病院や学会に対するマーケティング支援を専門としたVitaly(ヴァイタリー)を5年前に設立した竹田陽介氏。獨協医科大学医学部卒の循環器内科医で、社業の傍ら今も診療に従事する。会社は当初、手弁当で一人で始め、現在の従業員数は10人となった。なぜ起業したのか。具体的な業務内容、そして今後の活動計画は? 同氏に話を聞いた。

(聞き手は庄子育子=Beyond Health)

まずはVitalyを起業された理由からお聞かせください。

 Vitalyは「話そう!医学」という言葉をスローガンに掲げており、起業の理由はその言葉に表れています。私はもともとは循環器内科医でして、今も医療機関で診療に当たっていますが、現場でよく目にしてきたのはこんな光景です。

 急性心筋梗塞で救急車でやってくる方がいます。彼らは、動脈硬化により血管が傷むという過程がいきなり1日で起きたわけではなくて、多くの場合は、症状を進行させるリスクファクター(危険因子)を長年抱えていたんですよね。5年、10年前から糖尿病や高脂血症、高血圧、喫煙、肥満といったリスクファクターが累積している状況です。

 実際に健康診断でもよくない数値が出ていた。けれども、40代、50代の忙しく働く世代の方たちは、診断結果がよくなくても、医療機関を受診しないんですよね。痛くもかゆくもないのにいちいち病院になんて行っていられるか、という感じで。

 そしてずっと忙しく働き続ける中、何か最近、胸が痛いなと感じても、仕事を休めば職場に迷惑がかかるからと3日、4日我慢する。それで冷や汗が出てきて、職場で倒れて、救急車で運ばれてくるということが起こるのです。

 心筋梗塞となってもカテーテル治療で一発で治ればいいのですが、それで治らない場合も多い。心筋梗塞の治療戦略は確立していますが、今なお命に関わる危険な病気です。

確かにそうですね。

 では、患者さんが心筋梗塞になったとして、誰が悪かったのか。医者は言うんですよね、もっと早く病院に来ればよかったのにと。

病院の中と外に広がる意識の格差

 でも実際どうなのか。私自身の経験になりますが、昨日まで元気だった50代の働くお父さんが急性心筋梗塞になり、かなり危険な状態で救急車で運ばれてきた。心肺蘇生されて、病院でも人工心肺装置をつけて様々な処置を施したものの、結局、心臓が再び動くことはなかった。それで人工心肺を外して死亡確認をして、「非常に残念です、ご臨終です」とご家族に告げるわけですが、泣いている患者のお母さんや奥さん、子供たちの誰が悪かったのか。

 誰も悪くはないんですよ。そんなまずい状況であることを分かっていなかったのだから。でも医者もそうですし、恐らく周りの人たちも、「ちゃんと治療を受けさせればよかったのに」などと口にしてしまうんですよね。

 そんな実体験から、たとえ痛くもかゆくもない状態であっても受診した方がよい場合があって、そういうことが知られていないのは、結局、医療者と一般の方たちの間でコミュニケーションが十分とれていないからと考えるようになりました。

Vitaly代表取締役の竹田氏。(写真:陶山勉、以下同)

 本来、皆がもっと活発に体や健康、病気のことを広く話し合えるようになる必要がある。そうすれば予防にもつながり、不幸を招かずに済むかもしれない。けれど今は、医学のことが話せていない。だから「話そう!医学」スローガンに掲げて、会社を設立したわけです。

 前置きが長くなりましたが、一番話せていないのは、病院に来る前の患者さんと、院内で待っている医療職です。病院の中と外の隔たり。この意識の格差がすごく大きいなと思います。

なるほど。具体的にどんな業務を行っているのですか。

 主に病院や学会に対して、ウェブを活用した医療コミュニケーション活性化のためのマーケティング支援業務を手掛けています。

 医療者と一般の方の間のコミュニケーションを深めるには、医療者からの的確な情報発信がとても大事です。患者さんはなかなか受診したがらない人が多く、よく見かけるのは、巷にあふれるトンデモ理論に飛びつくなどして、自分は大丈夫などと勝手に思い込んでしまっているケースです。自分なりに病院に行かなくていい理由探しをしているんですよね。

 だから、医療、健康、ヘルスケアに関する知識というのは、現場の医療者が真っ当に伝えて、一般の人に病院に来る前の段階から常に意識し、理解してもらう必要があります。

 また、病院や学会にとって情報発信は、連携施設や求職者を確保する上で貴重な手段でもあります。

患者や医療者をファンにするウェブコンテンツとは

 今やインターネットを活用した情報発信・PR活動は盛んですが、病院や学会も広報領域においてウェブサイトやSNSが積極的に活用しています。ただ、これらの広報活動で“あるある”なのが、格好良く作って、情報も繰り返しアップデートしているけれど、特に何も起きていない、もしくは効果のほどがさっぱり分からないということ。

 これって非常に残念なことですよね。例えば、医師なら医局の秘書さんにホームページに掲載するためにこんなテーマで文章を書いてくれとお願いされると、だいたい当直中にやるんですよね。面倒くさいので、とにかくチャチャっと書いて出す。それでホームページに掲載されたところで、何の感慨もなく、残るのは自分の労力は何だったのかというモヤモヤ感だけ。面白くもなんともないのです。

 でも、本当は患者や医療者をファンにするウェブコンテンツというものは存在します。そして、きちんとそれらが効果を上げているエビデンスも出ています。

 少し話は飛びますが、昔は、山手線に10万人乗っているから、そこに中吊り広告を出したら情報暴露の視聴率から言ってこれだけ物が売れる可能性があるといったことが語られていたと聞きます。でも、購買するに当たっては何らかの必然性がなければ、人間は動かないということは今ではよく知られています。つまり、人間の行動では必然性が非常に大きなウェートを占めている。となると、ウェブのコンテンツも、モニター画面を介してだけれど画面の向こうにいる視聴者に刺さる内容が必要です。

