認知症の6~7割を占めるアルツハイマー病は、脳内にアミロイドβ(ベータ)というたんぱく質が蓄積して正常な神経細胞を破壊し、記憶を司る海馬を委縮させてしまう病気と考えられている。世界中で患者が増えているが、いまだに根本的な治療法が見つかっていない。そんな中、米国マサチューセッツ工科大学のリーフエ・ツァイ(Li-Huei Tsai)博士らの研究グループが、脳波の一種のγ(ガンマ)波による刺激を、アルツハイマー病モデルのマウスに与えると〝脳内ゴミ″のアミロイドβが減少することを英科学誌『Nature』や米科学誌『Cell』に発表、注目を集めている。

脳波は周波数によって、β波、γ波に、α(アルファ)波、δ(デルタ)波、θ(シータ)波、を加えた大きく5種類に分けられる。脳波では、リラックスした状態のときに出現するα波が有名だが、研究で使われたγ波は、瞑想など高次の精神活動の際に出やすいとされる。

抗加齢医学の専門家であり、ツァイ博士とも交流がある慶應義塾大学医学部眼科学教室教授の坪田一男氏も、この研究の成果に着目している専門家の1人。視覚と脳波の可能性を探っているという坪田氏に、γ波刺激によるアルツハイマー病改善への応用可能性について聞いた。

(聞き手は西沢 邦浩=日経BP総研客員研究員)

γ波の可能性について語る坪田氏(写真:剣持 悠大、以下同)

「40Hzのγ波」でマウスのアミロイドβが半減

坪田さんは、脳波と認知症の研究にとても注目していると伺っています。まずはリーフエ・ツァイ氏の研究成果について解説をお願いします。

 ツァイ氏らが、マウスを用いた研究を行い、「40Hz(ヘルツ)のγ波の光を当てると脳内でアルツハイマー病の原因となるアミロイドβが除去される」※1と、最初に『Nature』に発表したのは、2016年12月のことでした。さらに、彼女らは研究を重ね、今年(2019年)4月、米科学誌『Cell』に、「音と光によるγ波刺激でアルツハイマー病が改善する」※2との研究成果を公表したのです。これまでの医学の世界では、脳波というのは、あくまで検査の結果と照らし合わせる指標の一つでした。例えば、アルツハイマー病になると、γ波が低下することが知られていましたが、それは病気になった結果表れてくる変化でしかありませんでした。

 ツァイ氏らの研究の面白さは、脳波の波長そのものに機能性があることを見出したところです。これが、彼女たちが起こしたパラダイムシフトです。まだ動物試験の段階ではありますが、20Hz、40Hz、80Hzなどいろいろ試した結果、マウスの脳の中に40Hzのγ波を発生させると、脳内に蓄積されたアミロイドβが半減するという結果を得たのです。

γ波とはどのような脳波なのですか。

 僧侶が瞑想したり、指揮者がオーケストラを指揮したりと、人が非常に集中したときに出る脳波がγ波です。普通、周波数31~120Hzの脳波をγ波と呼びますが、アルツハイマーを改善する作用があるのではないかと注目されている波長は限定されていて、40Hzです。

 以前から、集中力を高めるとγ波が出て脳が守られるのではないかとは考えられてはいましたが、それはあくまでイメージに過ぎませんでした。それを科学的に証明したのが彼女たちの研究だったのです。

 さらに強制的にγ波を発生させることで、脳内の“お掃除細胞”であるミクログリアが活性化して、脳内のアミロイドβが除去される──というメカニズムもわかりました。40Hzのγ波が本当にアミロイドβの蓄積を抑えることが科学的に確認できたのです。

 『Nature』で彼女たちの論文※1を見たとき、僕は本当に驚き、興奮しました。

視覚と聴覚のγ波刺激が脳の健康を守る

どうやってγ波の効果を確認したのでしょう。研究が可能になった背景には、どんな技術があったのですか?

