米国や英国の政策に学ぶこともある

「予防=医療費抑制」という短絡的な議論ではなく、その議論の正確性を追求していく必要がある、と。

 その通りです。グレーゾーンや分からないことがあるからこそ、そこをみんなでしっかり話し合って解決しなければなりません。

 米国ではオバマケアによって、医療保険はエビデンスのある予防をすべてカバーすることが法律で義務付けられました。この中で、エビデンスのある予防のリストが使われているのですが、このリストは専門家によって形成される「アメリカ合衆国予防医学専門委員会(USPSTF)」の推奨内容に依拠しています。そしてこの委員会の推奨は、健康増進のエビデンスがあるかどうかのみで決まっており、費用対効果は考慮されていません。

 つまり、医療費の抑制はそれほど重視しておらず、国民の健康を最重視した取り組みであることが見て取れます。もっとも、予防医療で数千万円もかかるようなものは非常にまれですし、平均的に見ても数千円から数百円規模で済みます。それで国民の健康が良くなるのであれば、費用対効果が優れなくてもいいという考え方です。

 ポイントは「何が目的か」ということ。医療費を抑制することが目的なのか、それとも国民を健康にすることが目的なのか。個人的には、国民の健康を重要視する方が良いと思うのですが、現時点の日本での議論は極端に医療費の話に寄っていると感じています。

「何が目的か」をあらためて整理することは、確かに重要ですね。

 日本ではたまに「喫煙者には禁煙させない方が、医療費の観点からは有効だ」という話も出てきますが、これは見方を変えれば、何らかの病気になって病院へ行ったときに、「手術は費用対効果に優れないので、手術しないで亡くなってもらった方がいい」という発想と同じです。

 健康よりも医療費を優先すればそういった考え方もあるわけですが、そんな判断をみんながするのかという話で、そこのバランス感覚は少しズレていると思います。医療費だけで考えていては何も見えないですし、政治的にも失敗するのは確実です。

 実際、医療費の減らし方については、十分に考える必要があるでしょう。例えば、英国では1979~1997年のマーガレット・サッチャーとジョン・メージャーの保守党政権時代に、医療費抑制政策を導入したことがありました。その結果、病院での待ち時間が延びてしまい、がん患者が手術を受けられなくなるなどの弊害が発生したのです。国民の反発が強くなり、1997年にトニー・ブレア政権に交代後に医療費を増やさざるを得なくなりました。

 サーチャー・メージャー政権下での医療改革は医療費の話に寄っており、今の日本の議論に近いと感じています。日本でも医療費ばかりを重視した政策が導入され続けると、もともと医療財源に余裕のない地方の医療が破綻するのではないかと危ぶまれます。しかも、その影響による揺り戻しによって、医療費を抑制するような政策を打てなくなるなど、将来的にもっと大きな弊害を生むのではないかと危惧しています。

 「地域の病院と診療所をすべて無くして無医村にすれば医療費はゼロになる」という笑い話がありますが、それが国民の目指す姿なのかという話です。医療費の地域格差もよく話題になりますが、私達が日本のデータを用いて行った研究でも「医療費が高い都道府県ほど、心肺停止で救急搬送されたときに生存している確率および障害が残らない確率が高い」という結果も出ています。

 もちろん、医療費を高くすればいいというわけではありませんが、ただ単に医療費を下げるだけでは、医療の質の点においてデメリットが起きる可能性があります。それだけに、一律で医療費を下げるのではなく、できるだけ医療の無駄な部分を見つけ、医療の質への悪影響のないところに注力して抑制するべきだと私は考えています。