一番恐れているのは、議論が進まず「時間切れ」になること

そうした研究や医療費問題の解決に対するテクノロジーの重要性はどうお考えでしょうか。

 もちろん、さまざまなテクノロジーが多くの問題を解決してくれると私は信じています。ただし、AIをはじめとする優れたテクノロジーがすべてを解決してくれるわけではなく、私はあくまで全体における1つのピースでしかないと捉えています。

 テクノロジーが解決できる問題とできない問題を分けて考える必要があります。例えば、放射線画像や病理組織に関するAI診断の進歩によって、放射線診断医や病理医などの需要は下がり、その分の医療費は下がると思われます。AIを用いた病気の診断によって、病院に行かなくても市販薬で治療できる人たちが増えるでしょう。遠隔診断によって医師の分布の偏在の問題も解決するかもしれません。

 しかし、これらは医療費問題の中では大きなパイを占めているわけではないので、現在の日本が直面している医療費問題の根本的な解決にはならないと考えています。日本の皆保険制度を持続可能なものとするためには、日本でも欧米のように、医療政策学の研究をもっと推進し、医療の質を下げることなく効果的に医療費抑制するためのエビデンスを作っていく必要があると考えています。

 そもそも、日本では制度上、関連省庁(厚生労働省、財務省、経済産業省)、医師会、あるいは医療関係団体が限られた財源を取り合う対立構造にあります。その中でゼロサムゲームを続けているので、誰かが得をしたら、他の誰かが損をしないといけない。当然、そんなことをいつまでも続けていれば、日本の医療制度は必ず行き詰まってしまいます。すべてが同じ方向を向き、エビデンスに基づいた解決策を早期に見つけなければならないと考えています。

 42兆円の医療費をどう活用するのか。それぞれの収入を一切減らさずに、全体の医療費を削減する手段もあります。例えば、効果がほとんど期待できない薬の利用を止め、その分の財源を違う薬に再分配すれば、収入は維持できるのではないでしょうか。

 例えば米国では、医療費の約25%は無駄(=健康増進に寄与していない)であると推定されています。日本ではこの割合はずっと少ないと思われますが、それでもなお日本でも患者に提供されている医療行為の全てがエビデンスのあるものではありません。こういった日本発の医療政策学のエビデンスを作っていくことで、限りある医療財源を価値の低い医療行為から、価値の高い医療行為に再分配するべきではないでしょうか。

 現状の制度では、医療費の抑制に成功すると、その財源はすべて保険者や国に配分され、医師会などには何のメリットもない状況にあります。それでは医師会が前向きに協力してくれる可能性は低いので、米国のオバマケアで導入され、世界的にも注目されているACO(アカウンタブル・ケア・オーガニゼーション)注2)のような、メリットもリスクも折半できるような新しい仕組みを導入するのもありでしょう。

注2)ACOは、包括支払い方式やP4P(業績に伴う支払い方式)などを組み合わせた新しい医療提供体制である。(1)医療の質向上と(2)医療費抑制の両方を達成することを目的としている。各ACO(医療機関)において前年度までのデータから予測される医療費と比べて、実際にかかった医療費が安かった場合、その差額はそのACOと保険者で折半する仕組みである。

 もちろんACOをそのまま日本に輸入できるとは思いませんが、日本発のエビデンスに基づいた制度設計をすることで、医療の質を下げることなく、また医療提供者の利益を維持したまま医療費を抑制することのできる「三方良し」の医療制度に変換することができると私は考えています。

 今後は、オールジャパンで制度設計に取り組み、三方良しを実現できる方法を探ることが必要です。私が一番恐れているのは、議論が進まずに「時間切れ」になること。強制的な政治的判断を下さざるを得なくなる前に、関連省庁、医師会、医療関係団体が同じ方向を向いてもらえることを願っています。


(タイトル部のImage:寺田 拓真)