 彼女たちの研究を可能にしたのは、オプトジェネティクス(光遺伝学)という技術です。米スタンフォード大学教授で精神科医のカール・ダイセロス(Karl Deisseroth)氏らが開発した技術で、ノーベル賞ものともいわれています。チャネルロドプシンと呼ばれる光受容体を海馬や視覚野などの観察したい脳細胞に入れておくことで、脳内の変化を可視化することを可能にした技術なのです。

 ツァイ氏らは、アミロイドβを脳内に蓄積させたアルツハイマー病モデルマウスの脳の海馬に、このオプトジェネティクスを用いて光ファイバーでさまざまな周波数の波長を照射しました。すると、40Hzのγ波を当てたときだけ、アミロイドβが45~53%減少したのです。

 次に、彼女たちが試みたのは、40Hzの白い光が点滅し続けるミニディスコのような空間にアルツハイマーモデルマウスを1日1時間入れる方法です。40Hzで点滅し続けるミニディスコで1時間過ごしたマウスでは、暗い部屋にいたマウスに比べて浮遊性のアミロイドβが半減し、1週間後には、脳内に蓄積したアミロイドβも減少しました。これによって、眼から光でγ波を当てることでアルツハイマー病が改善し、脳の健康が守られる可能性が示されたわけです。

γ波刺激で、海馬の萎縮も改善する可能性があるという結果も出ているようですが。

 はい。しかし海馬に対する働きは、眼から40Hzのγ波を照射しただけでは起きません。脳の中の視覚野という部分のアミロイドβは除去されるものの、海馬のアミロイドβ量は変化しなかったのです。僕は、2回ほどツァイ氏の研究室へ行き、慶應大にも来てもらっていろいろディスカッションしたのですが、彼女も眼からの刺激だけでは限界があると考えていました。

 そこで彼女たちが次に試したのが、音です。アルツハイマー病モデルマウスに、さまざまな波長の音を持続的に聞かせてみたのです。この研究※2の結果、40Hzの音を20分間持続的に聞かせたマウスで、聴覚野と海馬のアミロイドβの蓄積とタウたんぱくのリン酸化(アルツハイマー病の原因の一つでといわれる現象)が有意に減少しました。40Hzの音というのは、いわゆる振動音のような低いブーンという音です。インターネットで検索すると、40Hzの音が聞けるサイトもありますので、一度聞いてみてください。

 面白いのは、眼と耳からのγ波刺激を組み合わせると、視覚野、聴覚野、海馬だけではなく前頭前皮質なども含めて、脳全体でミクログリアが活性化され、アミロイドβの蓄積が除去されることです。また、視覚と聴覚によってγ波刺激を加えると、脳神経に栄養を送る細胞が増え、新たな血管が作られる“血管新生機能”も高まることが報告されています。

アルツハイマーの治療や予防に応用される可能性大

脳で血管新生機能が高まることは、アルツハイマー病の改善につながるのですか。

 それはまだ分かりませんが、加齢によって脳の血流が悪くなることが海馬の萎縮につながるというエビデンスはあります。新しい血管が増えて血流がよくなれば、脳を守ることにつながるかもしれません。ツァイ氏の研究成果から言えることは、視覚と聴覚という感覚刺激が脳を守るために非常に重要だということです。眼と耳からの刺激が脳のエイジングを遅くする。

 逆に、家の中にじっとしていて誰とも話さない刺激のない生活は、アルツハイマー病のリスクを高め、脳の老化を加速させてしまう恐れがあります。もしかしたら、瞑想してγ波が高まれば、アルツハイマーの予防につながる可能性もあるかもしれませんね(笑)。米国では、脳波計で脳波を測りながら瞑想するためのツールが登場し、流行っています。僕も試していますよ。γ波を高める瞑想法のポイントが解明されたら興味深いと思います。

γ波照射によるアルツハイマー病治療や予防について、人への応用研究は始まっているのですか。

 はい。ツァイ氏らは、まずは少人数の被験者を対象に安全性をみる臨床試験を始めています。眼や耳からγ波刺激を与える方法は、手術などと違って侵襲がないので、効果が証明されればアルツハイマーの治療法や予防法として応用しやすいと考えられます。

 本当に40Hzが人にも効果があるのかは、今後の本格的な臨床試験の結果を待つ必要がありますが、非侵襲的な方法でアルツハイマー病が治療できるとすれば、画期的なのは間違いありません。日本でも、眼や耳からのγ波刺激によるアルツハイマー治療の実用化に向けた臨床研究が始まることを期待しています。


[参考文献]

※1Nature. 2016 Dec 7;540(7632):230-235.

※2Cell. 2019 Apr 4;177(2):256-271.e22.

(タイトル部のImage:剣持 悠大)