「病院中心」からの脱却

日経BP総研 上席研究員/Beyond Health 編集長 小谷 卓也(おたに たくや)
大手電機メーカー勤務を経て日経BP入社。『日経エレクトロニクス』でヘルスケア分野に起きるイノベーションの動向を取材・執筆。『デジタルヘルスプロジェクト』プロデューサー、『日経デジタルヘルス』編集長を経て2018年12月より現職

小谷 医療費が非常に増大している中、その対策の一つとして、政府としては入院日数を短くしたいと考えています。そのため、現在150万床ぐらいある病院のベッド数は、究極的には120万床ぐらいに削減されていく方向です。

 もっとも、入院状態が長引くのはQOL(Quality of Life:患者の総合的な「生活の質」)の面でも良くありません。ですから、入院日数の短縮は、患者にとって良い側面もあります。

 つまり、病院中心の医療という姿は、今後はどんどん変わっていきます。「病院の外」でどのように過ごしていくのかが、求められてくると思います。

大滝 付け加えると、今までの予防医学というのは、要するに2次予防なんですね。2次予防というのは、健診などで障害や異常が見つかった時に初めてそこに介入して、重症化しないようにするということです。しかし今後は、何も症状がない未病の段階で積極的に介入を図る。そして、未病を治す、あるいは未病状態のまま生涯を過ごせるようにすることが求められてきます。そして、そこで期待されているのが、新たなテクノロジーなのです。

高橋 健康・医療関連ビジネスの主戦場も「病院ありき」からどんどん個人・家庭の方に移っていくでしょう。冒頭で話題になったスリープテックにしてもフードテックにしても、そういった方向性ですよね。

 医療費を抑制するには、「なるべく病院に行かないようにする」という新しい価値観をつくっていかなくてはなりません。

 つまり、家庭や社会の中で過ごす時間をより長くするということが、結果として、その人のQOLを高め、寿命を延ばしていくことにつながる。そんな価値観です。

小谷 要するに「病院中心の医療システム」からの脱却が、非常に重要になってくるということです。

黒田 家庭や社会の基盤となる住環境の改善にも注目が集まっています。例えば、国土交通省では「スマートウェルネス住宅」を推進しています。簡単に言うと、健康寿命を延ばせる住宅。今までも、断熱性の高い住宅は、ヒートショックが減るので事故も減り、それで寿命が延びると言われていました。そこにしっかりしたエビデンスと、医療との連携を持ち込んだのがスマートウェルネス住宅です。住宅の性能と健康向上との関連については、どんどん研究が進んでいます。

小谷 病院だとか住宅だとか、固定された場所ではなくて、社会のあらゆる場所を必要に応じてあたかも病院のようにしていく考え方もありそうです。その一つとして、次世代の移動サービスとして話題になっているMaaS(Mobility as a Service)が、どのように健康・医療の領域にかかわってくるのかにも注目しています。

 MaaSを手掛けるMONET Technologies(ソフトバンクとトヨタ自動車の共同出資により設立)が2019年3月末に都内で開催した会見では、「ヘルスケアモビリティ」のコンセプトが披露されていました。これは、同社とフィリップス・ジャパンがコラボして考案したもの。車両をクリニック化したり、薬剤師を配置したり、あるいはAEDを設置したりして、オンデマンドで必要な場所にサービスを届けようというものです。

日経BP総研 戦略企画部 プロデューサー/新・公民連携最前線 編集長 黒田 隆明(くろだ たかあき)
メーカー勤務を経て日経BP入社。『日経エンタテインメント!』副編集長、『日経BPガバメントテクノロジー』編集長などを経て、2015年2月、ウェブメディア「新・公民連携最前線」立ち上げに編集長として参画、現職

黒田 個人と社会との関わり方が健康に影響を与えることも明らかになりつつあります。「地域コミュニティーやサークル活動での付き合いが 活発な人の方が健康状態もよい」といった調査研究が各所で発表されています。

 こうしたソーシャルキャピタル(社会関係資本)の重要性については、以前は子供の教育効果、治安の向上といった社会的な文脈で語られることが多い印象がありました。しかし最近では、保健医療政策とからめて語られることも目立ってきています。