ブラックボックスだった大動脈の内部

 ほぼ時を同じくして、私たちは独自に、血流を維持した状態で標的部位になるごく一部のみが疎血できないかと考え、血流維持型血管内視鏡の開発を始めていました。光ファイバーを束ねたカテーテルを2重の外筒(誘導用カテーテル+疎血用カテーテル)で覆い、カテーテルと外筒の隙間から透明で粘性が血液少し高い疎血液(低分子デキストラン溶液)を流すことで、透明な視野を確保し、それ以外の血流を遮断することなく観察を可能にしました(図1)。

図1 血流維持型血管内視鏡の撮像の原理(出所:血流維持型大動脈内視鏡診断標準化指針、心臓血管内視鏡 2018;4:1-11.)

 しかしこの構造は疎血液の注入量が極めて少量(0.5mL/秒程度)で、高い安全性は確保できますが、左冠動脈主幹部や、狭窄度の軽い血管径が大きく血流量の多い部位での視野が確保しにくい欠点がありました。そこでこの問題点を改善すべく、疎血液(低分子デキストラン溶液)の注入ルートに冠動脈造影用カテーテルを併用し、疎血量を増加させる方法(デュアルインフュージョン法)を開発しました。1990年、血流維持型血管内視鏡検査は厚生労働省の承認(保険収載)が下りて以降30年間で約4万3000例行われましたが、有害事象の報告は皆無であり、血流維持型血管内視鏡の安全性はほぼ完全に担保されています。

デュアルインフュージョン法によって、心臓の冠動脈だけでなく、上行大動脈から大腿動脈まで大動脈全体を観察できるようになったわけですね。

 はい。それまでは血管内視鏡は専ら冠動脈の観察に使われていたのですが、6年前のある日、検査中に偶然カテーテルが冠動脈から抜けてしまった。その像を再生し詳しく分析すると、大動脈内腔が撮像されていました。つまりこの血管内視鏡は大動脈内腔も観察できることに気が付きました。「まさに天のお導きか!」その瞬間、寒気を覚えました。その後、用心深く大動脈の観察を開始しました。症例を積み重ねていくに従い大動脈内腔の驚異に満ちた世界とともに、同時に安全性が極めて高いことも分かってきました。現在まで大動脈内腔の観察は国内で3000例ほど行われましたが、有害事象の報告は皆無で、安全性はほぼ確立したと申してよいと思います。

 現在この血管内視鏡は、冠動脈~大動脈~末梢動脈~静脈系のほぼ全ての血管の観察が可能であることから、血流維持型汎用性血管内視鏡と呼称しています。心臓からの出口に当たる大動脈弁口部から上行大動脈、大動脈弓部、胸部下行大動脈、腹部大動脈、両下肢へ分岐した総腸骨動脈、そして大腿動脈と、観察可能な領域は動脈のほぼ全領域です。冒頭に述べたように、初めて観察した、生体でダイナミックに機能する大動脈の動画にはまさに激しい衝撃を受けました。血管内視鏡で観察したほぼ全例の大動脈の内腔には、おびただしく破綻した粥状動脈硬化像が観察され、さらに多くの破綻プラークからその内容物が大動脈内腔に突出し、遊離、浮遊する様子や、同時にそれらに交じりプラークから照明を反射してキラキラ光る結晶状の物質、血栓様物質が噴出し、血流に浮遊して末梢へ飛散する様子が映し出されていたのです。このような動画はこれまで医学上で報告されたことはなく、初めて出会う驚くべき光景でした。

血管内視鏡で観察した大動脈。左は正常大動脈内壁、右はプラークが破綻して湧出したコレステロール結晶が光を反射して白く輝いている。(提供:日本血管映像化研究機構)

 現在までに至る臨床医学では、大動脈は血管造影やコンピューター断層撮影装置(CT)、血管内超音波(IVUS)などの間接的検査法でしか観察、診断が難しく、ブラックボックスと見なされていました。プラーク破綻は大動脈壁の病理組織標本で診断するだけでした。

 そこで私たちは2015年10月1日から17年9月30日までに大阪暁明館病院(大阪市此花区)心臓血管センターで冠動脈疾患が疑われ、冠動脈造影と血管内視鏡を施行した連続324人(平均年齢71歳)を対象に、大動脈プラークの頻度を調べてみました。そのうちの262人(80.9%)に自然破綻した大動脈プラークが見つかり、破綻したプラークからはキラキラと光を反射する物質が飛散、浮遊している様子が観察されました。この結果をまとめた論文は循環器領域で最も権威ある米国心臓病学会誌(JACC)2018年6月25日号に掲載され、世界の注目を集めています。