ヘルスケアイノベーションに向けて不可欠なベンチャー/スタートアップの活躍。米国では2018年、ヘルスケアベンチャーへの投資額は過去最高を更新した。同様の流れは日本にも訪れてきている。

こうした環境下で、どんなベンチャー/スタートアップに資金が集まり、どんな企業が成功に近付くのか。「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト」(2019年1月開催、主催は経済産業省)でグランプリを獲得したカケハシは、何が優れていたのか――。

それらを探るべく、Beyond Healthはベンチャーキャピタルやベンチャー支援企業の立場でヘルスケア分野に深くかかわり、またジャパン・ヘルスケアビジネスコンテストの審査員も務めた3人による鼎談を企画した。

登場してもらったのは、次の3人(五十音順)である。
・ライフタイムベンチャーズ 代表パートナー 木村亮介氏
・グロービス·キャピタル·パートナーズ プリンシパル 福島智史氏
・EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター シニアパートナー 公認会計士 藤原選氏

(進行は小谷 卓也=Beyond Health)

今回の鼎談に登場してもらった3人。左からグロービス·キャピタル·パートナーズの福島氏、EY新日本有限責任監査法人の藤原氏、ライフタイムベンチャーズの木村氏(写真:川島 彩水、以下同)

公開価格ベース1000億円に届くようなIPOを実現するベンチャーの登場も

現在のヘルスケア業界やベンチャー/スタートアップの動向をどう見ていますか。

木村 私が独自に集計したデータですが、国内におけるヘルスケアベンチャーの資金調達額を見てみると、2017年は約90億円だったのに対して、2018年は10月末までで約280億円に達しました。資金調達額という一つの側面ではありますが、こうした資金が日本のヘルスケア市場にも流れ始めてきたことは、とても喜ばしいことだと思います。

ライフタイムベンチャーズの木村氏

 1件当たりの調達額も、あるいは調達件数も共に増えてきています。「ますます盛り上がっている」というのが実感です。これはひとえに、これまでヘルスケア業界で実際に事業化を進めてきた人たちの絶え間ない努力の賜物でしょう。

 一方で、ベンチャーキャピタルの視点からは、まだまだ「成功事例が足りない」というのも正直な感想です。2019年3月には、ヘルスケアベンチャーのWelby(ウェルビー)が東京証券取引所マザーズ市場へ上場しました。こうした事例も出始めてはいますが、市場が盛り上がっている今だからこそ、一つひとつ結果を出していくことが求められるでしょう。

 巨額な資金が集まり始めたということは、それに見合う大きなビジネスを描いていくことも必要です。この領域で長年チャレンジしてきた企業はもちろん、設立5~10年未満の企業にも、ますます発展してほしいと願っています。

藤原 私の肌感覚としては、IPO(新規株式公開)を目指すヘルスケアベンチャーがかなり増えてきている印象があります。資金調達額についても、直近で約30億円を集めたエルピクセルをはじめ、2018年は調達額が10億円を超えるベンチャーが出てきたことが象徴的でした。

EY新日本有限責任監査法人の藤原氏

 そしてもう1つ、経済産業省が2016年から毎年開催している「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト」では、そこに登場するベンチャーを応援しようとする大企業のサポーターが徐々に増えてきています。この動きは見逃せません。2018年度の資金調達における資金源を見てみると、その出し手の5割以上を事業会社が担っていますから。

 こうした傾向が今後も続けば、近い将来に公開価格ベースで200億円や300億円、あるいは1000億円に届くようなIPOを実現するベンチャーが出てくるかもしれません。そうなれば、本当の成功事例として今まで以上に注目されることになるでしょう。その実現に大きな期待を寄せるとともに、我々としてもしっかり支援していく考えです。

「医師起業家」と「プロ経営者」の二人三脚で

福島 私は丸5年ほど、この領域に携わっています。その中で1つ感じているのは「ベンチャー企業における人材の層が厚くなってきた」という点です。例えば、コンサルティングファームや投資銀行の出身で、マクロな視点で全体を俯瞰できる人が増えており、その能力と起業家のエネルギーが上手く融合して、業界全体を押し上げているような印象を受けます。

グロービス·キャピタル·パートナーズの福島氏

 他方、ヘルスケア領域においてビジネス出身者のみで事業をリードするケースは、ともすればコンサルチックな机上の空論に陥りがちですが、例として医師兼起業家といった人が増えていることもあり、地に足の付いたサイエンスベースのアプローチができているのも大きなポイントです。

