2018年度の医療費は42兆6000億円となり、過去最高を更新――。つい先日、こんなニュースがメディアを賑わせた。それと同期して、「医療費抑制」を合言葉にした様々な取り組みがここ数年、ますます活発になっている。こうした中、エビデンスに基づいたオールジャパンでの制度設計を急ぐ必要があると警鐘を鳴らすのが、医療政策学、医療経済学を専門とするカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部(内科)・公衆衛生大学院(医療政策学) 助教授の津川氏だ。同氏に話を聞いた。
(聞き手は小谷 卓也=Beyond Health)
予防医療と医療費抑制の関係、シンプルではない
最近では「予防医療」への注目が高まっています。医療政策の視点からはどう見ていますか。
経済産業省などは「予防で医療費が下がる」と言っていますが、そのような考え方は1983年に吉村仁氏が発表した「医療費亡国論」でも言及されており、昔からずっと叫ばれていることです。学者の中でも、予防は医療費抑制に有効であるという意見と、有効ではないという意見が真っ向から対立しているようですが、実際にはそれほどシンプルではありません。
米国では2008年に「予防によって本当に医療費が下がるのか」を研究した論文が世界で最も権威ある医学雑誌であるニューイングランドジャーナルオブメディシンに掲載されました。これによると、予防の取り組みの約2割で医療費が下がる効果が見られました。ただ、治療の約2割にも医療費を削減する効果はあるので、「医療費削減は予防だからこそ意味があり、治療は有効ではない」というイメージは間違っているといえます。
逆にいえば、予防の取り組みであっても「医療費が上がる」ものは多くあるということ。それだけに、「予防 vs. 治療」というラベリングをして予防なら全て良いとするのではなく、予防の中でも効果のあるものをしっかり見極めなければならないことを、正確に伝えていく必要があるでしょう。
グレーゾーンは必ずありますし、「エビデンスがない」あるいは「分かっていない」こともしっかり伝える必要があります。それを踏まえたうえで、「それなら研究が必要で、誰かが調べなければならない」と声を挙げることも、今後求められる新しいスタンスだと思います。