食品が急成長しているのに対し、トクホは今、明らかに伸び悩んでいます。商品開発にスピード感が求められる中で、時間やコストのかかるトクホの申請に二の足を踏む企業も出てきました。結果として、使い勝手のいい機能性表示食品の市場が拡大しているのです。

2020年末に発売され話題を呼んだキリンビバレッジの「iMUSE(イミューズ)プラズマ乳酸菌」シリーズも機能性表示食品でした。

 「iMUSEプラズマ乳酸菌」シリーズは、免疫機能では初となる機能性表示食品です。キリングループは35年にわたり免疫研究に取り組んでおり、2012年に世界で初めて、“免疫機能の司令塔”プラズマサイトイド樹状細胞(pDC)を活性化できるプラズマ乳酸菌を発見しました。

 メカニズム的な優位性を持つこのシリーズを早い段階でマーケットに出し、展開していければ、開発にかける資源を次に控える免疫や認知症予防などの素材に振り向けていくことができます。免疫分野でトクホの許可を得ようとすると、こうしたスピーディーな展開は望めません。

「脳の活性化」や「アンチエイジング」機能に注目!

近年の健康ブームで店頭での存在感を増しているように見えるトクホや機能性表示食品ですが、現状、食品・飲料メーカーなどの売り上げにはどれくらい寄与しているのでしょう?

 寄与度が高いのはヤクルト本社です。同社の主力商品(売上数量ベース)である「Newヤクルト」や宅配チャネルで展開する「ヤクルト400」はトクホ、2019年に鳴り物入りで登場した「ヤクルト1000」は機能性表示食品となっています。乳酸菌シロタ株(L.カゼイYIT9029)が1本に1000億個入った“ヤクルト類最高菌数”の「1000」は他社のプロバイオティクスヨーグルト並みの高単価で、業績への寄与が期待されています。同社では、清涼飲料水を含めたトクホ・機能性表示食品合計の日本での売上高が900億円程度で、連結売上高の約20%を占めると推定しています。

 これに対し、「ビヒダス」やビフィズス菌関連商品を展開する森永乳業が連結売上高の5~10%、「明治プロビオヨーグルトR-1」には機能性表示はなく「明治ブルガリアヨーグルト」等が対象の明治ホールディングスは、医薬品を含む連結売上高の5~6%、「伊右衛門特茶」「黒烏龍茶」を展開するサントリー食品インターナショナルは、主力の海外を含む連結売上高の5%弱といったところです。

今後この分野の成長のドライバーとなっていくのは、やはり「機能」ということになるのでしょうか?

 そうですね。高齢化が進む中で注目されているのが「脳の活性化」や、美容面での「アンチエイジング」です。認知症は大きな社会課題となっていますが、治療薬の開発に苦戦していることもあり、薬よりも予防で何とかしたいという流れになっています。

 2020年のコロナ禍により、「ストレス対策」へのニーズも高まっています。睡眠の質を高める機能性がある「ヤクルト1000」、味の素の「グリナ」、ハウスウェルネスフーズの「ネルノダ」などが売り上げを伸ばしています。

商品製造だけでなく、サービスの開発も

保健機能食品は、時代性が反映されるわけですね。トクホや機能性表示食品以外で、佐治さんが注目しているメーカーや健康への取り組みはありますか?

 まず、味の素です。同社は先の「グリナ」をはじめアミノ酸サプリメントの通販ビジネスで成功を収めていますが、新たに食品中の栄養素をスコアにして可視化する「栄養プロファイリングシステム(ANPS)」を開発し、メニュー開発などのツールとして世界展開しようとしています。

 ユニークな取り組みとしては、ニチレイの「conomeal(このみる)」もあり、こちらは“おいしさの定量化”を目指しています。食事をおいしいと感じる判断には味や香りだけでなく、天気やその日の気分といった心理的な要素も大きく関わっているという考えから、個人の好みに心理的要素を合わせてデータ分析し、その時々でその人に合ったメニュー提案などを行うというものです。いずれもシステム開発に目処をつけ、実用化が可能な段階に来ており、具体的な事業展開が模索されています。

 味の素はコロナ禍で在宅での食事が増えたことにより、タイ・ブラジル・ベトナム・インドネシアなどでメニュー調味料の販売量が大きく増えており、このモメンタムをさらに加速するためのソフト面のサポートツールとして活用していくことになるでしょう。

アプリなどのソフトを使い、健康やおいしさ志向の消費者にアプローチしていこうというわけですね。B to Bのビジネスではいかがでしょうか?

 素材供給という面で注目されるのが日本水産です。同社はイワシ油から高純度のEPA(エイコサペンタエン酸)を抽出・精製することに成功し、健康食品を製造して通販を行うほか、製薬会社に医薬品の原料として提供しています。

 持田製薬はこれを使って世界初のEPA製剤となる高脂血症治療薬「エパデール」を日本で創薬しました。その後EPA製剤は米国においてもアマリン社が、重度の高トリグリセリド血症治療薬「Vascepa」として発売し、2019年からは、心疾患のリスクを低下させる医薬品としても使用されるようになりました。2021年には欧州でも発売される予定です。

 昨今はこのように機能成分を医薬品や化粧品の素材として販売することにも目が向けられています。キリンHDの「iMUSEプラズマ乳酸菌」も、世界的な大手飲料メーカーへの素材供給を視野に入れているようです。

投資では事業のマネタイズ動向がポイント

食品や飲料のセクターでは現在進行形で実に様々な健康分野への取り組みが行われているのですね。とはいえ、投資のテーマになるには、しばらく時間がかかりそうです。

 業績を左右する事業に成長するには時間が必要ですが、株価に影響を与えるケースは出てきています。一例がキリンHDです。同社の株価は、コロナの影響に伴う業務用ビールの不振を受けて2020年6月頃から下落傾向でしたが、11月以降反発しています。これには3つの理由があります。

 第1が2020年11月9日に米国のファイザーによるコロナワクチン開発において9割を超える予防効果が確認され、日本や豪州での業務用ビール事業の最悪期越えの見通しが強まったこと。第2が子会社の協和キリンの遺伝性くる病治療薬「クリースビータ」が好調でキリンHDの2021年12月期において、3期ぶりの増益転換に対する期待が高まったこと。そして第3が前述の「iMUSEプラズマ乳酸菌」シリーズの発売です。売り上げ目標はさほど“大きな数字”ではありませんが、これが起爆剤となり様々なビジネス展開がなされるというポテンシャルへの評価と言えます。

 食品・飲料メーカーの健康ビジネスに対する投資判断で鍵を握るのが、「いかにしてマネタイズするか」ということ。この分野でDXと絡めた積極的な取り組みを進めているのが味の素です。同社では、うま味による減塩効果を通じた健康訴求商品を提供することで、主力の調味料・食品事業における世界的な単価上昇に取り組んでいます。また、加齢による認知機能の低下など健康リスクに対し、「アミノインデックス」など既存システムの応用範囲を広げることでリスク分析を行い、将来的に、アミノ酸バランスの改善を中心としたパーソナル栄養の分野を拡充していく考えです。2020年12月には、「食と健康の課題解決企業」の実現に向けた新事業モデル達成を目的に、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の活動も開始されました。

 2021年以降、イノベーションの探索や、持たざる経営を実現するエコシステムの構築・強化を中心とした、協業型のビジネス展開が加速すると見ています。

(タイトル部のImage:jamesteohart -stock.adobe.com)