 デジタルヘルス(ヘルスケア×IT)のサービスは、それを受け入れる現場側の対応も求められます。ただ、最近ではエムスリーやキャピタルメディカのようなITの知見を持った企業が、自ら現場を持つケースも増えています。今まで以上に、デジタルヘルスが現場に浸透しやすくなっていくのではないかと感じています。

 ベンチャーキャピタルの視点では、いま挙げたような傾向を「資本市場が期待とともにしっかり評価し始めている」と感じています。加えて、この領域に対する海外の投資家からの注目度もかなり高まっている実感があります。このまま順調に成長してくれればと思っています。

藤原 ヘルスケアベンチャーの経営者のタイプは刻々と変化しています。例えば、数年前からは医師出身の経営者が増えてきました。最近では、医師の経営者をサポートする「プロ経営者」のような人材が出てきています。表舞台に立つか立たないかは別として、そういった人材と経営者が二人三脚で経営チームをハンドリングしているケースが徐々に増え始めているのが特徴的です。

福島 チームで課題解決にアプローチするというやり方は、1つの手法として確立されつつあると私も感じています。

 実際、医療現場などからベンチャーの経営サイドに対して、「現場のことをあまり理解していないのに…」といった不満が出るケースはよく耳にします。それが正しいか正しくないかはさておき、その状況に際して、医療現場の気持ちや言葉をくみ取れる人材と、ビジネスに精通している人材を引き入れておくことは大切でしょう。

調達した資金は人材への投資に使ってほしい

木村 同感ですね。これは、ヘルスケア以外のベンチャーでも同様だと思います。例えば、2000年代のITバブル期に上場したIT企業には、共同経営者が存在するケースが多くありました。例えば、ディー・エヌ・エー(DeNA)であれば南場智子氏、サイバーエージェントであれば藤田晋氏が創業者として有名ですが、どちらも共同創業者がいます。

 メルカリの山田進太郎氏に至っては、各メディアでのインタビューでも有名な話ですが「周囲に自分より優秀な人を」といった趣旨のコメントをしていて、それを創業期から今に至るまで、経営チームからメンバーまで一貫して実践しています。また、ラクスルもカーライル・ジャパン・エルエルシー出身の永見世央氏がNo.2となる取締役CFOに就任しており、退職率30%という崩れかかった組織体制の再編・活性化を進めた例もあります。

 このように、たとえベンチャーであっても、会社を成長軌道に乗せるための「会社づくり」、そしてその根幹を成す経営チームの組成は重要です。ベンチャーキャピタルの立場としても、調達した資金を「人材への投資にしっかり使ってほしい」というのが本音です。その重要性に気づき、共同創業者を招き入れるヘルスケア関連のベンチャーが増えていると私は思います。経営者や経営チームに対してそういった提案ができるような環境もできつつあります。このような変化は、ヘルスケアベンチャーのみならず、日本のベンチャー業界全体で起きているトレンドの1つではないでしょうか。

 一方で、医師出身のベンチャー創業者などからは「優れたビジネスパーソンと知り合うような接点がない」という声を良く聞きます。「優れたアイデアがありながら起業できない」といった医師も少なくないでしょう。こうした問題を解決できるような人材交流は、今後のヘルスケアイノベーションの加速に向けて必要なことだと感じています。

審査員の立場から見た「カケハシ」優勝のワケ

ヘルスケアベンチャーを後押しする取り組みの1つとして、先ほど話がでた経済産業省の「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト」があります。2019年1月に開催された最新のコンテストでは、カケハシがビジネスコンテスト部門のグランプリを獲得しました(関連記事)。3人は同コンテストの審査員を担当されましたが、審査員の立場で関わる中で感じたことはありますか。

藤原 まず誤解を恐れずに言うと、ヘルスケアベンチャーは他の業界よりも慎重に取り組まざるを得ない背景があるからでしょうか、「良いことをやっているが、見せ方があまり上手ではない」という印象を私は持っていました。しかし今回、グランプリを獲得したカケハシで代表取締役CEOを務める中尾豊氏のプレゼンは非常に秀逸で、時流をとらえた「SaaS(Software as a Service)モデル」をキーワードに「この会社なら、きっと成長していく」と感じさせてくれるものでした。

経済産業省が2019年1月に開催した「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2019」の表彰式の様子(写真:Beyond Health)

 また、事業プロダクトのマーケティングにも力を入れているからでしょうか、マネタイズについても好印象を受けました。そういった点も含めて、グランプリにはふさわしかったと思います。