 医療系でよく挙がる例が乳がん検診の受診勧奨について。単に乳がん検診があるから受診してくださいという案内よりも、乳がんの罹患に伴う危機感をあおった方が受診率は高まるという結果が出ています。

それは行動経済学でいうナッジですね。(編集部注※行動経済学のナッジは、人の背中を押すように、ちょっとした工夫や仕組みで個人に気づきを与え、よりよい選択ができるように支援する手法を指す。関連記事

 そう、ナッジです。ただ、ナッジはあくまで不特定多数の人に対して行うマス・アプローチのやり方ではあるのですが。病院や学会のマーケティングなら、特定の集団に対してアプローチしていく必要があります。

見ている人が必然性を感じて行動を変容するに至るには高いハードルがあるように感じます。

 確かにそうです。でも工夫次第です。分かりやすい例でいうと、学会が参加人数を増やしたい場合にどうするかで説明したいと思います。

 学会が始まる前の公式サイトに関して例えば3カ月前には何がどういうふうに見られているかを分析するんですよね。学会会場までのアクセスのページがよく見られていれば、ほとんどの場合、来ることを前提としている人が見ているのだから、だいぶ参加人数も多くなることが予想される。一方、プログラムページを見ている人が多ければ、行こうかどうしようか、などとまだ参加を決めている人が多いことが分かります。そうであれば、この参加を決めかねている人たちに向けて、プログラムページの情報量を充実させていく。すると、実際にそのページから流れて学会への登録ボタンを押した人数が増えるということが起こり得るのです。

 学会の参加者というのは、これまで予測できなくて主催者は本当に困っていた。ですが、我々がここ2~3年でこの仕事に携わるようになって、支援させていただいた学会については、開催前3カ月のウェブのデータを使って開幕までの登録人数をシミュレートした結果、実測値は9割の精度で推計値のレンジに収まって推移しました。中でも下限値を割ったことはなく、大会長の先生方には下限の予測がつくのは安心材料だと言ってもらっています。

 他の例としては、病院のホームページは建物をやたら大きく出しがちですが、あれは全くダメですね。同じ写真であっても、無人の建物、無人の外来診察室よりも、生身の人間の現場、外科医の先生の汗が流れているといったものの方が、モニター画面の先の患者さんだったり求職者を食い付かせています。やっぱり人と人のつながりが大事というか、人が命を預けたいのは人、人が共に働きたいのも人なんだとつくづく感じますね。われわれはそうしたウェブの無意識下での行動分析も行っています。

 ところで医学の世界では、EBM(evidence based medicine;根拠に基づく医療)の重要性が叫ばれて久しいですが、私は医療広報の世界も、根拠に基づくことが大事だとして、EBPR、すなわちevidence based PRの考え方を提唱しています。いつまでも経験と勘のみに頼った手法では、非効率的で生産性はありませんので。今後も積極的に打ち出していきたいと思っています。

レッドオーシャンになる可能性があるヘルスケア領域

起業から5年が経過し今後、活動範囲を広げていく予定はありますか。

 そうですね、青臭いと言われるかもしれませんが、これからはもっと社会貢献をしていきたいと思っています。今は主に病院や学会を対象に医療コミュニケーションを活性化する業務を手掛けていますが、地域と組んで、その地域の医療者も巻き込んで医療の啓発を広く行っていけたらいいなとは思っています。

 実は今、「足うらフェス2019 フォトキャンペーン」というのをやっています。足を守ることは健康を守ること、として、下北沢病院(東京都世田谷区)の先生らと一緒に、一般の方向けに足の健康を守るための様々なプロジェクトを展開中です。その一つが、フォトキャンペーンで、「足の裏が映っている」写真を投稿して優秀作品に選ばれれば、豪華賞品をプレゼントするという企画です。普段見ない足の裏を見る、写真を撮る、そのアクションが足を守ることにつながるかもしれないとの思いで始めました(足うら写真への投票は6月26日まで受付)。

今回インタビューさせていただいた「Beyond Health」は、健康・医療分野でイノベーションを起こしたい人のためのウェブメディアです。先輩起業家のお一人として、ヘルスケア領域への進出を考えている人たち向けのアドバイスをいただけますか。

 アドバイスというとおこがましいかもしれませんが、ヘルスケアに関する領域は、早晩レッドオーシャン(競合が多過ぎて市場が飽和し、今さら参入しても稼げない市場)になる可能性があると思うんですよね。AI(人工知能)の分野などは既にその域かもしれません。そういった世の中の潮流で、何かこれ面白いんじゃないか、取りあえずヘルスケアをやっておけばいいんじゃないか、という浅はかな考えはやめた方がいいなと思います。

 自分自身のコンセプトですよね。やっぱり血の通った、地に足が着いた、己は人として、ヘルスケアの世界で何をやりたいのか、もしくはどういう問題を大きく感じているのかを明確にして、きっちり解決法を考えて実践していく。そのパッションは不可欠だと思っています。

 私の場合ですが、やっぱり医学というのは、そもそも目の前で人に死なれては嫌だからやっているんですよ。死ななければ別にやる必要はない。人は理不尽に死ぬ、何もしなきゃ死ぬ。その憤りが根っこにあるから、医療者は頑張れるし、医学は発達してきたと思うんですね。

 だから、医療をはじめとするヘルスケア領域に新しく飛び込む人には、今こんな問題点があって、これは解決できてない、だから自分が解決してやろう、世の中のハードルが高いなら、そこを変えてやるぐらいの熱い思いで突き進んでほしいと思います。

(タイトル部のImage:陶山勉が撮影)