 IPOに関していえば、「会社をどう見せるか」はとても重要です。ただ、その見せ方はヘルスケアベンチャーに限らず、すべてのベンチャーにとっての課題でもあるでしょう。例えば、音楽業界でビジネスをする場合に、深く考えずに「芸能プロダクション」と銘打ってしまうと市場評価にはつながりませんし、PRにもなりません。しかし、仮に楽曲を提供するのであれば、そこに「著作権ビジネス」や「コンテンツプロバイダー」といった観点を加えて「コンテンツビジネス」とするだけも、音楽配信の媒体の変化にも対応できるパワーやリソースをイメージできるようになります。

 カケハシの中尾氏は、それをとても意識したプレゼンだったと思います。ちなみに、中尾氏本人からは「プレゼンの場面や状況に応じて、発表内容を微妙に変えている」という話を聞きました。そこまで徹底していることにつくづく感心しました。

日本のベンチャートップ5に入るピッチ力

木村 私は前々回から連続で審査員を務めていますが、「回を追うごとに進化している」と強く感じます。例えば、先ほど話があったサポーター企業の増加は、業界に対する期待の表れでしょう。エントリーするベンチャーの質と量も高まっています。ファイナリストを選ぶに当たっては、事前に約20社のプレゼンを丸一日かけて聞きましたが、どこがファイナリストに選ばれてもおかしくないほどハイレベルでした。「すそ野が広がっている」ことをあらためて実感しましたし、本当に喜ばしいことだと思います。

(写真:川島 彩水、以下同)

 今回、カケハシがグランプリを獲得した最大の理由は、私も中尾氏の「プレゼン力」にあると思います。彼のプレゼンはとても独特で、日本のベンチャー業界の中でもトップ5に入るほどピッチが上手。特に、中尾氏が何度も使った「みなさん、○○したいじゃないですか」という当て決めの投げかけは、とても印象的なフレーズでした。「みなさん、ここで重症化予防をしたいじゃないですか」といった感じでまさに決めつけで話をしているわけですが、そこには「この課題はみんなで解くべき課題です」「薬局を利用しないのはもったいない」といったビジョンがしっかり示されているからこそ、共感が得られるのだと思いました。

 リーダーとして、自分のビジョンを示す方法はいろいろあります。中尾氏のやり方もその1つですが、あそこまで堂々と語ってくるヘルスケアの起業家はこれまでいなかったのではないでしょうか。ヘルスケアは専門性が求められる部分もあり、ともすれば「他の人には分からないかもしれませんが…」といった雰囲気が言葉の端々に出てしまうことも少なくありません。しかし、それを聞いている審査員やビジネスパートナーのすべてが医療や介護の現場体験を持っているわけではありません。それだけに、自分の目指すイメージをしっかりと言語化し、それを堂々と語れる中尾氏のピッチはとても印象深いものでした。

福島 私は今回が初めての審査員でしたが、このコンテストが「現場の課題とその解決ソリューションを産業界に提示する」という、いわば見本市のような役割を果たしている点が素晴らしいと感じました。審査員としてもその点を踏まえ、そういったメッセージを出している起業家や起業家チームを高く評価させていただきました。

 イベントの主催は経済産業省ですが、実際には経済産業省と厚生労働省の両省がイベントに対してリソースを割き、課題を明確化するというメッセージを発信していたことは、ベンチャー業界だけでなく産業界にとっても意味のあることでしょう。

 今回は、ビジネスコンテスト部門とは別にアイデアコンテスト部門が用意されていました。ビジネスになる前のアイデアにも多彩な事業がそろっており、とても楽しめました。

1億円出資するなら、1000万円ずつ10社に

ヘルスケアのベンチャー/スタートアップ業界は今、大きな盛り上がりの中にあることが分かりました。では、今後もこの盛り上がりを継続していくためには、どんな取り組みが必要になってくるでしょうか。

木村 ベンチャー側と事業者側、それぞれに取り組むべきことがあると感じています。まず、ベンチャー側が取り組むべきことは、「事業だけではなく、会社を大きくする」ということ。ヘルスケア業界だからといっても特別ではなく、会社を成長させるための取り組みに「もっと投資してほしい」と思っています。

 例えば、今回のジャパン・ヘルスケアビジネスコンテストに出場したベンチャーは、必ずしも「ヘルスケアだからうまくいっている」というわけではありません。特に優勝したカケハシはその最たる例で、SaaSというビジネスモデルを展開する会社として、マーケティングやセールスといった対顧客向けの活動はもちろん、社内オペレーションや優秀な人材を引き付ける仕組み、あるいは優秀な人材がすぐに実力を発揮できる環境など、会社づくりの観点から見ても非常に優れていると感じています。

 そもそもヘルスケアのイノベーションにおいては、課題自体はすでに誰かが見つけている場合が多く、競争は年々激しくなっています。薬機法の許認可や特許を取れば足掛かりになる部分は確かにありますが、当然それだけでは参入障壁を乗り越えるのに十分とはいえません。ベンチャーにとっては「スピード感」や「実行力」こそが唯一にして最大の強みとなるので、それを最大化してビジネス課題を解決できるチームを組織していくことが最も重要だと思っています。

 一方、事業会社のみなさまにお願いしたいのは、オープンイノベーションや業務提携、M&Aなど、やり方は何でもいいので、とにかく「もっと出資してほしい」ということ。これは、国内のヘルスケア業界において、ベンチャーと事業会社の距離感に「まだ大きな隔たりがある」と感じているからです。

 1社のベンチャーに対して事業会社が「数億円を投じる」というケースがあってももちろん構いませんが、仮に1億円を出資するのであれば、1000万円ずつ10社を応援するようなやり方を選んでほしいと思っています。そうすれば、その1000万円が触媒のような働きをして、必ずしも医療・介護現場のニーズに明るいとは限らない、ただしヘルスケア領域に実はもっと投資したいベンチャーキャピタルから10億円や20億円といった支援を受けられる可能性が広がるからです。このようなアプローチを選択してくれる事業会社がもっと生まれてくれると、より多くの起業家が大きなチャレンジに挑戦できる環境が整ってくると思っています。

藤原 「スピード感」や「実行力」は、私も必要だと思います。例えば、最近ある領域のイノベーションに関する記事を見つけたときに、「以前から取り組んでいた、あのベンチャーが紹介されているのかな」と思って見てみたら、実はまったく別の大企業による取り組みを紹介している記事でした。

 最近は、いつの間にか大企業が独自に参入して事業化してしまっているケースが多いように感じています。ベンチャーがスピード感を持ってうまく事業化できない隙に、大企業が資本力で一気に実現させているという状況は、大企業のヘルスケア業界に対する関心の高まりとともに、競争の激化を示しているといえそうです。

 そういった状況において、求められるのはアイデアや構想を掲げるだけでなく、そのアイデアや構想をスピーディに実現していく能力でしょう。先ほど「医師出身の経営者をプロ経営者が支える二人三脚のベンチャーが増えてきた」という話をしましたが、そういったベンチャーは、今後伸びてくる可能性が非常に高いのではないかと予想しています。

ヘルスケアの定義は、もう少し広い意味で捉えてもいい

福島 「大企業の参入」は私も実感するところですが、「大企業か、それともベンチャーか」といった点は個人的にあまり意識していません。極論で言えば、「課題が解決されればどちらでもいい」というスタンスです。ただし、どちらにしても「スピード感」は重要ですので、私としては大企業や実際の現場を持つ病院・介護グループなどには、次の2つの意味での「買い手」になってほしいと考えています。

 1つは「サービスの買い手」です。資金提供はベンチャーを支援する1つの方法ではありますが、それ以上に望まれるのは、実際にサービスを使ってもらい、そのフィードバックを提供するという対応です。ベンチャーとしては、現場におけるフィードバックが得られれば改善点を速やかにチェックできますし、問題なくサービスが機能すれば「異常なし」ということを確認できるからです。

 もう1つは「M&Aを通じたベンチャー企業の買い手」です。大企業や現場を持つグループには、優れたサービスを利用するだけなく、そのサービスを提供するベンチャーを丸ごと取り込み、結果としてヘルスケアサービスの質の向上スピードが高まると良いと考えております。

 もちろん、ベンチャーの立場から見れば、プロダクトやサービス、ソリューションをしっかり整えIPOを実現することも一つの目標ではあるでしょう。しかし、その後のフェーズでは事業以外の業務も増えるため、「起業家」を最も貴重なリソースの1つと考えるのであれば、その起業家には別の取り組みで新たなビジネスを創造してもらった方が良いとの考え方もあるわけです。このように大企業や医療・介護グループが2つの意味での買い手になってくれれば、現場に即したプロダクトが生まれるとともに、イノベーションの回転スピードも上がるのではないかと思っています。

 それからもう1つ、ヘルスケアの定義について、小さな枠に閉じ込めるのではなく、もう少し広い意味で捉えてもいいのではと感じています。例えば、直接的にヘルスケアを掲げていなくても、シニア向けサービスや保険会社のサービスなども広義ではヘルスケアの一環だと考えられます。そういった捉え方をすることで、ヘルスケア市場への参加者も増えるのではないでしょうか。

今回の鼎談は、Beyond HealthのWebサイトデザインを担当したCINRAのオフィスで実施した

(タイトル部のImage:川島 彩水)